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第八話 コワモテのメイドたちと、ふかし芋のバター

「アメリアお嬢様。こちらが城のメイド長、フリーデです」


朝食を終えたアメリアの前に現れたのは、背筋がピンとのびた女性だった。シルバーブロンドの髪をきっちりまとめ、黒いドレスを寸分の乱れもなく着こなしている。

年の頃は執事のアルフレッドより5歳くらい下だろうか。


「フリーデと申します」


アメリアに向けられたのは完璧なお辞儀だったけれど、その声音にはどこかよそよそしさがある。


ーーあら、これはなかなか。


「よろしくね。フリーデ。こちらのことは何もわからないから、アルフレッドともども、いろいろ教えてほしいわ」

「……恐縮でございます」


恐縮している顔ではない。

その後ろには若いメイドがふたり並んでいた。

栗色の髪の、小柄でそばかすのある少女。

もうひとりは黒髪をきちんとシニョンにした、やや勝ち気そうな少女だ。


「ノーマです」

「……ジーンです」


こちらはもう少し露骨だった。


ーー“どうせ王都の追放令嬢なんでしょ”って顔ね。


アメリアは心の中で苦笑する。


するとフリーデが淡々と告げた。


「お嬢様のお世話には、基本的に王都より連れてこられた侍女殿を中心にお使いくださいませ」

「このナタリーを?」

「はい。北の者では至らぬ点も多いかと」


ナタリーがむっと眉を寄せる。


「そんな‥‥辺境伯夫人ともなるお方の侍女がたったひとりなんて」


そこに、ノーマとジーンがちらりとナタリーを見やる。


「ナタリーさまは大変優秀な侍女だとうかがっておりますので。ね、ノーマ?」

「さようでございます。私どもではかえってお邪魔なくらいかと」


黒髪のジーンがうながせば、得たり、とノーマが返す。

そこには微妙な敵意があった。


ーーふむ、“王都組”と“北組”ってわけね。


「そう」

アメリアはにっこり笑った。


「でも、せっかくならこちらのメイドたちにもお世話になりたいわ」


フリーデの表情はぴくりとも動かない。


「さようでございますか」


ーーハードル高っ。



「お嬢様、このままお部屋へ戻られますか?」とナタリーが聞くと、

「ううん」


アメリアはダイニングの扉越しにのぞく廊下の先を見た。


「ちょっと探検したい」

「……はい?」



無骨で堅牢な城の内部はたいそう広く、メインの廊下の両脇には重厚な扉がずらりと並んでいる。


「お嬢様、アルフレッド様に案内を頼まなくてよろしいのですか?」

「いいの。どうせ、通りいっぺんのところしか見せてくれないでしょうから」


そう言うと、アメリアは廊下をずんずんと歩いていく。


「だいたいお城なんてのは基本の造りは一緒だから……ダイニングルームをでて、このあたりが厨房でしょ」


とあたりをつけた扉をノックしてひらけば、まさにビンゴ。


「お嬢様!」


びっくりするエルマン料理長は粉まみれでパンの仕込み中だ。


「朝食になにか不備でもございましたか……?」


心配そうにコックコートで手を拭くエルマンにアメリアは微笑みかける。


「とんでもない! 今朝の焼き立てマフィンは最高だったわ。塩バターをつけて3つも食べちゃったわよ」

「それは……ありがとうございます!」

「ふーん、ここが厨房で、貯蔵庫は地下、なのね。ジャムやワイン、保存食はそこに?」

「はい。こちらの冬では地下に入れておけば傷むこともありませんので」

「なるほど……それは便利だけど、なんでもかんでもそこで保存というのは問題ね。とくにワインは……」

「あの……お嬢様」

「なあに?」

「昨日、おっしゃっていたジャムの味つけやワインのことなのですが……」

「ああ、来ていきなりでしゃばったことを言ってしまってごめんなさいね」

「いえ……いえ! ちっとも! 実は私もずっと気になっていて……あの、私は生まれも育ちも北部なのですが、若い頃に一度だけ王都を旅行したことがありまして。そのときの初めていただく美味しいものたちに本当に感激したんです。それでシェフの道を志したようなものでして……」

「まあ! そうだったのね、エルマン! これは心強い味方、出現だわ!」

「は、はあ、味方といいますと……」

「あの、頭のカターい辺境伯さまに、おいしいごはんがどれだけ幸せなことか、わかっていただかないと! それにはエルマンの手助けが必要なのよ」

「は、はあ……私にできることがありましたら、ですが」

「ありもあり、大ありよ! ねえ、ところでさっきから何ともいえない、いい匂いがするんだけど、これって……」


アメリアは厨房のなかで、ひくひくと鼻を利かせる。


「あ、これはですね……」


エルマンが説明しかけたとき、厨房のドアが勢いよく開いた。


「料理長! さっき頼んだやつ、そろそろできる頃じゃない?」


ウキウキと飛び込んできたのは、そばかすのメイド、ノーマだった。

だが、アメリアの姿を見て、きゅっと体をこわばらせる。


「あ……失礼いたしました、お嬢様……」

「ふふっ」

「あ、あの……」


厨房にどんどん漂ってくる、ほんのりと甘さのあるホクホクした香り。


「……ふかし芋、でしょ」


アメリアがいたずらっぽく笑う。


「お、お嬢様! 決して城内の食料を勝手に使ったわけではないのです!」

「そうです! 私の実家がたくさんのじゃがいもを送ってくれたので、それをエルマンに頼んで……」

「ふかしてもらったのね? ああ、いい匂いだわあ」


料理長とメイドは思わず顔を見合わせる。

北部ではじゃがいもは貴重な穀類だが、農民や平民の主食になることが多い。

貴族の食卓においては、マッシュやソテーにしてつけあわせにすることがほとんどだ。

ごちそうとは程遠い。


「ねえ、ノーマ。私にもひとつご馳走してくれないかしら」



「はふはふ……うーん、やっぱりおいもはふかし立てがいちばんね! あつっ」

「お嬢様、お気をつけて……」


調理場の暖炉の灰にうずめてふかしたアツアツのじゃがいもにパラリと塩をふりかけ、アメリアはほくほくとほおばる。


「あら、ノーマもエルマンもなにぼーっとしてるの。ふかし芋は冷めないうちにいただかなくちゃ」


厨房の簡素な木のテーブルと椅子に座り、じゃがいもの皮を指で剥きながらほおばるアメリアは本当に公爵家の公女なのだろうか……エルマンもノーマもただじっと見るばかりだ。


「いつも、ふかし芋は塩で?」

「は、はい」


キラリ、とアメリアの目が光る。


「エルマン、朝食でいただいた塩バターをもらえる?」


バターの壺が出てくると、まだ手をつけていないふかし立てのじゃがいもに皮ごと十文字の切れ目を入れて、そこにたっぷりとカットしたバターをおしこむ。


「な、なんと……」


じゃがいもにバターをつけることはあっても、こんなふうに挟むのは知らない。


「はちみつ、もあったわよね?」

「はい、そちらの棚に……」


アメリアはいそいそとはちみつをすくい、さきほど塩バターを挟み込んだじゃがいもの上にとろりとかけていく。


「さあ、召し上がれ。悪魔のおやつよ、ふふっ」


さきほどから固まり気味だったエルマンとノーマは、バターとはちみつのかかったアツアツのじゃがいもに恐る恐るかぶりついた。


「!!! これは!」

「お、おいしい……!」

「いもの熱で溶けたバターの塩気にはちみつの甘さが混じって、なんともいえない甘じょっぱさだ……」

「料理長、いくらでも食べられそうです、私」

「お嬢様、私の分もつくってください〜!」

ナタリーも懇願する。


「じゃがいもは、こういうのもおすすめ」


調理前の生のじゃがいもをめざとく見つけたアメリアは、ひとつを手に取って薄くスライスする。


「お嬢様、そんなこと……」

「いいの、いいの、あなたは油を温めておいて、エルマン」


数分後、今でいうところの「ポテトチップス」がこんがりと揚がっていた。


「これは塩コショウで、シンプルにね」

「お嬢様、これはまたいくらでも食べられそうな……」

「お酒のあてにもいいはずよ」

「おっしゃるとおりで!」


はた、とアメリアはノーマのほうにい振り向いた。


「このじゃがいも、ノーマの実家からと言ってたわね」

「は、はい、さようで」

「おいしいわ。甘さと水分のバランスがいいのねえ。ほかにもいろいろなお料理やお菓子ができそうよ」

「で、ですが、じゃがいもなどは私たち平民の……」

「おいしいものに身分なんてある?」


アメリアはうれしそうに、薄切りのポテトをつまんで、口に放り込んだ。



「ずいぶんと、その、想像とは違う公女さまだったな、ノーマ」

「……」


アメリアとナタリーが出て行った厨房に残されたエルマンとノーマは、食器を片付けはじめた。


「メイド長はずいぶんと厳しいことを言っていたが……」

「そりゃ……王都で問題を起こして王子様から婚約破棄された追放令嬢なんでしょう。我が辺境伯さまなら、どんな美女でもよりどりみどりなのに、よりによって……」

「でも、俺はけっこう好きだけどな、あの公女さま。生のブラド貝もペロリだったぞ」

「うげ、あんな苦い貝……」

「毎日の料理が楽しみになってきたな」

「……単純なんだから」


とはいえ、ふかしたてのじゃがいもを口いっぱいにほおばるアメリアの姿を思い出し、ノーマは、ほんのりと胸が温まるのを実感していた。



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