13話
詰まってきたゾウ
旅程二日目。
この頃になると初日では気が付かなかったものにも気が付くようになっていた。御者の装備である。
五台の荷馬車を操る御者たちは皆腰に剣を佩いていた。それによく観察すると衣服の下には鎖帷子だろうか? 防具まで身につけている。
「護衛もかねているのか、抜け目のない」
エフィムはそう一人ごちた。
それと同時に商会の男を吝嗇家から抜け目のない男に評価を修正する。
この商隊は初めから五人の護衛が付いていたことになる。エフィムたちを含めれば九人の護衛がついている計算になる。十分な数だ。
エフィムはグライフを呼び寄せた。
「グライフ、気付いているか?」
エフィムは御者達を顎で刺し示した。
「ん? ああ、初日のうちにな。エフィム君は今気が付いたのか?」
「恥ずかしながら、そうだ」
エフィムの言葉にグライフは意地の悪い笑みを浮かべた。
「戦力の把握はこういう場合基本中の基本だぜ。まだまだだな」
グライフは得意気にそういった。
「言ったなこいつめ」
エフィムも面甲を跳ね上げてじゃれあう。
旅程二日目。旅はまだまだ順調だった。
結局二日目も何もないまま終了した。
「順調だね」
夕食時に口を開いたのは例によってエリクだ。その表情には安堵の色が見える。
「そうだね。このまま何も無ければいいな」
ラインが同意を示す。
逆に難しい顔をしているのはグライフだ。
「グライフ、どうした?」
エフィムが声をかける。
「いやなに、明日通るルートに林があってな、待ち伏せには格好の場所だなぁと思ってたところさ」
グライフはそういって地図を広げる。
「ほら、丁度街からも離れてるし、騎士隊の巡回ルートからも外れてる。近道っちゃあ近道なんだが、きな臭くてな」
エフィムは地図を見た。確かに主要な街道からずれているルートだ。
「グライフ、一体何時こんなものを?」
エフィムは疑問に思ったことを聞いた。
「ん? 出発前にちょっとね。あの商会の人、タラバさんって言うんだけど、その人に教えてもらったんだよ。重要だろう、こういうことの確認は」
エフィムはため息をついた。他の二人も同様である。
グライフは慌てたように言った。
「な、何だよその反応は!? 俺何か悪いことしたか!?」
エフィムは言った。
「グライフ、こういう大事なことは事前に知らせるべきだろう? 仲間じゃないか、俺たちは」
他の二人も苦笑いを浮かべていた。
グライフは困ったように頬をかいた。
「――悪かったよ。これからは最初に皆に報告することにする」
「うん、それがいいね。情報の共有は大事なことだし」
「僕もそう思うな」
その日はグライフを弄り倒して夜が更けていった。
旅程三日目。
この日も何時もどおり出発した。
しかし、異変は直ぐにエフィムの鼻に届くことになる。
昨日グライフが言った林近辺に近づいたときだ。エフィムの鼻に多数の人の匂いと血の臭いが漂ってきた。
「全体止まれ!」
エフィムは思わず大声を出していた。昨日のグライフの嫌な予感は的中したらしい。
「どうしましたエフィムさん」
不思議そうに荷馬車から顔を出したのはタラバだ。
「人と血の匂いがする。賊だ」
エフィムは端的に言葉を伝えた。その言葉にタラバの顔色が悪くなる。
「なんですって? どこにいるんですか!? 臨戦態勢を整えないと!」
「林の中から濃密な血の匂いがする。あそこだ」
エフィムはもう眼前に迫った林を顎で指し示した。
「に、荷馬車を盾代わりにしましょう! おいお前達、言われたとおりにするんだ!」
タラバはそういって御者達に指示を出していく。数分後には即席の陣地が完成していた。
「おいエフィム君、敵が何人くらいか分かるか?」
尋ねてきたのはグライフだ。ラインも興味深そうにこちらを見ている。
「二、三十人といった所じゃないか? それ以上詳しくは流石に分からん」
「多いけど、何とかなる人数だな。こっちには即席とはいえ陣地があるし――」
グライフはそこでエリクを見た。
「頼りになる魔法使いもいる。防ぎきるぞ」
グライフの言葉にエフィムとラインは頷いた。
「言われなくともそのつもりだ」
「ビネール流槍術の冴えを見せるときが来たね」
三人はやる気になっていた。そんな中で、エリクだけが青い顔をしている。
「エリク、大丈夫か?」
エフィムが声をかける。そんなエフィムにエリクは気丈に笑って見せた。
「大丈夫だよ、エフィム君。相手は悪党なんだ、気にしないで魔法を撃てばいいだけさ」
エリクの言葉は自分に言い聞かせているようでもあった。
「そうか、頼りにしているぞ」
エフィムはそういうしかなかった。
そんな時、喚声が聞こえた。
「来たぞ!」
御者の一人が叫ぶ。
見れば林の中から三十人ほどの集団が吶喊してきていた。こちらの備えを見て強攻策に出たのだろう。
「どうするエフィム君?」
「まずはエリクの魔法で相手を怯ませる。エリク、できるな?」
エフィムの言葉にエリクは静に頷いた。
「引き付けてからうちの魔法使いが魔法を撃つ! 混乱している敵を後は俺たちが叩くのが作戦だ! 決して逸らないでくれ!」
エフィムは護衛たちに聞こえるような大音声で作戦を伝えた。
そしてその時がやってくる。
「ファイヤーストーム!」
まだ青白い顔をしているエリクが魔法を唱えると、炎の嵐が賊を襲った。
「ギャアア!」
「ひぃ! 誰か消してくれえ!」
一度に十数人もの人間を巻き込んだ炎の嵐は確実に賊に混乱をもたらしていた。
「いまだ、出るぞ!」
エフィムは面甲を下げて陣地から躍り出た。ライン、グライフに護衛達も続く。
「な、何だこいつ等は!?」
一番後ろに控えていた賊の棟梁と思しき男が悲鳴染みた声を挙げる。
それもそうだろう。一度に十数人の部下を失い、次いで出てきたのが二メートルを超えるプレートメイルを着込んだ巨漢、神速の突きで部下を刺し殺していくリザードマン、小柄ながら着実に命を刈り取る少年達だ。
中でも圧巻なのはやはりエフィムだった。金棍棒を一振りすれば最低でも二名の人間が命を落とす。剣などで防ごうとしてもそれごと圧し折り、頭から上は脳漿を飛び散らせながら粉砕されていく。
「グルオアア!」
「ひ、ひい!」
「駄目だ! 逃げろ!」
その圧倒的な暴力の前に及び腰になる賊たち。
しかし、逃げようとするとそこに的確に魔法が飛んでくる。
「ファイヤーボール!」
爆炎とともに吹き飛ぶ賊たち。
戦場をは一方的な殺戮の場と化していた。
そして、何事にも終わりは訪れる。
「貴様で最後だ」
エフィムはグライフによって足の腱を切断された賊の頭領を見下ろしながら言った。
「――ふん、どうせ捕まえられても縛り首が落ちだ。やるなら一思いにやってくれよ」
頭領はふてぶてしく言った。三十人もの人間を従えると良くも悪くも貫禄が付くらしい。
エフィムはそんな棟梁を見て感じるものがあった。誰も好き好んで賊に身を落とすものはいない。この頭領にも相応の理由があったのだろう。
「――煙草一本」
「あ?」
エフィムは煙草を取り出すといった。
「末期の一服だ、大切に吸えよ」
煙草一本。吸っている間だけ前世の爺ちゃんのように強くなれる気がする煙草一本。エフィムは自然とそれを棟梁に分けえ与えていた。
吸っている間だけでも、前世の爺ちゃんのように。
「――味な真似する奴だな」
頭領はそういうと煙草をふかした。
「ああ、最高だ。これで部下どもが生きていれば何の憂いもなく死ねるってのに」
頭領はそういうと煙草を吐き出した。
「十分だ。俺をあいつらの所に送ってやってくれ」
「――分かった」
エフィムは金棍棒を振り上げた。
「……ありがとよ」
グシャっという音と共に、頭領だったものは姿を肉塊へと変えていた。
その後は特に何もなく目的の街まで着くことができた。
「やっぱり嫌だね、同じ人を殺すって言うのは」
その日の夕食時、エリクがポツリともらした。昼間のことを気にしてか、余り箸も進んでいないようだった。
「そうか? いっちゃなんだが、他人を殺して糧を得ている連中だぞ? 悪党には悪党らしい最期が相応しいと思うね」
突き放すように言うのはグライフだ。この男は人族ゆえに一番幼いが、一番達観した物の見方をしている。
「俺も同意見だね。民に害なす存在でしかないからね」
ラインも同調する。
エリクがすがるような目つきでエフィムを見る。
他の二人とは違う答えを期待しているのだろう。
「俺もグライフと同意見だ。ただ……」
エフィムはそこで逡巡した。果たして言っていいものかどうか迷ったのだ。
だが結局は言うことにした。嘘は嫌いなのだ。仲間に対しても、自分に対しても。
「誰も進んで賊に身をやつしたわけではない。そういう意味ではエリク、お前の優しさは誇っていいことだ。胸を張れ。今日のお前は正しい行いをしたのだから俯くな。それが手向けになるだろう」
「手向け、手向けか――」
エリクは何度も噛み締めるようにそう呟いた。
「手向けね。だから最後にあんなことをしたのかい、エフィム」
ラインがそう尋ねてくる。あんなこと――煙草一本のことだろう。
あれにはそんな意味合いなどなかった。ただ、煙草を一本吸っている間だけでも前世の爺ちゃんのような謹厳実直な人間になれたら。そんな思いで渡したのだ。
ん? やはり手向けの意味合いになるのだろうか。
ただ俺は死ぬ間際だけでも爺ちゃんのようにあれと願っただけなのだが。
俺はラインの問いに答えることなく、煙草に火をつけた。
エフィム・フォン・トォバはこの日初めて、自分の意思で人を殺した。
ご意見ご感想評価ブクマメッセージレヴューなんでもお待ちしております




