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ハザクラ咲く頃 -アルラの門4-  作者: 弓削 結
コーヒーブレイク -アルラの門4.5-
19/22

第七話 図書準備室

「渋いもの好きねぇ。」

 教科書と一緒に飛び出した本に、篠原明里(しのはらあかり)は目を丸くした。

 うーん、と木島都(きじまみやこ)曖昧(あいまい)な返事をする。

「好きっていうか、ちょっと調べてみようと思って図書館で借りたの。」

「アンティークとか骨董(こっとう)なんて、高校の図書室にはないものね。」

「それより、本当にここ使っていいの?」

「副委員長権限……ってわけじゃないけど、先生は会議だし、むしろ留守番代わり。」

 はぁ、と都は辺りを見回す。

 図書室には数え切れないほど来ているが、貸し出しカウンターの裏にこんな部屋があったとは知らなかった。

 四方を覆う書棚には文房具や古そうな本が並んでいて、対してワゴンの上に並んでいるのはぴかぴかの新刊、そして中央の大きな机にはカッティングマットや作業途中の紙束が積まれている。その周りをぐるりと囲むように乱雑に並んだ椅子。

 まるで美術室が工房のように見えるここは「図書準備室」という名がついているのだという。

「本の修理とか、新刊の登録とか……作業部屋。」だから汚くてごめんね、と明里は付け加える。

「保護者の事務所より綺麗(きれい)だよ。あっちは修羅場(しゅらば)になるとすごいから。それより明里さん、よくここにいるの?」

「二年生のときはお昼も放課後もほとんどいたかな。演劇部の台本書くのに資料が揃ってて便利なのよ。あ、でも今は今で、お昼誘ってくれて感謝してる。」眼鏡の向こうの瞳がにっこり笑う。

 明里と口を利くようになったのは春先の「魔性疑惑(ましょうぎわく)」以来だが、都と仲のよい樋坂(ひさか)いずみが文化部同士のつながりで彼女をよく知っていたこと、同じく仲のよい清水奈々(なな)が持ち前の明るさで気軽に声をかけたこともあり、今では明里の図書委員の仕事がないときは机を寄せ合ってランチタイムを過ごす仲になっている。

 今日も。

「待ち合わせまで時間(つぶ)さなきゃ」とぼやく都に、彼女から「じゃあ一緒に勉強しない?」と持ちかけてくれたのだ。

「私も部長待ちだから、ちょうどいいわ。」

「今日、部長会議だよね。文化祭の話って言ってたっけ。」

「夏休み終わったら、すぐだもん。文化部にとっては一大イベントだし。」

「その前にテストかぁ~」はぁ、と息をつくと教科書とノートを広げる。

「成績上位の人の台詞とは思えないけど。」

「明里さんだってそうでしょ。それに好きな教科は好きだけど、苦手なものは苦手。」

「それは私も一緒。」

 互いに肩を(すく)め、それを合図に二人は試験範囲を確認しあう。

 最初は慣れない部屋に圧迫感のあった都も、校庭の音が聞こえない静かさと隣にいる明里に刺激されて集中することができた。だから明里に声をかけられたとき、そこそこ時間が経っていることに驚いた。

「休憩にしましょう。」

 彼女は言うと隣の司書教諭の部屋へ行き、コンビニの袋を下げてきた。

「委員特権。冷蔵庫、借りてたの。」

 見れば袋には黒いマジックで大きく「しのはら私物」と書いてある。そうして中からプリンを取り出すと一つを都に渡した。

「いいの?」

「この間、梅の実いっぱいもらったからお礼。」

「あれはわたしじゃなくてマスター……早瀬さんが用意してくれたものだし、持って帰るの重かったでしょ?」

和臣(かずおみ)が持ってくれたから。それにマスター手書きのレシピが入ってたから、仕込むの楽だった。妹達も協力的で、一番下の妹なんて、まだ梅ジュース飲めないのーって毎日ビンの観察してるんだから。」

 その様子を思い浮かべて都はくすっと笑う。

「わたしも梅干漬けるの手伝ったけど、ああいう作業、なんか楽しいよね。じゃあ遠慮なくいただきます。」

 二人はノートを横に押しやりプリンを堪能(たんのう)する。

 その合間に話題に上るのは、近い友人の動向。

「奈々さんも塾に通い始めたのよね。」

「どうしても行きたい学校があるんだって。浪人できそうにないから気合入れるって。いずみさんは音楽関係狙ってるから、一年のときからレッスン受けてるし……」

「やっぱり三年になると、予備校通いも増えるわよね。」

「明里さんは行かないの?」

「夏期講習は申し込んだけど今までも自分やってきたし、下に二人控えてるから自分ばっかり出してもらうわけに行かないし。そういう都さんは?」

「わたしも今まで自力でやってきたから。それにどこ狙うかまだ決まらなくて。理系じゃないことだけは確か。明里さんは決まってるの?」

「大体。都さんはまっすぐ写真に行くと思ってたんだけど?」

「その先が物になるかなぁ、って悩んでるとこ。学費出してもらうこと考えると、とりあえずっていうのは考えたくないし。」

「それは同じね。保護者さんとか彼氏は何も言わない?」

「保護者はわたしの好きなようにしなさいって。彼は……もうちょっと相談に乗ってほしい感じするかな。」

「言えばいいのに。」

「忙しそうで……」

「お店が?」

「それと片付けとか。(フリューゲル)の二階と母屋(おもや)の二階に物がいっぱいあるから……」

「もしかして、これってそのため?」明里は教科書の下に埋もれた西洋アンティークの本を指差す。

「うん。お店で使ってるカップがアンティークって知ってたけど、それがまだあるらしくて。」

「誰かが集めたの?」

「ううん。輸入商してたご先祖が残した在庫品らしいって。」

「それは……すごいわね。」

「戦後売ったものもあるけど、まだ残ってるから整理するんだって。夏休み、少し手伝えるかなーって。」

 くすっと明里が笑う。

「彼氏が好き、っていうよりあのお店(フリューゲル)が好きみたいね。」

「保育園のとき行き帰りにあの前通ってて、だからかな。今でもすっごく懐かしくて。」

「面白い。」

「そんなに変?」

「変じゃなくて不思議。お店が取り持つ縁なんて小説みたい。」

「そういうわけじゃないけど……リュートには怪我(けが)しそうになったところ助けてもらったり、なんかいろいろ面倒かけてたんだよね。」

「でも、付き合ってくださいって言われて、はい、ってあっさり受け入れる都さんじゃないでしょ?」

「そ、それは……その……」真っ赤になって(うつむ)く。

「……キス……されたから……」

 え?と明里は目を丸くする。

 慌てて都は手をぱたぱた振った。

「そ、それだけじゃなくてホントに色々あって……でもわたしがこんなだからリュートも気を遣ってくれて……わたしが嫌だったら会わないって言って……でもそれが嫌だったから……」

 都の慌てように明里は笑う。

「都さん、かわいい。」

「そ、そういう言い方!真剣なのに!」

「わかってる。でもそうか。彼のほうが都さんのこと好きになっちゃったんだ。」

「それは……どうだろう。」

「だってそう言われたんでしょ?」

「わたしといる時間が好きって言われた。」

「また遠まわしね。」

「でもそのくらいがちょうどいいかも。面と向かって言うのも言われるのも、恥ずかしいもん。」

「あの彼なら、さらっと言ってのけそうだけど……」

「真面目だから……さらっと、っていうのは難しいかな。」

「そうよね。」はぁ、と明里はため息をつく。

「たとえ舞台で言えても、いざ自分の台詞になったら言えないのが普通なんだけど……あれは言っちゃうのよねぇ。」

「あれ……って西(にし)くん?やっぱり付き合ってるんだ。」

「やっぱり?」

「あ、だって明里さんのこと嫁にするって言ってたから。写真部の部室で。」

「あの馬鹿!そんなとこまで遠征してるの?」

「あ、えと、デジカメで撮影した分の色調整で来てもらったとき。明里さんの写真見て、嬉しそうに言ってた。ああいうふうに堂々と言えるのも凄いけど。」

「だから素直に聞けないのよ。台本の台詞(せりふ)なのか和臣の台詞なのか、区別つかなくて。それにすぐ女子にちょっかい出すんだから。」

「それはいつものことなんだ。」

「どこまでが冗談でどこまでが本音なのか、時々わかんなくなるのよね。その点、都さんの彼氏は固そうよね。」

「でも……明里さんと西くんと違って、昔のことは知らないんだよね。」

 ああ、と明里が呟く。

「もちろんリュートは年上で大人で、何があってもおかしくないんだけど。」

「でも聞くわけにいかない、か。今は都さんしか見てないって感じだし、心配しなくてよさそうだけど。」

「わかってる。それに信じてるから。」

「なんていうか、信じなきゃいけないのがアレだと思うと、なーんか()に落ちないのよねぇ。」

 あはは、と都は笑う。

「さてと、もうひと勉強かしらね。」

「うん。答え合わせしていい?」

 明里は頷く。

 そうしてしばらくすると、表からカウンター当番の女生徒の笑う声が聞こえた。誰かと話しているらしくやけに楽しそうだ。程なく現れたのは……

「お待たせ~!って、都さんも一緒だったのか。」

 小脇にノートを挟んだ演劇部の部長、西和臣(にしかずおみ)が手を振る。

 背は高くないが、それに見合った中背の体格。ほっそりした顔立ちに少し長目の前髪。笑顔で二人に近づく。

「話はついたの?」明里が言った。

「うん。吹奏楽部の部長に話つけた。」答えながら勝手にパイプ椅子を引っ張り出して腰掛ける。

「明里さんの企画書のおかげです。」

「当たり前でしょ。」

「部長会議でも承認(しょうにん)とったし、これから忙しくなるよ。」そこまで言って都のほうを向く。

「文化祭の舞台で吹奏楽部に生オケ頼んだんだ。豪勢な舞台やりませんかって。」いささか自慢げな表情(かお)

「生オケ……って生オーケストラ・舞台やりながら演奏してもらうの?」

「そ。いいでしょ。」

「そういうの、アリなんだ。」素直に都は感心する。

「そんな面倒なこと、普通の人が実行するわけないでしょ。」

「普通じゃないのは承知。けどせっかくの高校最後の文化祭。どーんとでっかく出たいじゃないの。」

 西の言葉にはた、と都は思い当たる。

「もしかして……西くん、わたしに撮影依頼しようとしてる?」

 ふふーん、と西の不敵(ふてき)な笑み。

「都さんってときどき鋭いよね。」

「そ、それはむりっ!そんな大役できないし、こないだだって散々なの見てるじゃない!」

「でも最後すんげーよい写真いっぱいあったよ……っと。」

 机の上で何かが震える音。

「ご、ごめん。わたし!」

「これ放っといていいから、出て。」

「う、うん。」

 都は慌ててマナーモードのままの携帯を手に取ると部屋の隅に移動した。

 簡単な受け答えをして「うん、わかった」と締めくくる。

 ぱちんと携帯を閉じて戻ってきた都に、明里が言った。

「撮影頼むとしても写真部に依頼する形になると思う。都さん名指しってことはしないから安心して。」

「ありがとう。」明里の言葉にほっとする。

「これから彼氏と待ち合わせ?」

「うん、先に帰るね。あと、今日は誘ってくれてありがとう。」

「私も楽しかった。また勉強誘ってもいい?」

「うん。また誘って。」教科書と筆記具をカバンに放り込み、そのまま肩にかつぐと手を振って廊下に飛び出した。

「なぁんで釘さすかなぁ。」

「困ってる友達、ほうっておけないでしょ。」

「友達、ね。都さんと何話してたの?」

「ガールズトーク色々。」

「明里さんち、家ん中でもガールズトークじゃん。」

「これはそれ。これはこれ。あんたに関係ないでしょ。」

 はぁ、と西はため息をつく。

「そういうツンなとこ、昔からかわんねぇよな。」

「変わってほしい?」

「いんや。すげー明里さんぽくて好き。」極上の笑顔で西は言った。


 駅ビルの中にあるチェーンのカフェ。その奥のソファー席で本を広げている待ち合わせ相手を見つけ、都は小走りに駆け寄った。

 相手も気付いて顔を上げる。

「走ってきたのか?」

「バスがなかなか来なかったから。あ、でもちょっとだけだし、転んでないから大丈夫。」

「そういう問題じゃ……」

 眉をひそめる恋人に都は「信用ないなぁ」と唇を尖らせる。

 椅子にカバンを下ろし、財布だけ持ってカウンターにアイスカフェオレを買いにいく。戻ってくると、テーブルの上にペパーミントグリーンのリボンのかかった小さなビニールパッケージが置いてあった。

「カフェ無限大(むげんだい)の新製品、だそうだ。」早瀬竜杜(はやせりゅうと)が説明する。

 手に取り、目の高さに持ち上げて思わず歓声を上げた。

「かわいい!クローバーのクッキー?」

 中に詰まっていたのはパステルカラーのアイシングがかかった一口サイズの焼き菓子。

美帆子(みほこ)さんから都に、って。」

「もらっていいの?食べるのもったいないけど……美帆子さんが作ったんじゃないよね?」

「知り合いのパン屋と共同開発したらしい。」

「美帆子さんもいろいろ考えるなぁ。あとでお礼のメール送っておくね。」

「そうしてくれ。それより試験前に悪かったな。」

「ううん。しばらくあんまり会えないと思ってたから嬉しい。それに待ってる間、友達と勉強してたから。」

「いつもの二人か?」

「同じクラスの明里さん。」

「ああ、演劇部の才女(さいじょ)。学生も色々忙しそうだな。」

「期末試験と写真部の撮影会が終わるまでかな。でも夏休みに入ったらフリューゲルの大掃除、手伝うよ。」

「掃除は少し延期になりそうだ。」

「ほえ?」

「一度、ラグレスの家に戻ることになった。」

「お仕事?」

「色々。こちらの時間で二週間ほどか。」

 そっかー、と都はアイスカフェオレをすする。

「でも……戻るの久しぶりだよね?」

「連休明けからずっと早瀬の家にいたからな。」

「しばらくフリューゲルもマスター一人になっちゃうのか。危ないところは行かないよね?」

「なんなら見張ってるか?」

「へ?」意味がわからずきょとんとする。

 そんな都に竜杜は言った。

「都が休暇に入るといったら、一緒に連れて来いと母に言われた。」

「それは……」

「もちろん(さえ)さんに許可をもらって、都の都合がよければ、の話だ。」

「わたし、一緒に行ってもいいの?」

「そう言ってるだろう。何より母が都に会いたがってる。それに……」

「行くっ!」思わず腰を浮かせて前に身を乗り出す。

「冴さんにはちゃんと説明する!お母さんのお墓参りは八月になってからだし、だから大丈夫!っていうか行きたい!」一気に言ってぽすんとソファに腰を落とす。

「コギン、いっぱい飛べるかなぁ。それに、ネフェルに会えるかな。ああ、でも字の勉強あんまり進んでないし……その前に手紙書いたほうがいい?でもセルファさんが来ないと渡してもらえないか。」

 竜杜があっけに取られる。

「俺が……早瀬の家で暮らすって言ったときより嬉しそうだな。」

「そ、そんなことないよ!」慌てて手を振る。

「それにその……リュートとも一緒にいられると思うし……だからその……」

 赤くなってうつむく都に竜杜はくすりと笑う。

「そうだな。一緒にいられるのは俺も嬉しい。ああ、でも向うに連絡するのは、冴さんの許可を取ってからだぞ。」

「わかってる。」

「勝手に話し進めたら、何言われるかわからない。」

 でも、と都は笑顔で言う。

「絶対大丈夫!冴さん、リュートのこと信頼してるもん。」

「そうか?」

「そうだよ。」そこまで言って、ひとりごちるように大きく頷く。そして笑顔。

「夏休み、すっごく楽しみになってきた!」

前編後編にわかれますが、残り一話になりました。

幕間話といいつつ長くなってしまいました。こういう形式で書くのも初めてなのと情報量が増えてしまって、読むほうは負担なんじゃないかと思ったり。でもまぁ、次の展開へのつなぎとして、まとめることができたので、ひとまず目標は達成できたかな、と。

ということで、残り二回の更新になりますが、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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