サイボーグ(2)
守は朝、バスを降りたところで、黄色い髪色のパッツン前髪の少女に「すみません」と声をかけられた。
「あの…この間はありがとうございます、私のこと覚えてますか?」
パッツン前髪の少女は、目のまわりを黒の太いアイラインで縁取って、まつ毛も黒いマスカラで覆われている、目が大きく見えるメイクをしている。
「あ! この前の…」
「バスで…鏡を落としたときに拾ってもらって…」
咲は手に持っていた小さな紙袋を、
「それで――これ、お礼です」
と守におずおずと差し出す。
「…ありがとう」
小さな紙袋の中には、茶色に薄い黄色のハート柄の包装紙に包まれた小箱が入っていた。
今日は2月14日。
男女のイベントに関して鈍感な守でも、今日がバレンタインデーだということは、わかっていた。
「チョコです」
うつむいた少女の、色白の頬が紅潮している。
それを見て守も、うつったように同じ顔になった。
「俺、二年の宮城守です」
「私は1-2の親富祖咲です」
「あ、学年1コ下なんだね」
親富祖咲と名乗った少女は、こくんと頷く。
学校はバス停の間近にある。バスを降りると、すぐ学校の校門があるので、次々と登校してくる生徒達が、ぎこちない様子の二人を物珍しそうに、ちらりと見ていく。守は人目が気になってだんだん落ち着かなくなってきた。
「あの、メールとかしてもいいかな?」
守はブレザーの制服の灰色のズボンから、赤い二つ折りの携帯を取り出して開く。
「じゃあ私にも、連絡先教えて下さい!」
咲も慌てて携帯の用意をする、パールピンクの女の子らしい携帯だ。
二人は携帯をくっつけて、赤外線通信でお互いの連絡先を送りあった。
校門の周りにだんだん人が増えてきた。守はそろそろ教室に向かおうと咲を促して、歩き出す。
「一年の校舎って遠くに感じるんだ、一年だけ渡り廊下向こうだし…二年の初登校の日に校舎が近いなって思ったんだよ」
守は咲の通う、一年の校舎を指さす。
「そうなの? 毎日通ってる校舎だけど、気にしたことなかったかもしれない…」
咲は顎を上げて横を歩く、守の顔を見た。
身長165センチの男の中では小柄な守より、咲は10センチ背が低い。
「廊下に出たら宮城先輩が見えるかもしれないね」
「えっ…」
守は頬を赤く染める。
一年の教室がある校舎と二年の教室がある校舎は、中庭を挟んで向かい合わせになっている。どちらも中庭側が廊下になっていた。
守は廊下の窓越しに手を振る、咲の姿を想像して、くすっと笑った。
咲は守が何で笑ったのかわからないようで、きょとんとした顔をしている。
「なんか…子供みたいだなって思って…」
咲は顔を真っ赤にして俯いて、すぐに自分でも可笑しくなったのか、ぷっと吹き出す。守もつられて笑う。
二人は守の教室のある校舎の入り口で、小さく手を振って別れた。
バレンタインデーにお母さん以外の女の人からチョコをもらったのは、小三のとき以来だ。家に帰ったら、お母さんにも自慢しようと守は思った。
『命まもるの君』の席に3、4名の女子が集まっている。まもるの体にまとわりついて、顎をなでたり、チョコを口に含ませようとしたり、頬にキスをしたりしている。机の上にはチョコの山……だったらどうしよう…などとくだらない妄想をしながら、牧めぐるは階段を上って三階にある教室へ向かった。
教室に入ってまもるの席に目をやる。爽やかな表情の命まもるとは裏腹に、まもるの机の上は寂しいままだ。
自分の席に視線を移す。
チョコ0個
フッ…。
牧は不敵な笑みを浮かべながら、席へ向かい机の上にカバンを置く。
「牧~」
牧が振り向くと、同じクラスのいかつい女が立っていた。女らしいところといえば髪が長いところぐらいだ。ワンレンの黒髪は背中の肩甲骨あたりまで、伸びていた。
「はい、チョコあげる~」
いかつい女は牧に向かって、赤い包装紙に包まれたチョコを差し出す、牧は無言でチョコを受け取る。
「牧ってさー、お笑い目指してるんだよね…」
「…」
「何か、面白いこと言ってよ!」
「…」
牧は腰を低くして、カンフーの構えをとる。
「アチョー! アチョー! 浣腸~!」
カンフーと浣腸の構えで雄叫びを上げる。浣腸のところだけ、まぬけな感じでテレビで人気のお笑い芸人みたいだ。
「あはははは…面白い~! 超ウケる~!」
牧は浣腸の構えをとった状態で、合わせた人差し指を口元に近づけ、銃口にみたてて吹く。
「あはははははは…ははははは…お、お腹痛い~、死ぬ~!」
お昼休み。
守は友達の山内に、親富祖咲からチョコをもらったことを話す。
「えっー! チョコ!!」
近くでお弁当を食べていた女子が山内の声に驚いて、箸を持ったまま固まって、守と山内を見る。
守は気恥ずかしいので、顔を真っ赤にして小声になる。
「…だからさ、バス停のところで女の子が待ってて…チョコを貰ったんだ。恥ずかしいから、あんまり大きな声出さないでよ…」
「…あ、悪い」
「この前、バスの中で彼女が落とした、鏡を拾ってあげたんだ…そしたらお礼だって…」
「………」
「…どうしたの?」
「ちなみに俺は…今日、女子より一個もチョコをもらえていない…友達として祝福してあげたいが…正直…俺…今、泣きそうだ」
山内は瞳を潤ませている、本当に泣きそうだ。
「――山内、かっこいいのにな…」
守は優しい眼差しで山内を見つめる。お世辞ではなく、守は本気で親友をかっこいいと思っているのだ。
山内国重は生まれてから17年間、母親と姉、以外の女性からチョコを貰ったことがない。ただし例外として、父親が会社のOLさん達からもらってくる義理チョコをもらえることがある。バレンタインデーは山内にとって、チョコがたくさん食べられる日として認識されている。
身長173センチ、痩せていても骨太のしっかりとした体でスタイルも良く、顔も地味顔とはいえ、わりとかっこいいのに、何故か女の子に興味をもたれない、そんな運命を選んで生まれてきた男、山内国重である。
その理由を親友の宮城守に聞くと、即座にこう答えるであろう。
「山内、一年の時に自分を好きになってくれた女の子に、山内君って好きな人いるの?って聞かれてさ、そしたら好きな人って男? 女?ってその子に聞き返したんだ。その子が女だよ…って言ったから、それはもう堂々と――お母さん!って答えて…俺のお母さん、とっても可愛いんだぜ、とか語り始めて…それから20分くらい、お母さんの話をしてらんだけど…それ以来その子は山内と口も聞かなくなっちゃって…なんかそれが原因かなって思ったんだ。俺はあいつのそういうところ、すごく可愛いと思うんだけど…」
高校生男子で、お母さん大好きっ子は女子高生に、ウケが悪いらしい。年上には好かれるタイプかもね。
「なあ、宮城…お前その子をデートに誘えよ」
「えっ…一応、連絡先は交換したけど…唐突に何だよ。夜メールしようとは、思ってるよ」
「お返しは、どうするんだ?」
「はあ? お返し? チョコの?」
「うん」
「お返しはするよ、ホワイトデーに」
「遅いよ…ホワイトデーまであと…一カ月もあるじゃないか?」
山内は守に詰め寄るように、前のめりになる。
「それまで会わないの?」
「…そんなこと言われても」
守は山内に追いつめられるような形でのけぞった。
「映画に誘えよ! 映画だったらさ、誘いやすいし…映画を見たあとは共通の話題で盛り上がるしさ…」
山内は鋭い目で、守を見据える。
「…いきなり、変じゃないかな?」
「大丈夫だろ、誘ってみろよ!」
「そ…そうかな」
「うん」
「わかった…誘ってみるよ」
守は山内の勢いに押されて、わけがわからないまま親富祖咲をデートに誘うことになった。
女の子とデートをする、人生初のデートだ。授業中そんなことを考えていたら、胸がドキドキしてきた。言い知れない高揚感がある。なかなか悪くない感じだ。
今夜はメールではなく、電話をかけよう。
守は動悸を抑えるために、軽く深呼吸して、ノートに写した数学の問題を解き始めた。




