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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
20/341

登校

 体育祭の翌日の振替休日を挟んだ、火曜日の朝。

 マンションを出ると、高級そうな黒い車が停まっていた。

(……?)

 その車には見覚えがあるような気がした。

(あれは、確か……)

 記憶を探り、ハッと思い出した瞬間、黒い車のドアが開いた。中から運転手が降りてくる。

(……やっぱり)

 案の定、それは遠藤さんだった。彼は私のそばへやってきて、礼儀正しく微笑んだ。

「おはようございます、篠沢様」

「お、おはようございます……。どうしたんですか、遠藤さん。こんなところに」

「十碧様が、今日は篠沢様と一緒に登校するとおっしゃいまして」

 ……は?

「何でですか」

「気が向いたから、だそうです」

「……」

 気まぐれか。

「そういうわけですので、どうでしょう? よろしければ、今日は学校までお送りさせていただけませんか?」

「……はあ」

 ちょっと迷ったが、私は承諾した。断れば後が怖いし、遠藤さんも来海くんに叱られるだろう。

 私は来海家の車に向かった。遠藤さんがドアを開けてくれる。後部座席に乗り込んだ。

 ――途端、中にいた来海くんにジロッと睨まれた。

「おはよう……篠沢」

「……」

 私は怯んだ。

「お、おはよう……」

「……」

 乗らなきゃ良かったかもしれない。

 来海くんは機嫌が悪そうだった。

(――ハッ!?)

 ふいに、私は気がついた。

 この人、校内新聞を持っている!

(しまった……)

 そういえば、もう六月だ。体育祭に気を取られてすっかり忘れていたが――。

 思わず硬直していると、来海くんが口を開いた。

「おとといは体育祭に紛れて忘れてたが……」

 君もか?

「コレ! 五月の月間人気投票!」

(げっ)

 やっぱり。

 私は焦った。

「えっ、ごめん! 私、ひょっとしてまた勝っちゃった!?」

「勝ってねえぇっ!」

 ――どしっ!

 さっそくチョップを喰らった。

「お前が勝ったことなんざ一度もねえんだよ! 人気投票は男女別だ! 前にも教えてやったろうがぁぁっ!」

「はいぃっ、そうでしたぁっ!」

 運転席で、遠藤さんがクスクス笑う。車はいつの間にかスタートしていた。

「見ろ! 俺もお前も一位だ」

 来海くんは新聞を突きつけてきた。記事には新しい写真が載っている。

「よ、良かったね」

「良かねえよ! 記事のサイズも得票数も引き分けじゃねえか!」

「ええっ!?」

 ――本当だ。記事については、今回は報道部の注目度が偏らなかったということだろう。

 しかし、後者は異常事態だ。いくら『篠沢恵瑠夢』とはいえ、恐れ多くもこの『フェアリー・プリンス』様と得票数がぴったり同じとは。

「来海くん……ひょっとして、人気落ちちゃった?」

「んなわけあるかぁぁっ!」

 ――どしっ!

 二発目のチョップを喰らった。

「原因は俺じゃない! お前だ! お前の票が伸びてんだ!」

「失礼しました!」

 思わず謝った。――が。

「……え、どういうこと?」

「――人気が落ちたのは俺じゃない。岬美理だ」

 と、来海くんは校内新聞に目をやった。

「これまで、ミス冷泉院といえばあいつが不動の一位だったんだ。そして岬美理相手なら俺は楽勝だった」

「……」

 ミリちゃんもライバルなのか?

「しかし最近、岬美理のファンがお前に寝返りつつある」

「寝返っ……?」

「おかげで票が流れて、お前だけが躍進してんだよ! 分かったか、この卑怯者がぁぁっ!」

「えええっ!?」

 なんという言われようだ。

 ていうか、投票傾向なんか分析するのは君ぐらいでしょうよ、来海くん。

「そのせいでとうとう同点だ! この俺が! ……同点っ……!」

「い、いいじゃない、一位は一位だし」

「るせぇ! 同時優勝なんざ優勝のうちに入らねえんだよ! お前、よくも俺様の得票数連続単独首位記録を妨害しやがったな!」

「妨害!? 私、何もしてないよ!」

 だから、人気投票にそんなに固執するのは君ぐらいだってば、来海くん。

 得票数だの単独首位だの記事の大きさだの、そこまで悔しがるほどのことか?

「おかげで昨夜は悔しくて眠れなかった……肌荒れしたらお前のせいだぞ!」

「肌荒れ!?」

 ――そこまで悔しがるほどのことだったらしい。

 この人……毎晩パックとかしてるんだろうか。

「ちっ……目の下に隈が出来ないか、気が気じゃなかったぜ」

(――うぉっ!?)

 突如、来海くんはゴージャスな手鏡を取り出した。私はのけぞった。

「な、何それ?」

 その手鏡は、それはもうゴージャスだった。ゴテゴテと薔薇や蝶の金細工が付いていて、ビカビカ光っていて、もしやマリー・アントワネットの持ち物かと見まがうほどゴージャスだった。

「これか? 去年の誕生日に姉貴がくれた」

「……」

 そりゃあ、冗談でくれたんじゃなかろうか。普通に使うなよ、来海くん。

「い……いつも持ち歩いてるの?」

「いや。これはこの車に常備してある」

 備品!?

「持ち歩いてるのはこっちだ」

 と、来海くんは鞄からコンパクトミラーを取り出した。

 黒くて、手のひらに収まるほど小さな目立たないやつ。

(そ、そうだよね)

 男子がこんなものを持ち歩いているのはちょっと違和感があるけど、まあ、来海くんだから。そこは納得できる。

「あと、これとこれと……」

 へっ?

 鞄から、ポケットから、お弁当袋から、来海くんは次々に似たようなミラーを取り出した。

(ええ〜っ?)

 手品!?

「何でこんなにいっぱい持ってるの!?」

「ふん。お前、俺がどうやって発光してると思ってたんだ」

「――え」

 ま、まさか……。

「鏡で光を反射させてたの!?」

「よく考えろ。姿勢と角度だけでいつでもどこでも都合よくキラキラ光れるわけないだろうが」

「いや、実はずっと変だな〜とは思ってたけど!」

 凄い、この人! 役者だ!

「あと、人影を察知するのにも使ってる。ファンまでの距離、その位置、人数――それによって、俺様の最も美しく見える角度が決まるからな!」

「ええ――っ!?」

 そこまでするか!?

「全然気づかなかったよ!」

「当たり前だ! 人知れず夢を与えるのがフェアリーだ!」

「そうなの!?」

 凄い、この人! 本気だ!

「――よし」

 女王様のような手鏡で念入りにチェックし、来海くんは満足げに呟いた。

「今日も完璧。なあ、遠藤?」

「はい。十碧様は非の打ち所のない美少年でいらっしゃいます。まさにフェアリーです」

 遠藤さんは平然と言ってのけた。

(……慣れてる……)

 私は思わず尋ねた。

「あの、遠藤さん。本心は?」

「どうでもいいのですが、褒めないと叩かれ――」

 ――どしどしっ!

 遠藤さんが答え終わる前に、来海くんの連続チョップが炸裂した。

 ほんとだ、叩かれた。私まで。

「遠藤。今、何つった?」

「どうでもいいのです、私の言葉など。所詮、十碧様のお美しさを表現し尽くすことは不可能なのですから」

「よし」

 『よし』じゃない! 痛かったよ!

「遠藤さん……大変ですね」

 いつもこんなやり取りを繰り広げているのだろうか、この主従は。

「いえいえ、篠沢様こそ。お察し致します」

「……うっ……」

 全くだ。



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