二位
翌日、昼休み。私はランチトートを提げ、学園敷地内の雑木林へ向かった。
今日はよく晴れている。
(さて、どこで食べようかな……)
と――視界の隅で、何かがキラッと光った。
(……)
私は思わず立ち止まった。
(……十碧くんだな……)
見なくても分かる。
一瞬、気がつかなかったふりをしようかとも思ったが、自称フェアリーは勘が鋭い。鏡もある。私の存在はすでに悟られた可能性が高い。
(無視したら怒るよね……)
というわけで、私はそちらへ足を向けた。
木立の先にベンチがある。予想通り、そこへ『フェアリー・プリンス』様がうるわしく腰掛けていた。
「――よう、エル」
これも予想通り、すでに私の接近を察知していたらしい。絶妙のタイミングで、ふわふわの淡茶色の髪がキラッと光った。
「お前もここで弁当か」
「……」
緑の木陰。木洩れ陽を浴びる美少年。これまた予想通り。――が。
向けられた笑顔が素のものだったので、私はきょとんとした。
「と、十碧くん……今日は機嫌いいね?」
「ん、そうか? ――座れよ、まだ喰ってないんだろ」
「……」
珍しい。いったいどうした。何があった。
(――ハッ!?)
不審に思って観察し、私は気がついた。
この人、校内新聞を持っている!
ということは。
(来たか、毎月恒例の!)
「どうした?」
「いえ、別に」
私は十碧くんの隣に座り、お弁当を広げた。
今日は中華風だ。大盛りの五目チャーハンに海老チリ、鶏とカシューナッツの炒め物、三種類のシューマイ、春雨サラダなど。デザートは杏仁クリームとマンゴーのタルトレット。これも何となく、中華風な気がしないでもない。
「……お前……相変わらずだな。何人前だ、それ」
「い、いいじゃない、別に」
十碧くんのほうも相変わらずだった。
キャベツの千切りにプチトマトが二つ――これだけ。ドレッシングすらない。
「――ところで、エル。最新号は見たか?」
「……」
来た。
校内新聞を片手に、自称フェアリーは微笑んでいる。
「み、見てない……けど、十碧くんはもちろん一位だよねっ?」
「当然」
彼は偉そうにふんぞり返った。
「今回も月間人気投票連続首位記録更新! 得票数も単独首位復帰! 記事のサイズだって一番だ!」
「……よ、良かったね……」
本性モードだというのに、自称フェアリーはファンサービスのようにキラキラと光っていた。こんなに嬉しそうな彼を見るのは初めてかもしれない。
(……ここまで打ち込めるものがあったら、幸せなんだろうな……)
来海十碧。フェアリーな自分に全てを捧げる男。方向性がおかしいとは思うが、何かに夢中になっている人間というのは輝いて見えるものだ。
……まあ、この人の場合は比喩でも何でもなく輝いているが。
「ちなみに――お前は二位に転落だ。残念だったな? ……ふふふ……」
「……」
嬉しそうだ。
「ま、この時期は仕方ねえよ。誕生月で岬美理の票が伸びたんだ。ご祝儀投票ってやつだな」
「……はあ」
どうでもいいんですけど。
(十碧くんは……もし二位に転落したら大騒ぎしそうだなあ)
で、遠藤さんに八つ当たりしそうだ。目に浮かぶ。
「……」
――どしっ!
突如、チョップが飛んできた。
「痛っ!」
しまった、油断した。
「えええっ、いきなり何!?」
「いや……何でもないんだけどね?」
キラキラと光ったまま、十碧くんはふっと儚げに微笑んだ。
「君、今何かとても失礼なことを考えなかったかな、篠沢さん?」
「ななな、何のことでしょうっ!?」
なぜバレた。なんという鋭い勘だ、十碧くん!
――あるいは。
(私って……顔に思考が出やすい?)
知らなかった。自分ではよく分からない。
「ふん。まあ、ショックなのは分かるけどな」
十碧くんは勝手に、妙な方向へ納得した。
(……)
私は、別にショックは受けていない。悔しがってもいないし、ましてや十碧くんを妬んでもいない。
……この件に関しては分かり合えそうもないな……。
「……そういえば、男子の人気投票って十碧くんしか知らないよ。二位は誰?」
「紫関零だ」
「……」
「……」
「三位は?」
「スルーしたい気持ちはよく分かる。でもな、これが現実だ」
十碧くんは校内新聞に目を落とした。
「紫関財閥の後継者候補で、モデル。金持ちと芸能人に弱い女子には大人気だ。あんな性格にも関わらず」
「……」
「――いや、お前の知ってるアレじゃないぞ? 冷たいって意味だからな?」
「十碧くん、私の心が読めるの!?」
「そんなスキルはねえ! 分かりやすいんだよお前は!」
「ええっ!?」
そうか……やっぱり顔に出てたのか……。
(き、気をつけよう……)
「――そういやお前、昨日は入り待ちされてたらしいな」
「入り待ち!?」
いや、入り待ちというわけでは――。
……。
入り待ちか……。言われてみれば。
「けど、今日はもう心配ないぞ」
「え?」
「さっき、紫関零が帰るのを見た。仕事らしい」
「あ、そうなんだ」
仕事――。
謎のモデル、ゼロ=グロムウェル。紫関先輩のもう一つの顔。最近では、雨に濡れたCMが色っぽいと評判だ。
(ん? でもアレ……何のCMだっけ?)
今ふと気づいたが、何を宣伝していたのか記憶にない。他の人の声を思い返してみても、注目されていたのは紫関先輩ばかりで、商品のほうは話題に上っていなかった。
(……)
CMの意味はあるのか?
「……先輩がプロフィール不詳なのって、やっぱり大財閥の人だから? 身の安全の確保のためとか?」
「それもあるが、あの性格だからな……まともなトークが出来るとは思えねえ」
「……そうだね……」
「いや、だからお前の知ってるアレじゃないって」
そう言われても、私はあの状態しか知らない。
「でもどっちみち、芸能人なら一生懸命愛想振りまかなきゃいけないんじゃないの? よくやっていけてるね、紫関先輩」
「そりゃあ、紫関財閥だからな」
「……」
金とコネか……。
芸能界は、政財界と繋がりが深いと聞くし。
(――ん?)
「えっ、それって……財閥の後ろ楯があるからあんなに売れてるってこと?」
いや、もちろんあの美貌と色気のおかげもあるんだろうけど。
「でも、紫関先輩はミーハーなファンが嫌いなんだよね? なのにどうして、お家の力まで使ってモデルやってるの? 騒がれるのが大好きなわけでも見られるのが快感なわけでもないのに――」
「誰のこと言ってやがるお前ぇぇっ!」
――どしっ!
チョップが炸裂した。
「俺か? 俺のことだな? 俺は視線快楽主義者じゃねえ! 前にもそう言っただろうがぁっ!」
「はいぃっ、そうでしたぁっ!」
――しまった。せっかく機嫌が良かったのに。
十碧くんは結局、いつもの形相に戻っていた。




