早期希望退職制度
2024年5月
既に1年前にはマスクの着用が"任意"となりコロナ禍も収束気味になっている。
それでも、働き方改革の一環か変なところで『ホワイト企業』であるので、おかげさまで会社には必ずしも行く必要はなく会社には社有車を使う時やリアルミーティング、顧客情報端末を触る時の最小限しか行かなくても済む。
だから、相変わらず出社時には以前の定時であった9:15直前に出勤する河内さんと一緒のエレベーターに乗り廊下で話しながら出社することは、そんなことあったっけと思えるほど遠い過去の出来事と既になっていた。
僕にとってはもうこの会社にいることはカラーフィルムを忘れて白黒フィルムに全てを映したかのように単調で灰色の日々になっていた。
そんな『新しい日常』の中、妙な噂が流れていた。
勤務先の東証プライム上場の「テラ・コミニケーションズ」なのだが株が急騰している、外資が買収するとの思惑で。
そして、その噂とは別に以前より潜航していた噂の『早期希望退職制度』がついに公表された。
中身は2024年9月30日時点で45歳以上の社員全員を対象に退職加算金を支払い且つ再就職専門のコンサルティング会社と組んで希望退職者には新たな会社への再就職を支援すると。
社内規定上では60歳定年であるが、今時の流れで65歳までの再雇用制度(シニアパートナー制度)はあるがシニアになると給料は三割ダウンとなる。
とは言え、シニアで働いている人は大半がたいした仕事もせずに一日中ボーっとパソコンと睨めっこしてるだけ。
希望退職制度の説明会があったが、スケジュール的には8月上旬が申込期限で9月末退社となっている。
かなり慌ただしいスケジュールだが、後任は基本的に補充しない。
要は抜けた人が出れば部署内でなんとかやりくりしろってこと。
これまでのぬるま湯が何故か一気にブラック企業化してしまった。
僕はこの年の9月末時点で59歳になっているから、もともと残り一年ほどで定年になる。
と言うことは、来年定年を迎えたらシニアになるのでボーっとのんびり出来るなら残ろかなって思っていたけどとてもそんな雰囲気ではなくなった。
もともと、支社内で一番仕事量が多い部署であり且つ45歳以上も多い。1~2名抜けて補充がないならとてもでないけれど無理がある。
流石にもう潮時かなって感じた。
そして、もう一つメリットを感じた。それは、会社の冷凍庫を見るとどうしても過去の自分の行為を思い出してしまう。結構これは思っていた以上に棘の様に刺さり、見る度に自己嫌悪に襲われる。
辞めればもう会社に行った時に、あの冷凍冷蔵庫を見なくても済む。
会社で冷蔵庫を見る時の気持ちは居たたまれない、長瀬のように罵倒される方がよっぽど良かった。それは潜在意識の中に僕が存在していたってことだから。
どうでも良い存在だって思い知らされることのほうがよっぽど虚しいものだということに今更気が付いた。
逆だったらどうなったんだろう・・・
長瀬と河内さんが。
高校の時なら河内さんと出会っても受験だから横に置いていただろう。
そして、あの無関心さだから丁度よかった。僕と由紀が仲良くなっても無関心で、モリクミのことを好きになっても無関心なまま。もしかしたら、丹羽と長瀬みたいにホントに純粋な仲良しになれたのかも。
そして、長瀬と同僚だったなら・・・
一緒に食事に行く約束したりお昼ご飯を作る仲になったなら・・・
どうなっていたんだろう。
一緒に食事に行った時に史恵や郁子ちゃんみたいに「この人と離れたくないなぁ」ってなっていた気がする。
実際に長瀬は学校祭の時のそう思ったし、河内さんも本当は社内の給湯室前で話していた時に「このまま、もう少し話していたいな」って思った人なんだけど。
良くも悪くもいろいろ言われたけど、長瀬って自分の気持ちを素直に言える人だったからあのような言葉が出たんだろうなって今なら分かる。
いつもケンカばかりしていたくるみと同じタイプだったんだろうなって。
だからきっと、長瀬とはバッドエンドにはならなかった気がする。お互いに無関心ではないのだから。
そして、高校の頃ではそこまで自分の気持ちを持って行くことが出来なかった。出会いのタイミングさえ間違ってなければきっと仲良しで一生過ごせたかもしれなかったのにね。30歳を超えてから出会いたかった。
長瀬と会えなくなって40年経ってようやくあの時の本来すべきだったことの答えが分かった気がした。
しかし、残念ながら答え合わせをすることはもう出来ない。




