まだらのヒモ
GWが近づいてきた。クマは「世界一周にでも連れて行ってやろうか?」と、例によって気軽に言い放った。
いくら何でも無茶だろう、それは。
とはいえ、どこかに連れて行ってくれるというなら、遠出するのも悪くない。どこがいいだろう――。
などと、憧れの外国の風景を思い浮かべながら歩いていると。
突如、私の目の前に妙なものがプラ〜ンと垂れ下がってきた。
「……」
私は立ち止まった。
それは、黒と黄色のまだら模様のヒモだった。
ここは階段の途中。こんなものが存在する場所ではない。不審に思ってヒモの出どころを見上げると、そこには見覚えのある男子がいた。
「エ〜ルちゃんっ。会えて嬉しいよ。今日も可愛いねっ」
ちょっとクセのある黒茶色の髪、アイドルみたいに陽気な笑顔。――リューくんだ。
「リューくん……何してるの?」
「ふふっ、知りたい? じゃ、ちょっとこっちおいで〜」
「……」
人懐っこく手招きしてくる。彼は上の階段の手すりの向こうにいたので、私は残りの段を登りきり、踊り場を曲がった。
まだらのヒモは、手すりの裏側まで続いていた。何ヵ所かいびつに折り曲げられ、テープで留められている。
「これ、何?」
「もうすぐミリ姉が来るからね。そしたら分かるよ」
「ミリちゃん?」
「あ、来た来たっ。ほら、隠れてっ」
「えっ」
私は手すりの裏側へ引きずり込まれた。
こっそり覗くと、ちょうどミリちゃんが階段を登ってくるところだった。そしてさっきの私とほぼ同じ位置で、同じようにまだらのヒモに気づいた。
「?」
なんと、ミリちゃんは一瞬のためらいもなく、クイッとヒモを引いた。
(えっ、普通もっと警戒しない!?)
途端、ヒモを留めていたテープが連鎖して、不規則にプチプチッと外れた。
「ぎゃあぁあああっ!?」
ミリちゃんは目をむいて飛びのいた。
何やら特殊なねじり方をしていたらしく、ヒモはミリちゃんの手をすっぽ抜け、彼女の頭上へピョ〜ンと飛び上がった。
「ひょえぇえええっ!?」
ミリちゃんはもう一歩飛びのいた。
ヒモはまるでヘビのようにクネクネッと奇怪な踊りを見せ、ミリちゃんの目の前を通過して落下した。
階段の上に落ちてみると、それはヒモではなく、渦巻き状に切られたまだら模様の紙だった。
「……」
足元に落ちたそれを、ミリちゃんは呆然と見つめた。
「――あっははははは!」
リューくんが爆笑する。
ミリちゃんはハッとこちらを見上げ――次の瞬間、その美しい顔に般若を降臨させた。
「リュウゥゥゥッ!!」
「エルちゃん、ソレあげるね〜」
「えっ!?」
リューくんはパッと駆け出した。すかさず、ミリちゃんが追いかける。
「くぉらぁぁ〜〜っ! 待たんかぁぁ〜〜っ!!」
ドドドドド!!
二人は嵐のように去っていった。
「……」
後には、私と渦巻き状の紙が残された。紙は、ねじれたり折られたりでクシャクシャだ。
私はそれを拾い上げ、左右にクイッと引いてみた。ビョ〜ンとよく伸びる。ところどころに残ったテープがピョコピョコ揺れた。
よく見れば、渦巻きの両端はヘビの頭部と尻尾の形に切ってある。
「……恵瑠夢……?」
「えっ!」
名前を呼ばれ、私は我に返った。
気がつくと、涼和くんが階段のそばを通りかかっていた。彼は不思議そうにこちらを見ている。
「お前、何してるんだ……?」
「……」
階段の途中という中途半端な場所で、謎のまだらの物体をビョ〜ンと引っ張る『美少女』――彼の目に、私はどう映っただろう? 私なら不審人物だと判断する。
「な、何でもないよ」
私は、そそくさとまだらの紙をポケットに突っ込んだ。
涼和くんは、私のポケットからはみ出たその紙をなおも不思議そうに見ていたが、深くは追及してこなかった。
「……今日は、来るか?」
代わりに、彼は短く尋ねてきた。
(……)
まだ昼休みが始まったばかりだ。バスケを見にくるか、と聞かれている。
「うん。行こうかな」
女子相手には無口な人だが、言いたいことは何となく伝わってきた。『篠沢恵瑠夢』は察しもいいらしい。
「……そうか」
涼和くんはかすかに笑った。
(……あの子にも、せめてこの程度の愛想は見せてあげればいいのに)
余計なお世話だが、ついそんなことを思ってしまう。
毎回必ず、彼を応援して「イマキューレー!」と叫ぶ女の子。しかし涼和くんは彼女にそっけない。いや、彼女だけでなく、女子全員にそっけない。
話しかけられても、「ああ」とか「別に」とか短く返すだけ。
まして、自分から女子に話しかけることはほとんどない。
(……あれ。でもさっき、『この子』には声を掛けたよね)
涼和くんと一緒に体育館へ向かいながら、私はふいに気がついた。
そういえば一応、『この子』とは会話も成立している。なぜだ。『絶世の美少女』の特権か?
――あるいは。
(コレが、よっぽど怪しげだった……?)
ポケットの中で、リューくん特製『まだらのヒモ』がカサッと音を立てた。