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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
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19/341

体育祭(リレー)

「篠沢さ〜ん」

「篠沢〜っ」

 スタート位置にスタンバイしただけで、声援が飛んでくる。我がクラスメイトはおろか、敵である同学年の他クラスまでもが手を振ってくれている。

(……凄い、『この子』)

 私自身の力じゃない。でも、こんな熱気の中心に自分がいると思うと、小さな身震いを感じた。

「エ……エルちゃ〜んっ」

 ――ん?

 聞き覚えのある声がした。見れば、他の生徒に埋没しそうになりつつ、ナノちゃんが応援してくれている。

「……」

 嬉しくて、私は彼女に笑顔を向けた。

 途端、ナノちゃんの周囲の生徒がどよめいた。

「ああっ、篠沢恵瑠夢が俺に天使の微笑みをっ!」

「馬鹿、今のは俺に笑いかけたんだ!」

「可愛い〜。超可愛い〜」

「……」

 他の人に押され、呑まれ、彼女の姿は見えなくなってしまった。

(……ごめん、ナノちゃん)

 余計なことをしたかもしれない。

 気を取り直し、私はリレーに集中した。

 幸い、ミリちゃんとは同時には走らない。待機の列から見ていたところ、彼女はリレー中も般若と化すことが判明した。

 ――クラスメイトが走ってくる。四位だ。私は彼女からバトンを受け取り、加速した。

 おおぉおおおっ!!

 グラウンドが沸く。

「篠沢、頑張れ〜」

「篠沢さ〜ん」

 みんなが応援してくれている。私はスピードを上げた。

 一人抜き、二人抜き、三人抜き……あっという間に一位へ躍り出る。どよめきが走り、歓声が起こった。

「ええ――っ!? 速っ!」

「すっげぇぇっ!」

「篠沢〜っ」

(……凄い、『この子』)

 と、再び思う。

 風を切って走る感覚。こんなものを味わえる日が来ようとは。

(……でも)

 私自身の力じゃない。

 私にこの感覚を与えてくれた男は、あの観衆の中にいるだろうか。

 いや――人間になんか混ざらないで、空でも飛んでいるかもしれない。文字通り、高みの見物だ。

「篠沢さ〜ん」

「いっけぇぇっ」

 ゴールが迫る。二位以下はかなり後方だ。

 生まれて初めて、私は白いテープを切った。


「……お疲れ」

 移動する途中、涼和くんのそばを通りかかった。彼は待機の最後尾に並んでいる。もうすぐ出番だ。

「良かったな……一位」

「うん、ありがとう。――あ、涼和くんもアンカーなんだ?」

 私もそうだが、彼も青いタスキを掛けていた。青は、我々の学年の色だ。

「頑張ってね」

「……ああ」

 私は自分のクラスの待機列に向かう。ミリちゃんはすでに観客席へ戻っていた。

 パァン、とピストルが鳴る。高等部一年の男子戦が始まった。

 我がクラスの選手を目で追っていると、観衆の中に偶然、ミリちゃんの姿を発見した。――良かった、笑顔で応援している。しかし、そんな彼女の背後では、リューくんが何やらこそこそと動き回っていた。再び般若が降臨する時も近い。

(……ナノちゃんは?)

 どこへ紛れたやら、彼女の姿は見当たらなかった。が、アンカーが出揃う頃になると、例の呪文『イマキューレー!』が聞こえた。

「リュウゥゥゥッ!!」

 ……直後、ミリちゃんの声も聞こえた。

 ドドドドド!!

 見れば、彼女は応援を放り出し、リューくんの後を追っていく。周囲の観衆はちらっとそれを見て、絶妙のタイミングでザザッと左右に分かれ、二人が通り過ぎると再びザザッと戻った。そのあまりにスマートな動きに、私は驚愕した。

(な、慣れてる!?)

 そういえば、私が来海くんのバレーを見物した時も、妙にいいリズムで人波が割れた。

 もしやこの学園の人々は、ミリちゃんとリューくんのおかげで集団移動の極意が染み込んでいるのか?

 だとしたら凄い。卒業後、多分なんの役にも立たないだろうけど。

 パァンパァン、とピストルが二発鳴った。

(あ)

 ゴールの合図だ。

 なんと、ミリちゃんたちに気を取られ、アンカーの走りを見逃してしまった。慌てて確認すると、残念ながら、我がクラスの男子は負けてしまったようだ。

 一位の旗に並ぶのは涼和くんのクラスだった。彼はクラスメイトとともに、普通に喋って笑っていた。


 結局、我がクラスは女子バスケと女子リレーで優勝し、男子リレーが学年三位という成績だった。

 総合入賞はならなかったものの、バスケとリレーで勝てたのは『篠沢恵瑠夢』のおかげだと、クラスメイトは絶賛してくれた。

 生まれて初めて――私は、体育祭を楽しいと思った。



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