サイボーグ(1)
午前2時。
ことわざで表すと草木も眠る丑三つ時、人はもちろん、草や木まで眠っている時間という意味らしい。
しかし時代は21世紀、午前2時に起きている人などざらにいる。コンビニどころかスーパーまで24時間営業、夜の世界の代表、お水のお姉さんよりも遅くまで働いている。
宮城守は自宅のベッドで寝ていた。
突然、体が重くなり体がベッドに深く沈みこむような感覚に襲われる。どこまでも落ちていきそうになったとき、体の力がフッと抜けて軽くなり、ふわふわ宙に浮いて、スーッと横になったままで、移動していく。
目を閉じたままで、どこかに連れて行かれて、体が止まったところで目を開けた。
真っ白な空間に、守の体を取り囲むように、数十体の命まもるが立っていて、守を見下ろしている。守は床に寝たままで、金縛りにあったように体が動かない。
まもるの同じ顔がいくつも並んでいて、守のまわりをぐるぐる回る。
集団になったまもるが、じりじりと間合いを詰めてくる。
わっ! ロボが! ロボまもるがっ、俺を…俺を襲おうとしている!
たっ、助けてっ!
守は体を動かそうと必死になる。
どんなに頑張っても体はピクリとも動かない。
ロボまもるが覆いかぶさるように、次々と倒れてくる。
下敷きになる寸前に、体が自由になり両腕で自分の体をかばう。
「―――っ!」
――突然、床の底が抜けて、守は暗い、暗い、奈落の底へ落ちていった。
翌日、ベッドの上で目を覚ますと、守は全身に汗をかいていた。
ぼーっとする頭でだらだらと身支度をすませると、ダイニングキッチンで母親の用意してくれた、朝食を食べる。守が起きる頃には、父親はすでに家を出ていて、家に居ない。
「守、今日はいつもより遅いけど、バスの時間は大丈夫なの?」
「うん…今日は一本遅らせていくよ、いつも早めに行ってるから…少し遅れても大丈夫なんだ」
「そうなの? あなたはしっかりしてないようで、結構しっかりしてるのよね―――だからお母さん、安心して仕事にも行けるし…」
守は母、愛子の話を聞きながら、だらだらと朝食をたいらげる。
「ごちそうさま」
守は空になった、食器を重ねて置くと立ちあがって、鞄をとる。
「そう言えばね、お母さんこの前、朝の早い時間にバスに乗ったんだけど…何かね、あなた達の年頃ってお母さんは、み~んな同じ顔に見えちゃうのよね~」
守の母、愛子は作った弁当を、守に手渡す。
守は昨日見た夢のことを思い出す。愛子の話は、感覚的でわけがわからない話が多いので、守はとくに答えず、いつものように気にとめないようにした。
「行ってきます」
外に出て天を仰ぎ見る、今日は晴れだ。少し寝不足の守は明るい光の中、大きくのびをした。
一本遅らせた、バスの中は混んでいて、通路にも人が溢れている。守は入口近くシートの背もたれに掴って、立った。
バスは国道を通って、細い県道に入る。バスに乗っている時間はだいたい15分くらいだ。
守から3・4人、人を隔てた通路の真ん中あたりに髪を黄色に染めた、女の子が立っている。
スクールバッグを肩にかけている、前髪を目のすぐ上で、まっすぐに切りそろえたパッツン前髪の少女が、右手に小さな手鏡を持ち、鏡を覗き込んでいる。少女は左手でしきりに前髪をいじっていた。
制服が同じ…うちの高校だな…。
守の通う、緑が丘高等学校の制服は、紺色のジャケット、灰色のスカートにブルーのチェック柄のブレザーの制服だ。
守は走行中のバスで、どこにも掴まらずに立っている少女が気になって、少女をぼんやり眺める。
バスが急停車する。
通路に立っていた人たちが一斉に体を揺らす。
守のシューズに何かが当たった。守は俯いて自分の足元を見る。
あ、鏡だ…。
守はラメの入ったピンクの二つ折りの鏡を拾い上げるて、パッツン前髪の少女を見る。少女は下を向いて足元に落ちてないか探しているようだ。俯いて左右に首を動かして、体をひねって自分の後側も見たりしている。
守は学校前のバス停で降りると、人通りを避けて立ち、
「すみません! これ落ちてましたよ」
とバスを降りてきた、少女に声をかけた。
少女に手鏡を渡す。
「あ…、ありがとうございます」
少女は手鏡を受け取り、お辞儀をする。
お礼を言われて守は、笑顔になる。守は少女に向かって会釈をすると踵を返して、足早に校舎へと向かった。
お昼休み。
みんなが、お弁当を食べるなか、早めに弁当を食べ終わった、牧めぐると友達の西崎がコントをはじめ、クラスの中の数人が、それを見るために周りに集まっている。
「どうも~! 博多っ子1号、ちゃんぷる~2号です!」
「どうも~! よろしく~!」
茶髪でキノコみたいな髪型の、西崎と牧が丁寧におじぎをして、コントがはじまる。
「コント! 『料理教室』」
「今日は牧先生に…ご家庭で簡単に作れる、お料理を教えていただきます。では…牧先生、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「先生、今日のメニューはなんですか?」
「うーん、今日のメニューは何にしようかな~?」
「あの…すいません、料理教室なのにメニュー考えてないんですか?」
「牧めぐるの『創作料理教室』って書いてあるよ」
「え?」
「うーん、創作だからねえ、きらっと光るものがないと…」
「何? そのダイヤモンドの原石見つけます、みたいな言い方…どこの誰が料理教室にきて、インスピレーションで作りますって思うかっ?! 怒るぞ!!」
「ちょっと…ちょっと待って! 今、考えるから…」
「はい」
「うーん…」
「早くして下さいよ!」
「えー、今日のメニューは『米っぷり』にしようと思います」
「はい、米っぷりですね。米っぷりとは、どういった料理でしょうか?」
「米っぷり嫌いなの?」
「違います。その米っぷりが、どんな料理かわからないでしょ?」
「とっても大きい料理」
「へ?」
「だから…とてつもなく…お・お・き・な…料理!!」
「どれくらい?」
「これくらい」
牧が両腕を水平にして、おおきなわっかを作る。
「大きさの問題じゃないっ!」
西崎が牧の頭をひっぱたく。
「もういい…早くしろ!」
「では、まず…とてつもなく大きな鍋が、必要です」
「はい…」
「ありがとう、ございましたっ!!」
「昨日さ、すごい変な夢見ちゃって…」
「へー、どんなの?」
守と山内はいつも一緒に弁当を食べている、今日も一つの机に向かい合わせに座っていた。
「なんかさ、人形のまもるがさ…、俺を囲むようにして30体くらい居るの」
「なんだ、それ?」
「俺は真っ白な部屋の床の上に寝てるんだけど、俺を囲むようにして何十体もの、まもるが俺を見下ろして、立ってるんだ」
「…こわいな」
「でしょ? それでね、俺は集団のまもるに襲われそうになって…、逃げようとするんだけど体が動かないんだ」
「あっ! わかる、よくあるよそのパターン。逃げようとして走っても、すごい足が重くなって速く走れないとか…」
「うん、それでさ必死で体をジタバタさせて、やっと動いたと思ったら、まもるがどんどん自分に向かって倒れてきて、やばいっ! と思った瞬間、床が抜けて…ワーって感じで落ちていったんだ」
「やな夢だな…」
「うん…もう朝、起きたら汗びっしょりだよ…」
守は手で黒い前髪をかきあげる。
「あっ、そう言えば今日、実力テストだろ? 勉強した?」
「あ、うん。少しはやった、山内は?」
守と山内の通う塾は、一年に何回か実力テストがあって、その成績でクラス分けされている。守と山内は塾でも、同じクラスだ。
「俺はな…すっごいやった! だからさ、今日のテストは手加減しといてやる」
「なんだよ、それ」
守はニヤニヤしながら、黒い弁当箱と箸入れを黒いナイロンで出来た弁当ケースの中にしまった。
山内も空になった弁当箱の蓋をしめて、弁当箱を箸と一緒にハンカチで包むと、布の端をギュッと縛る。
教室の隅では牧と西崎が、コントの反省会をしている。
守と山内は残りの時間で、実力テストのヤマをはったところを確認しあった。




