サイボーグ(3)
親富祖咲が席について、教科書を机の中にしまっていると、親友の清水ちさ子と山田静香が咲の席にやって来た。
「咲!」
「ちさ子、静香…おはよう」
ちさ子と静香は遠慮なしに、近くの男子生徒の席のイスを咲の机の傍に寄せて座る。もう毎度のことなので、登校してきた男子も驚かない。机にカバンを置くとさっさとどこかに行ってしまった。
「咲がこの間話してた男いたじゃん…鏡拾ってくれた奴。二年の人、15人くらいに聞いてみたけど、誰も知らないって!」
陸上部に所属しているちさ子は、日焼けしていて見るからに健康そうだ。部活で鍛えた体は適度に引き締まっていて、小顔でバランスのいいスタイルは、モデルみたいだ。
「…鏡を拾ってくれたのは、死んだおじいさんだったかも」
変な冗談を言う静香は、色白で線の細い美少女だ。そんな見た目とは違って神経は図太い。
ちなみに咲の祖父は父方、母方とも健在である。
「もうチョコあげたよ」
「…そいつ顔見た?」
ちさ子は静香を見る。
「ううん…見てない」
静香が首を横に振る。
「見なくていい」
「…なんで?」
ちさこが眉を寄せる。
「二人ともひどいこと、言いそうだから!」
「不細工なの?」
「違います!」
「…不潔?」
「もっと違います!! 薄顔ではあるけれど…」
「うーん、隠されると見たくなるよね」
「うん、写真とってきてよ」
ちさ子と静香は興味津々といった顔で、咲を見ている。
咲は眉間にしわを寄せて、口をとがらせる。
「二人ともいじわるしそうだから嫌だよ…邪魔しないで!」
「げっ…付き合う気なの?」
ちさ子は驚いて目を丸くする。
「何言ってんの!」
咲は慌ててちさ子の発言を否定する。
「そんなのわかんないよ…今日、帰ったらメールしてみようと思ってるの…」
「わっ!」
「わーっ!」
「メールすんな!!」
「告るな!!」
「そんな奴より、もっといいのいるって!」
「咲! 妥協したらだめ!」
ちさ子と静香は勝手に適当なことを言う。
さすがにキレた咲は、
「もう! 二人とも失礼なこと言わないでよ! いい加減にしないと怒るよ!」
と声を張り上げる。
少し間が空いてから、ちさ子が腕組みをして
「うーん、じゃあしょうがないか」
と低い声でつぶやいた。
「そいつ…ほんと普通だよ。友達も絶対、普通だって…」
机に頬杖をついていた静香は、イスに深く座りなおして脚を組み直した。
「ところで、二人は誰かにあげたの?」
非協力的かつ暴力的な二人に、守のことを忘れさせようと咲は話題を変える。
「私は彼氏にあげたよ…」
「あっ! あの年上の人だ。まだ付き合ってたの?」
「うん」
静香はにっこり微笑む。
「ちさ子は?」
「私は二人にあげようと思って、持ってきたの!」
勢いよく机に両手をついた、ちさ子は白い歯を見せて笑う。
続けて咲と静香も。
「私もある」
「…あ、私も」
と、はにかみながらチョコを持ってきたことを、報告し合う。
「お昼に食べくらべしよう~!」
ちさ子がはしゃいで、拳を高々と上げる。
「賛成!」
「楽しみ~!」
ちさ子に続いて二人ともガッツポーズを作る。
咲、ちさ子、静香の三人は顔を見合わせて、にんまりした。
夜。
咲はベッドの上で、携帯電話とにらめっこをしていた。
淡く明るい色調でまとめられた部屋のインテリアは、咲の好きなピンク色の小物がアクセントになっていて、清潔な女の子らしい部屋だ。
「わ!」
手に持っていた携帯の液晶画面がぱっとついて、コール音が鳴る。
突然のことに驚いて、ベッドに落としてしまった携帯を、慌てて拾い電話に出る。
宮城守からの電話だ。
「こんばんは、あの…宮城だけど…今、話しても大丈夫?」
「…あ、大丈夫。今ね…こっちからメールしようかなって思ってたとこなの!」
「そ、そうなんだ…」
「うん」
守は咲の予想外の答えにドキドキして、返答がしどろもどろになる。何を言おうとしたのか忘れてしまい、変な間が空いてしまう。
「………もらったチョコレート、さっき食べたよ…美味しかった、ありがとう」
「うん…よかった!! チョコは鏡拾ってもらったお礼だから…」
咲は守にチョコが美味しかったと言われて、急に恥ずかしくなった。安物のチョコレートだった。手作りにすればよかったと後悔した。
二人の間に沈黙が流れる、二人とも相手が口を開くのを待っていたのだ。長い沈黙の後に話を切り出したのは守の方だった。
「…それでね今日、電話をかけた理由なんだけど…あのもらいっぱなしじゃ、なんだか申し訳ないし…チョコレートのお返しがしたいんだ。それで…一緒に映画を見に行くっていうのは…どうかな?」
「え? うん、行きたい」
「そう…よかった」
守はほっと胸を撫で下ろす。
よかった…。
守は心の中でもう一度、つぶやく。
友達を誘う時もそうだが、断られたら嫌だなという不安が常につきまとう。相手が女の子なら尚更だ。
守は咲に提案を受け入れてもらって、ほっと胸を撫で下ろす。
「次の日曜日とかはどうかな?」
「日曜日…?」
咲は考えを巡らせて、日曜日に予定は入っていないことを確認する。
「日曜日…うん、大丈夫!」
「時間は…あーっ! 調べてないから後でメールするねっ!」
「うん、わかった!」
「うん、じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
守は携帯の通話終了のボタンを押して、電話を切る
「はーっ………」
ため息をついて、携帯をベッドサイドの棚の上に置き、倒れこむようにベッドに横になる。
「なんっか…いつもの10倍はつかれた…」
でも頑張ったよ俺、
なんだか―――デートって…大変だな…。
女の子と話をするのも大変だ。心臓に無駄に負担をかけることになる…。
守はまるで他人事のように考えて、目を細める。
明日の朝、新聞で映画の始まる時間を調べよう…映画を見たあとはマックスコーヒーに行こうかな…天気が良ければテイクアウトして、公園で食べるなんてどうだろう?
それは彼女に聞けばいいか…
そのとき考えればいい。
山内だったら「カツ丼食べたい!」とか言うんだろうな。
守は体はうつぶせのまま、枕に頬をあてて、いろいろ考えるうちに眠くなった。のろのろと立ち上がり部屋の照明のスイッチをオフにする。暗くなった部屋でベッドに潜り込んだ守は、深い眠りに落ちた。
日曜日。
街のショッピングセンターに併設された映画館で映画を見ることになり、守はショッピングセンターと映画館の間にある、広いテラスで咲と待ち合わせることにした。
一緒に見る映画はマンガが原作のアクション映画だ。女の子は恋愛映画のほうが好みだとも思えたが、上映されているラブコメディはあらすじを読むと『ちょっとエッチな…』などと書いてあったので、やめにした。
守はショッピングセンターの入口横の階段を上って、テラスに向かう。
映画館前のテラスにはプラスチック素材の白い丸テーブルとイスが何組も置いてあって、自由に使えるスペースになっている。
日曜日となれば、やはり人は多い。守はテラスに出ると、あたりを見渡した。
いた―――。
だぼっとした薄いピンクのセーターを着た咲が、テーブルに着いて携帯をいじっている。守は人込みをすり抜けて、足早に咲に近づく。
「ごめん! 待たせちゃったね…」
守は彼女の顔を、覗き込むように声をかける。
俯いていた彼女がぱっと顔をあげる。
「………」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………すみません、間違えました」
自分の目の前を通り過ぎて、見ず知らずの女性に声をかける守を見て、
少し…メイクと髪型……変えてみようかな…。
と親富祖咲は思った。




