表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハザクラ咲く頃 -アルラの門4-  作者: 弓削 結
コーヒーブレイク -アルラの門4.5-
17/22

第五話 ケイ・デザイン設計室

「いいんじゃないの?」

「本当ですか?」

「だって(はら)ちゃん、もともと戸建(こだ)てやってたじゃない。デザインだけのコンペなら何とかできるでしょ。」

「でも……」

「付き合いもあるならエントリーしなさい。ただし、」と眼鏡の奥の瞳がまっすぐ相手を見据える。

「うちは零細(れいさい)だからあたしも(よこ)ちゃんも手伝わない。」

「じゃなくて手伝えない。」

 背後からの声に原建志(はらたけし)は振り返る。

 けれど声の主は液晶ディスプレイに注目したまま、

「木造なんてやったことねぇもん。」

「それと、パティスリーの内装も確定しそうなんでしょ?」と、こちらは先ほどから作業テーブルで原と向かい合っている小暮冴(こぐれさえ)

 原はぐっと背筋を伸ばした。

「あ、はい。今週中に決まる予定なんでちゃんと確認いれます!」

 にっこりと冴は微笑む。

「仕事量わかってるならいいわ。せいぜいがんばんなさい……っと、もうこんな時間か。宏枝(ひろえ)さん。」

「おでかけですね。」

 パーテーション代わりの低い書棚とキャビネットの向こうにいた菅谷宏枝(すがやひろえ)が立ち上がる。

「うん。ショウルームでサンプルもらって、そのまま施主(せしゅ)と打ち合わせ。戻りは四時ごろかしらね。」

「電話あったらそう伝えておきます。」

 そう言って、会社唯一の事務担当はホワイトボードに所長の予定を書き込んだ。

「じゃあよろしく!」冴は足元にあったカバンと紙袋を掴み、颯爽と事務所を飛び出して行く。

 その姿が入り口扉の向こうに消えると、原は脱力してずりっと椅子に身体を預けた。 

 その後ろから再び声。

「だから言ったろ。筋を通せば小暮さんは反対しない、って。」

 振り返ると、オフィスチェアを回転させた横山裕樹(よこやまゆうき)がマグカップを手に呆れ顔をしている。

「だってうち内装メインじゃないですか。戸建てなんて専門外もいいとこ、って言ったの横山さんっすよ。」

間尺(まじゃく)に合わないことだったら話すら聞かない、とも言った。」

 ポロシャツにジーンズ、そして本人曰くデザイナー気質の主張だという派手な腕時計。三十も後半の年齢だが、格好だけ見れば三十そこそこの原と大差ない。

 それは事務担当の菅原宏枝も同じだ。

 受付兼任だけあって落ち着いた色のカットソーにカーディガン、セミロングの髪も髪留めですっきりまとめている。けれど反して下は動きやすいパンツスタイルにペタンコの靴。その格好で郵便局や銀行、買出しに行くときは自転車で突っ走るのである。それと保育園に息子を迎えに行くときも。

「原さん、朝から緊張してましたもんね。」笑いながら宏枝が言った。

「緊張しすぎだ。」

「横山さんは慣れてるからいいっすよー。」

「そりゃ前の事務所でも一緒に仕事してたけど、でもお前だってウチ来て三年だろ?」

「だって小暮さんが事務所にいる時間、少ないじゃないですか。」

「だからお仕事があるんでしょ。」

 はい、と宏枝は横山に紙の束を差し出す。

「そうゆうこと。お、ファックス来てた?」

「それから先月の勤務表、今日中に出してくださいね。原さんもですよ。」

「げ!今頃変更かよ!」

 宏枝の台詞に横山の悲鳴が重なった。それを追いかけるように原の声。

「横山さん、現場行くの何時でしたっけ?」

「自分で調べろ!」横山は舌打ちしながら腕の時計に目を落とす。

「打ち合わせが午後イチだから……昼食ってる時間ねぇじゃん。たく出かけるまでに間に合うのか?」ぶつぶつ言いながら椅子を回転させると、猛烈な勢いでマウスとキィボートを操作する。

 原も紙束を抱えて自分の机に戻った。

 とたんに横山の声が飛ぶ。

「今日使うサンプル、用意しとけよ!」

 了解!と答えた原は、さてどこから探そうかと首をひねる。

 ひと昔前と違って図面を引くのはパソコンがあればできるが、空間を作る仕事をしていることに変わりない。実際に見て触れて確かめなければならないものは常にあり、そのせいで机の周りは色々なものが堆積(たいせき)している。

 机の上のファイルやファックスのプリントアウトをどけるが見当たらない。

「えーっと確かこの辺にまとめて……」

 記憶をたどり机の足元を覗き込む。分厚い床材や壁紙のサンプル帳の上に目当てのものを見つけて引っ張り出す。

「片付けてもすぐこれだもんなぁ……」ぶつぶつ言いながら、宏枝に梱包(こんぽう)材をもらいに行く。

 基本的にワンルームのフロアを簡単に仕切っただけのオフィスなので、誰がどこにいるか一目でわかるほど見通しがよい。

 入り口近くは宏枝の机と打ち合わせテーブルのある受付エリアになっており、その後ろには間仕切り代わりの背の低い書棚とキャビネット。そして奥には冴、横山、原、それぞれの机とコピー機、作業用テーブルなどが置いてある。それに狭い給湯室とトイレ。

 決して広いわけではないが社員四人のオフィスとしては申し分ない。

 ここに来る前は古いマンションの一室を借りていたが、設備的な問題もあって賃貸オフィスに越してきたのは昨年の秋のこと。

「さすがに新しい物件はブレーカー落ちなくていいや。」

 コピー機兼用プロッターから吐き出された図面をチェックしながら原が呟く。

「原因作ったの自分でしょ。」

「だって電子レンジつけたらブレーカー落ちるなんて思いませんよ!もー、パソコン落ちるあの恐怖!」思い出して原はぶるっと身震いする。

「気をつけろって横山さんに言われてたわよね。」

「一度経験しないと学習しないんすよねー。」

「一番若い原くんがそう言うかぁ。」くすくすと宏枝が笑う。

 と、入り口近くのテーブルから打ち合わせ中の横山と来客が挨拶を交わす声が聞こえた。

 慌てて宏枝が自分の机に戻り来客を見送る。入れ替わりに図面の束を抱えた横山が戻ってきた。

 作業テーブルに荷物を置いて、自分もそのまま椅子に身体を預ける。

「設備との打ち合わせ終了……っとコーヒーのみてぇ。てか、腹減った。」

「打ち出し、やっときましたよ。結局、昼抜きだったんすか?」

「だって急に修正かけてくるんだぜ。」

「何か買ってきましょうか?」宏枝が顔を覗かせる。

「あー、でも現場行く準備もしなきゃなんねぇ。」がくっとのけぞる。

「そこでなんか腹に入れるか……」

「だったら出前頼みます?私もコーヒー飲みたいから。」

「あ!だったらオレもコーヒー頼んでいいっすか?」

 待て待て、と横山が起き上がる。

「マスター一人だったら配達不可だぞ。」

「確認してみますね。」微笑んで宏枝は受話器を取る。

 二言三言喋り指でオーケーサインを作って見せると、二人はそれぞれ注文を伝えた。

「困った時のフリューゲル頼みっすね。」

「あんま大声で言うなよ。小暮さんがいるおかげで配達してくれてるんだから。」

「それを言うなら都ちゃんに感謝、でしょ。」にっこりと宏枝が微笑む。

「横山さんが死にそうになってるって言ったら、大急ぎで用意します、って。」

 十分後。

 白のワイシャツに控えめなネクタイの仕事着の上にウィンドブレーカーを羽織った早瀬竜杜(はやせりゅうと)は、事務所のあるフロアでエレベーターを降りた。

『ケイ・デザイン設計室』の名とロゴマークが貼ってある扉のレバーハンドルを回し、そのまま身体ごと押し開ける。

 と、

「わあっ!ちょうどよかった!」

 原が駆け寄る。

「竜杜さん!英語喋れますよね!」

 は?と竜杜は目を()く。

「店で外国人の応対してましたよねっ!」

「あれは英語じゃなくてフランス語……」

「どっちでもいいっす!」強引に竜杜の腕を捕まえる。

「ちょ……原さん!いったい……」

「落ち着け!原!」横山が原の首根っこを押さえる。

 わけがわからず振り返った竜杜に、受話器を持った宏枝が困った顔をする。

「その……外国の方からの電話なんだけど、(なまり)がひどくて……」

 なんだ、と脱力する。

「冴さんは?あの人ならそういう対応できるでしょう。」

「打ち合わせで外出中。しょっぱなに出た原がこのとおりパニクっちゃって。」

「だって竜杜さん、そういうの慣れてるっぽいじゃないですか!」

「想像で言わないでください。」

「案外フランス語でも通じたりして。」

 横山の発言に、一同の視線が竜杜に集まる。

 はぁ、とため息一つついて、竜杜は手にしていた保冷ケースを床に置いた。

 手を差し出し、受話器をよこすよう促す。

 五分後。

 受話器を置いた竜杜は本来の仕事……喫茶店フリューゲルの配達業務に戻ってコーヒーのポットとサンドイッチを打ち合わせテーブルに置いた。

「助かりました。」領収書にサインしながら、宏枝が礼を言う。

「事務所のボスは夕方戻ると言っておきました。確かにドイツ語みたいな英語……だったな。」そこまで言って一瞬思案する。

「何か?」

「あとは任せると、冴さんに伝えておいて。」


「ただいまー、遅くなりましたぁ……って誰もいないのか。」

 お帰りなさい、と宏枝が冴を出迎える。

「横山さんは原さんを連れて現場に行きました。」言いながら、冴の留守中にあった電話のメモを渡す。

「てーことは戻らないな。あたし宛の連絡は……ん?なんだこれ?」メモの中に英語で走り書きされたものを見つけて引っ張り出す。

「それは……」

「待った、待った!見覚えあるわよ。」冴は眉をひそめる。

「やらしいほど几帳面な筆記体……これ竜杜くんでしょ!」

「当たりです。」

「でもなんで?」

 もっともな質問に、宏枝は事の次第を手短に説明した。

「たく、原ちゃんは……ブロークンでも通じりゃいいって言ってるのに。」

「でも竜杜さん、さすがというか……外国にいらしたんですよね?」

「英語圏とは限んないでしょ。もしかしたらスワヒリ語使ってたかもしんないわよ。とにかくその電話かかってきたらこっちに回して。っていってもあと三十分か。」

「すみません。」

「いいわよ。あたしも保育園のお迎え行ってたクチだもの。」

 果たして、その電話がかかってきたのはちょうど宏枝が事務所を出た直後だった。

 その一時間後、カジュアルな私服姿の竜杜がエレベーターから降りてきた。事務所の扉を開けてからノックする。

 気づいた冴が顔を上げた。

「他の人たちは?」空のポットを回収しながら事務所を見回す。

「宏枝さんは保育園に弟くんのお迎え。あとの二人は現場で今日戻んないわ。」

「だから飲んでるのか?」

 冴が陣取っている打ち合わせテーブルには、すでに空になったビールの空き缶が置かれていた。

「水代わり。いる?」

「飲酒運転させる気か?」

 ああ、と冴は呟く。

「今日はお勉強の日か。」

 竜杜がこちらで暮らすようになってから週に何日か、自宅あるいは早瀬家で都が異世界の文字を勉強しているのだ。講師は基本的に竜杜で、都合がつかないときは父親の早瀬加津杜(はやせかずと)が教えることもあるらしい。けれど今日は竜杜が家に来ると、都が言っていたのを思い出す。

「バイク乗るなら仕方ない。こっちあげる。」

「っと。」

 竜杜は冴の放り投げた缶を受け止める。

「コーヒー屋に缶コーヒー渡すか?」

「電話のお礼よ。」

「ドイツ語みたいな英語……」

「イギリス人。というかスコティッシュの(なまり)ね。」そこまで言って冴はビールを煽る。

「わざわざメモまで英語で書いて、そういところがやらしいのよね。」

「言ってる意味がわからないぞ。それにメモは無意識だ。」

「やることがずるいって言ってるの。」

「またそれか。」

「どうせ、気になったから寄ったんでしょ。」

 一瞬の沈黙。

 そして、「ああ、」という答え。

「電話の相手に何か言われたんでしょ。」

「フォトグラファーのことで問い合わせた者だ、と。」

「フォトグラファー、ね。」

「この事務所に絡んでる写真家と言ったら都の母親しかいない。」

 はぁ、と冴は息を吐き出す。

「確かにわかりやすい話だわ。よりによってあんたが電話に出るとは。」

「都に関わること、か?」

「今はまだ……わからない。」

「黙ってるべきか?」

「任せる。」

「投げやりだな。」

「逆よ。あんたが本気で都ちゃんに寄り添う気でいることは了解してる。だから任せるって言ってるの。」

「それは……」

「褒めてんのよ。」

「そう聞こえないはどうしてだろう?」

「気のせいよ。それより……これから行くの?」

「ああ、一旦店に戻ってから……」

 そう、と冴は手元に目を落とす。

「あたしはもう一仕事してくから、ゆっくりいちゃついてていいわよ。」

「保護者の台詞(せりふ)とは思えないな。」

「そお?」冴は眉を持ち上げる

朝子(あさこ)が生きてたら同じこと言ったと思うわよ。さてと、どこからやっつけるか……」

 ぐいっと缶ビールを飲み干すと、テーブルの上に広げたメモ書きとスケッチを覗き込む。

 一旦入り口に向かった竜杜は、ふと足を止めて(きびす)を返した。

「一つ、聞いてもいいか?」

「まだいたの?」

「あんたにとって……木島朝子(きじまあさこ)はどんな存在だったんだ?」

 思いもよらない質問に冴は一瞬目を丸くする。けれどすぐに思案し、そして優しい笑顔で答えた。

「戦友……かしらね。」


「おはよーございまーす……ってなんだこり?」

 事務所に入るなり目に飛び込んできただビールの空き缶に、原は目を丸くした。

「久しぶりの光景だな。」一瞬遅れて事務所に入ってきた横山も「おー!」と声を漏らす。

「二人とも眺めてないで手伝ってください!」

 給湯室(きゅうとうしつ)から出てきた宏枝がビニール袋を差し出した。

「これ、一人で()んだんすよね?」

「たぶん、な。」

 そんな会話を交わしながら空き缶を(すす)いでまとめテーブルをきれいにしたところで、重役出勤の冴が颯爽(さっそう)と現れる。

 すかさず宏枝が詰め寄った。

「小暮さん!事務所で山のようにお酒飲まないでください!」

「ちゃんと酔い覚まして帰ったわよ。」

「そういう問題じゃありません!朝イチで来客があったらどうするんですか!もー、ようやく大人しくなったと思ったら!」

「ようやく……なんすか?」原がそっと横山に聞く。

「木島さんがいたときは、よく二人で酒盛りしてたから。こんなもんじゃなかったぞ。」

「なんか伝説多いっすね。都ちゃんのママさん。」

「良くも悪くも、すごい人だったよ。」

「いいですね!」宏枝は腰に手を当ててキッパリ言った。

「今後、事務所内はアルコール禁止です!」

「えーっ!」

「所長が自らごねてどうするんですか!」

「わかったわよ。」ちぇーっと子供のような舌打ちをする。

 すかさず電話のコール音。

 受話器を取った宏枝が、一瞬前とは打って変わったさわやかな挨拶で対応する。

「小暮さん、名古屋の現場からです。」

「あー、席で取るわ。」

 冴はカバンをその辺に放り出すと、慌てて自分の机に滑り込む。軽く深呼吸すると受話器を取った。

「はい、小暮です。お世話になっております。」

今回も伏線話でございやす。

そして自分の一番馴染んだフィールドっすね。設計事務所なんてこんな感じ。そして、バイト先で電子レンジ、チン!でブレーカー落ちたのも実話。当時はまだCADのバックアップ機能が充実していなかったので、マジで泣きました。

「うぉぉー!データがぁ~!」

懐かしいなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ