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煙草一本  作者: 若旦那
初等部編
16/45

15話

 季節は過ぎ去り、早二年の歳月が経とうとしていた。

 この間エフィムたちは討伐系クエストや迷宮系クエストが受注できないかと四苦八苦していたが、すべてが徒労に終わっていた。

 何せほとんどのクエストはお使い系クエストで埋まっているし、稀に現れる討伐系や迷宮系クエストは中等部の学生が率先して取得してしまう。

 この二年間、エフィムたちはお使い系クエストをこなすことに終始していた。

 ただ、この日は珍しく講義のため教室に集合とのお触れが出ていた。

「何だろうね、急に招集がかけられるなんて」

 朝食時に呟いたのはエリクだ。長寿であるエルフ出身の彼女は、二年前から容姿があまり変わっていない。

 他の三人も疑問に思う点である。

「誰か人死にがでたんじゃねーか?」

 ドライなことをいうのは決まってグライフだ。この二年ですっかり身長も伸び、端正だった顔つきも凛々しいものに変わっている。

「誰かが迷宮内で行方不明になったのかもしれないよ」

 次いで物騒なことを言うのはラインだ。グライフとラインはドライな部分が良く似ている。

 ラインも二年前から余り様子が変わっていない。

「ここでうだうだいっても仕方あるまい。まずは教室に急ぐことにしよう」

 紫煙を燻らせながら締めるのはエフィムだ。二年前より更に大きくなった体躯はもう父セウパと同じほどである。

「そういうなら早く吸い終わってくれよ」

「ほんとだよ」

「エフィム君は煙草の本数を減らした方がいいと思うな」

 悠長に煙草を吸っているエフィムに三人は苦笑いをした。

「おーしガキども、久しぶりだな!」

 教室では早速リリー節が炸裂していた。

「教官~、今日は一体何の用事なんですか~」

「見たところ人死にが出たって訳でもなさそうですけど」

 生徒達が口々に思い思いのことを喋る。

「今日の用事は他でもない、大海嘯についてだ!」

 リリーの言葉に騒然としていた教室が水をうったように静かになる。

 大海嘯。魔物たちの反撃とも言える大規模災害だ。

 リリーは静かになった教室を見て満足そうに頷きながら続ける。

「最近中等部や冒険者ギルドの間で討伐系クエストの数が急増している。森林の迷宮付近でだ。そこで調査をしたところ、ここ三年迷宮の主が討伐されたとの報告があがっていないことがわかった」

 リリーはそこで一端言葉を区切る。生徒達が現状を認識するのを待っているのだ。

「本来大海嘯なんていうのは五十年や百年に一度の単位でおきることだが、念には念をだ。あたし達三年生以上の初等部で低階層、中等部で中階層、冒険者ギルドの腕っこきが深階層の討伐に出る。喜べお前ら! クエスト扱いで報酬も出るぞ!」

 リリーの言葉に教室がざわめいた。だが、歓喜よりも不安や戸惑いの方が強い。

 それを敏感に察知したエフィムは代表するかのようにクラスの意見を代弁した。

「リリー教官、俺たちは未だにお使い系クエストしかやったことがありません。迷宮に潜ってもやっていけるでしょうか?」

 エフィムの言葉はクラスの現状を的確に表していた。討伐系クエストや迷宮系クエストが中等部に優先的に回された結果、クラスの中で実戦を経験しているものは皆無といってよかった。

 だがリリーは不遜な態度を崩さない。

「エフィムのいうことは尤もだ。だが、お前たちは全員が既に討伐許可証をもらっている。足りないのは経験だけだ。安心しろ、低階層に出るのなんてよくてゴブリン種だ。お前らの今の実力ならどうってことない相手だ。見せてみろよ、お前らの実力って奴を」

 リリーの言葉に教室がまた騒がしくなる。だが、先ほどとは違って熱を帯びた騒がしさだ。

「よ、よーし、やってやろうじゃないか」

「買い集めてたポーションを遂に使うときが来たのね」

「治癒魔法なら任せてくれ!」

「破壊魔法なら俺の出番だ」

 クラスメートから口々にもれるのはやる気の言葉。クラス中が何時の間にやら活気付いていた。

「よーし、討伐は明日だ! 時刻は八時三十分に寮の前に集合! 森林の迷宮までは行きは馬車で行くことになる! 興奮しすぎて寝坊するなよ!?」

「はい!」

 クラス中の声が唱和された。

 時間は移り、昼食時である。

「びっくりだよねー。まさか大海嘯の話が出るなんてさー」

 口を開いたのはエリクだ。

「ああ、でもこれでやっと迷宮に潜れるね」

 ラインが万感の意をこめて呟く。夢にまで見た迷宮系クエストだ、その気持ちは痛いほどよく分かった。

「でもまさか、そこまで討伐系クエストが出てたなんて驚きだよな。こっちにゃ全然降りてこないってのに」

 愚痴のような台詞を吐くのはグライフだった。

 確かにその通りである。二年間案内板を見続けてきたが、討伐系クエストが張ってあったことなどないのだ。悔しさもひとしおだろう。

「グライフ、仕方が無いよ。討伐系も迷宮系も中等部に率先して回されるみたいだし」

 ラインがグライフを嗜める。エフィムも同意するように頷いた。

「中等部が優遇されているのは分かりきっていたことだ。悔しがっても仕方あるまい」

 エフィムの言葉にグライフは渋々納得したようだった。

「だが、ラインのいうようにやっと迷宮に潜れるな。これほど嬉しいことはないぞ」

 エフィムは続ける。

「皆、ポーションなどの回復系アイテムは買ってあるだろうな? 何が起こるかわからん、備えあれば憂いなしだ」

 エフィムの言葉に三人が苦笑いを浮かべる。

 その対応にエフィムは困惑したように言う。

「何だその笑みは? 俺がこんなことを言うのはおかしいか?」

「嫌々、おかしくないよ。ただね……」

「ああ、ただエフィム君がポーションを飲んでる姿が想像できないだけだ」

「そうそう、今みたいに煙草吸ってる姿の方が想像しやすいよ」

 紫煙を燻らせていたエフィムは渋面を作った。

 なんだなんだ皆して。こちとら心配してモノをいっているというのに。

「ごめんごめん、エフィムを馬鹿にしたわけじゃないよ」

「そうだぜ。どっちかつーと褒め言葉みたいなもんさ」

「機嫌直してよエフィムくーん」

 結局食事中エフィムの機嫌が直ることはなかった。

「混雑してるな」

 午後、自主鍛錬をしようということとなりコロッセウムにきていた四人はその混雑振りに辟易することとなる。

 明日迷宮に潜ることが決定されたのでどこのパーティも自主鍛錬をしようとコロッセウムに集まったのが原因だった。

「どこのパーティも気合が入ってるね」

「当然だろ。明日は迷宮討伐だぜ? やる気にならないほうがおかしいってーの」

「それにしたって、混み過ぎだよー」

 三人が思い思いの言葉を言っていると、リリーが近づいてきた。

「よお、お前らも自主鍛錬か?」

「はいリリー教官。それでお願いがあるのですが――」

 エフィムはここに来た目的をリリーに伝えた。

「魔物と対戦したい、か――」

 リリーはエフィムたちの要望を聞いて渋面を作る。

「はい、できるだけ実戦に近い経験を積みたくて……難しいでしょうか?」

 エフィムの言葉にリリーは唸り声を上げた。

「いや、可能っちゃ可能だ。ただなあ、数が余りいなくてな。お前らだけにやらせるのは贔屓になっちまう。かと言って全員に体験させてやれるほど数は揃っちゃいねぇ」

 悩みどころだった。教官としては要望に応えてやりたいが、公平性の観点から応えられない。

 リリーの悩みが伝わってくるようだった。

「そういうことなら仕方ありません。魔物との対戦は次の機会に」

「悪いな。代わりといっちゃなんだが、あたしが稽古つけてやってもいいぞ?」

 リリーは強い。隻腕となった今でもキングオークすら倒せるのではないかと思わせるほどだ。

「本当ですか? それなら是非お願いします」

 エフィムたちは揃って頭を下げた。

 鍛錬の結果? それは聞かぬが華だろう。

 何せ、死体のようになった四人がコロッセウムに転がっているのだから。

「あちゃー、ちょいと扱きすぎたかな」

 リリー教官、ちょいとじゃないです。

「おーいお前ら、こいつらに治癒魔法かけといてくれ」

「はーい」

 そこで俺の意識は闇へと落ちていった。

何でも受け付けております

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