封印した記憶
その発言の主は意外というか順当と言うか・・・
長瀬だった。
その場に居たのは長瀬と畑佐さん(通称ハタさん)と増田さんだった。
そう、3か月ほど前にまさにこの場所にいたメンバーだった。
あの時は長瀬たちと僕が偶然ここでばったり会い、長瀬が「なんで髪を切ったの」と聞いてきて、ハタさんと増田さんに向かって「ふーん、ねぇ、まぁまぁ格好いいじゃん・・・ね?」って言っていた。
あの時は僕もハタさんも増田さんも無言で固まったけれど、今回も僕に気付いたハタさんと増田さんも無言のままその場を去った。
もちろん、長瀬も一緒に。
何事もなかったかのように三人は無言で立ち去った。
ここで無言で去られたら、さっきはまるで僕のことだと言っているも同然なのに。
今回は独りで下足箱前で固まった。
と言うか、膝を下足箱つけて身体を支えないとバランスを崩してへたり込みそうだった。
『今のって・・・、確かに長瀬は【あんな奴、チーちゃんにやったわ】って言ってたよな』
心の中で何度も長瀬の言葉が反響する。
『あんな奴・・・って、オレなの・・・かな』
『チーちゃんはどう考えても田中千里のことだよな・・・ギャグで丹羽達が俺とチーちゃんが仲良くなったって言ってるけど・・・あれってギャグなんだよね?・・・ホントに噂になってるのかいな・・・まさか・・・でも、確かに田中千里と血の気軍団って仲悪くなってるし、今はチーちゃんと喋っているのって俺ぐらいだもんな・・・』
『あんな奴って・・・どういう意味なんだろう・・・』
『ドラネコが勝手に由紀とのことを進めようとして【殺すぞ】とは思ったけれど、村瀬に鞍替えした由紀のことを【あんな奴】とは思わなかったなぁ・・・
もともと学校祭が終われば終わる関係だと思っていたから醒めてたのかな。
【やったわ】って・・・もう関わりたくないって意味だよな・・・』
どう考えても『あんな奴』とか『やったわ』にプラス要素はない。
『やっぱり、あの学校祭の時は僕と長瀬はホントに仲良かったんじゃないのかな。でも・・・やっぱりどう考えても・・・今は嫌われている・・・なんでだろう・・・教室で話し掛けても身を固くして拒絶しているかのようだったから諦めてようやく慣れてきたのに・・・』
もし、今追いかけて話し掛けても長瀬は拒絶するだろう、ハタさんや増田さんに聞いても口を濁すだろう。せめて、ハジやミスターには言えば良かったかもしれない。でも、もうお互い受験体制に入っているし邪魔したくない。それに、あんな奴=僕とは確かに限らない。
あの時はなぜかこのことは自分の中で思い出さないように封印してしまった。
もう、とにかくあの頃はいい加減に受験に専念したかっただけだった。
せめて、『悪意のない嘘』でも言って胡麻化して欲しかった。それならば、さっきのは聞き間違いだったかとなるのに。
そもそも「悪意のない嘘」を咄嗟に言えた僕がとんでもない悪人なんだろうか。
かつてドラネコは僕が歩いているのを見て勝手に「由紀ちゃん~、先輩が告白に来たよ」と騒ぎ、逃げて行った由紀を捕まえて僕の前に連行してきた。その気がない由紀を見て、やはりその気がなかった僕は咄嗟に縁を切るため仕方なくわざと振られることにした。
これなら確かに【あんな奴】だな。
そして、このことを思い出したのは実に40年ほど経った今だった。
この事はすぐに自分の心の中に封印してしまい、高校時代は思い出さないようにしていた。




