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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
97/341

人垣

 放課後。誰もいなくなった教室で、私はオルゴールを鳴らしてみた。由和さんから貰った、例のイチゴのショートケーキもどきである。

 流れた曲は『エンターテイナー』だった。

(な、なるほど……)

 料理を作る場面のBGMなどによく使われるメロディだ。

 ――さてはお菓子作りのシーンを連想して選びましたね、理事長様。

 何だか妙に納得し、私はオルゴールを紙袋へしまった。

(さて、帰るか)

 荷物をまとめ、廊下へ出る。頭の中で『エンターテイナー』を再生しながら、昇降口に向かった。

「きゃ〜、綺麗〜」

「かっこいい〜」

(ん?)

 途中、前方できゃあきゃあと盛り上がる女子の集団を発見した。

(……)

 私は立ち止まった。

 デシャヴである。どうやら、あの向こうに誰かがいるらしい。

(十碧くん? それとも――紫関先輩!?)

 校内で女子に騒がれる人物といえば、この二人である。いや、他にも人気のある男子や先生はいるが、それでもまずはこの二人である。

 ――どっちだ?

 私は緊張し、様子を窺った。すると。

「あっ、篠沢さん!?」

 集団の一人が私に気づいた。すぐさま、他の女子も反応する。

「ほんとだ、篠沢さんだ!」

「ひゃ〜、可愛い〜」

 そしてなぜか左右にササッと分かれ、皆さんは道を空けてくれた。

(……)

 なんというスムーズな動き。さすが冷泉院の人々。

 そして、なんという好意的な態度。さすがクマの『契約』。

(普通だったら妬まれたり反発されたりもするだろうに……)

 美人は反感を買いやすい。なのに、『この子』は不自然なほど恵まれている。マイナスの感情を向けられることはほとんどない。

 ――いや、そんなことより。

(どっち!?)

 私は身構え、左右に分かれた人垣の先へ目を向けた。

「……」

 男子が一人、こちらへやってくる。

 ふわふわの淡茶色の髪が、キラッと光った。

「あ、何だ。来海くんか〜」

 思わず、拍子抜けしたような声がこぼれた。

 ――これで、十碧くんでも紫関先輩でもない全然知らない人とかだったら笑えたが。

 私のそばまで来ると、自称フェアリーは儚げな微笑みを浮かべた。

「どういう意味かな、篠沢さん? 僕で悪かったね」

「悪くありません! お会いできて嬉しいです!」

 ――儚いのはうわべだけだった。

 凄い、この人。『フェアリー』なまま圧迫感を与えてくる。

「く、来海くんも今から帰るのっ? 今日はずいぶん遅かったんだねっ」

「……。まあね」

 十碧くんはほんの一瞬、遠巻きにこちらを見ている女子の皆さんへ目をやった。

「わ〜、二人揃うと眩しさも二倍〜」

「美男美女〜。綺麗〜」

 皆さんは、呑気にきゃあきゃあと我々へ視線を送ってくる。

(……)

 私は察した。

 詳しくは分からないが……ファンサービスしてたんだな、この人……。

「よくやるよね……来海くん」

「――何か勘違いしてないかな、篠沢さん?」

 ほぼ無意識に漏らした呟きへ反応し、十碧くんは私に目を戻した。

「遅くなったのは、図書館の自習室で試験勉強してたからなんだけど?」

「そそそ、それはお疲れさまですぅぅっ!」

 私の推測は外れた。

(――いや、でも絶対、ファンサービスはしてたよな……)

 自習室にだって人はいる。そして、そこに人目がある限り、十碧くんは『フェアリー・プリンス』を演じ続ける。勉強中もしかり。

(……)

「家に帰ったほうが集中できるんじゃない? 駄目なの? つい鏡に見とれちゃうとか?」

「――放っとけ」

 すっごい小声で囁かれた。

 ……否定しないのか……。

「ところで、君も今日は遅かったんだね。やっぱり勉強? 図書館の自習室では見かけなかったけど……」

「あ、うん。今日は校舎の自習室にいたから」

 この学校には二種類の自習室がある。図書館のほうは広く、資料が充実しているが、人が多いのでちょっと落ち着かない。校舎のほうは一〜二人用の個室タイプで集中しやすいが、部屋数は少ないので競争率が高い。

(……あと、これを試し聴きしてたから)

 心の中で付け加え、私はオルゴールの入った紙袋をちらっと見た。

「……ん?」

 私の視線を追い、十碧くんも紙袋を見た。そして、なぜか彼は呆れ顔になる。

「篠沢さん……ますますお弁当がパワーアップしてるね」

「えええっ!? 違うよ!」

 誤解である。私はごそごそと中身を取り出した。

「ほら、これ!」

「あれ、食べなかったの?」

「本物じゃないよ!」

 十碧くんも騙されたらしい。このオルゴール、見た目はイチゴのショートケーキそのものである。

「――ああ、ほんとだ。木で出来てる」

 ケーキの断面部分を観察し、彼は呟いた。

「これ……置き物?」

「オルゴールだよ」

「へえ。面白いね」

 十碧くんは小首を傾げた。

「でも、どうしてこんなものを学校に持ってきたの?」

「私が持ち込んだわけじゃないよ。貰ったの」

「プレゼント? ファンの人から? 紫関先輩?」

「違うよ!」

 なぜ決めつける?

「君なら、本物のケーキのほうが喜んだろうにね」

「いや、コレだって十分嬉しいよ!?」

 というか、貰ったんだよ、本物も。

「ふうん……。けど、君が贈り物を受け取るなんて珍しい気がするな。今日は何か特別な日なの?」

「うん。誕生日だから」

 私はオルゴールを紙袋へ戻した。

 十碧くんはちょっと驚いたように目を瞠り、それからふわりと微笑んだ。

「そうだったんだ。おめでとう」

「ありがとう」

 私も微笑み返した。

「――あっ、笑った!」

「可愛い〜っ」

「天使の笑顔〜」

 ――ピクッ。

 次の瞬間、ほんのわずかに、十碧くんの眉が痙攣した。

(ヒッ)

 自称フェアリーはさっきから微笑んでいるので、今になって「あっ、笑った!」と言われるはずがない。ということは、あれは『この子』への賛辞だ。

 『フェアリー・プリンス』様を差し置いて。これはマズイ。

「え、えーと、じゃあ、私は行くから……」

「――篠沢さん」

 儚げな微笑みをキープしたまま、十碧くんはさりげなく、また小首を傾げた。

「良かったら、一緒に帰らない?」

 ふわふわの淡茶色の髪が、澄んだ瞳が、キラッと光る。絵のようなその姿は、夕陽によく映えた。

 きゃ〜、と女子の皆さんが声を漏らす。

(うわあ)

 対抗するなよ、十碧くん。

(負けず嫌いだからなあ、この人)

「い、いや、せっかくだけど……」

「――駄目?」

 途端、彼は寂しげに、ちょっぴり目を伏せた。

(う)

 たちまち、女子の皆さんの空気が変わる。

「えっ、断った!?」

「篠沢さん、断ったよ!」

「えー、まさか!」

 非難とまではいかないが――驚かれてはいるようだ。皆さんにとって、十碧くんのお誘いを断るなどという『無礼』はあり得ないことらしい。

(……でも、そのうち『驚愕』から『非難』へ移行するかも……)

 私は慌てた。

「だ、駄目とか嫌とかじゃなくて! 私、今日はスーパーに寄るから!」

 今日『は』というか、今日『も』というか。日々の食料を確保するため、私はスーパーに寄って帰ることが多い。

「そう。ならスーパーの後、家まで送ってあげるね」

「え」

「じゃあ行こうか、篠沢さん」

 十碧くんは再び、儚げな微笑みを浮かべた。

 きゃ〜、とまた空気が変わる。

「来海くん、優しい〜」

「いいな〜、篠沢さん」

(……)

 『一緒に帰る』とは言ってない。

 とはいえ、この空気に逆らう度胸はない。

「う、うん。ありがとう、来海くん」

 私はその場の流れに従った。



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