体育祭(リレー)
「篠沢さ〜ん」
「篠沢〜っ」
スタート位置にスタンバイしただけで、声援が飛んでくる。我がクラスメイトはおろか、敵である同学年の他クラスまでもが手を振ってくれている。
(……凄い、『この子』)
私自身の力じゃない。でも、こんな熱気の中心に自分がいると思うと、小さな身震いを感じた。
「エ……エルちゃ〜んっ」
――ん?
聞き覚えのある声がした。見れば、他の生徒に埋没しそうになりつつ、ナノちゃんが応援してくれている。
「……」
嬉しくて、私は彼女に笑顔を向けた。
途端、ナノちゃんの周囲の生徒がどよめいた。
「ああっ、篠沢恵瑠夢が俺に天使の微笑みをっ!」
「馬鹿、今のは俺に笑いかけたんだ!」
「可愛い〜。超可愛い〜」
「……」
他の人に押され、呑まれ、彼女の姿は見えなくなってしまった。
(……ごめん、ナノちゃん)
余計なことをしたかもしれない。
気を取り直し、私はリレーに集中した。
幸い、ミリちゃんとは同時には走らない。待機の列から見ていたところ、彼女はリレー中も般若と化すことが判明した。
――クラスメイトが走ってくる。四位だ。私は彼女からバトンを受け取り、加速した。
おおぉおおおっ!!
グラウンドが沸く。
「篠沢、頑張れ〜」
「篠沢さ〜ん」
みんなが応援してくれている。私はスピードを上げた。
一人抜き、二人抜き、三人抜き……あっという間に一位へ躍り出る。どよめきが走り、歓声が起こった。
「ええ――っ!? 速っ!」
「すっげぇぇっ!」
「篠沢〜っ」
(……凄い、『この子』)
と、再び思う。
風を切って走る感覚。こんなものを味わえる日が来ようとは。
(……でも)
私自身の力じゃない。
私にこの感覚を与えてくれた男は、あの観衆の中にいるだろうか。
いや――人間になんか混ざらないで、空でも飛んでいるかもしれない。文字通り、高みの見物だ。
「篠沢さ〜ん」
「いっけぇぇっ」
ゴールが迫る。二位以下はかなり後方だ。
生まれて初めて、私は白いテープを切った。
「……お疲れ」
移動する途中、涼和くんのそばを通りかかった。彼は待機の最後尾に並んでいる。もうすぐ出番だ。
「良かったな……一位」
「うん、ありがとう。――あ、涼和くんもアンカーなんだ?」
私もそうだが、彼も青いタスキを掛けていた。青は、我々の学年の色だ。
「頑張ってね」
「……ああ」
私は自分のクラスの待機列に向かう。ミリちゃんはすでに観客席へ戻っていた。
パァン、とピストルが鳴る。高等部一年の男子戦が始まった。
我がクラスの選手を目で追っていると、観衆の中に偶然、ミリちゃんの姿を発見した。――良かった、笑顔で応援している。しかし、そんな彼女の背後では、リューくんが何やらこそこそと動き回っていた。再び般若が降臨する時も近い。
(……ナノちゃんは?)
どこへ紛れたやら、彼女の姿は見当たらなかった。が、アンカーが出揃う頃になると、例の呪文『イマキューレー!』が聞こえた。
「リュウゥゥゥッ!!」
……直後、ミリちゃんの声も聞こえた。
ドドドドド!!
見れば、彼女は応援を放り出し、リューくんの後を追っていく。周囲の観衆はちらっとそれを見て、絶妙のタイミングでザザッと左右に分かれ、二人が通り過ぎると再びザザッと戻った。そのあまりにスマートな動きに、私は驚愕した。
(な、慣れてる!?)
そういえば、私が来海くんのバレーを見物した時も、妙にいいリズムで人波が割れた。
もしやこの学園の人々は、ミリちゃんとリューくんのおかげで集団移動の極意が染み込んでいるのか?
だとしたら凄い。卒業後、多分なんの役にも立たないだろうけど。
パァンパァン、とピストルが二発鳴った。
(あ)
ゴールの合図だ。
なんと、ミリちゃんたちに気を取られ、アンカーの走りを見逃してしまった。慌てて確認すると、残念ながら、我がクラスの男子は負けてしまったようだ。
一位の旗に並ぶのは涼和くんのクラスだった。彼はクラスメイトとともに、普通に喋って笑っていた。
結局、我がクラスは女子バスケと女子リレーで優勝し、男子リレーが学年三位という成績だった。
総合入賞はならなかったものの、バスケとリレーで勝てたのは『篠沢恵瑠夢』のおかげだと、クラスメイトは絶賛してくれた。
生まれて初めて――私は、体育祭を楽しいと思った。




