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生殺し

あの時はなにが正しかったのだろうか。

執拗に車で追いかけられた時に助手席に入り込んで


「じゃぁ、最後だからどこかにドライブでも行こうか」


そう言って、豊科の夜景の綺麗なところにでも行って、


「今まで、ありがとう。もう明日には帰るけど最後になにか思い出でも作ろうよ」


とでも言えば彼女は機嫌よく家に帰れて僕のことを良い思い出として心の中に留めてくれたのだろうか。

まるで、ちょうどこの頃公開された「マディソン郡の橋」の主人公フランチェスカに彼女は自分自身を投影して。


それか、もっと攻め込んでそんな気はないのに


「もっと早く誘ってくれたら良かったのに」と言ってそっと手と手を重ね、頬か額に軽くキスして


「もう帰ろうか。そう言えばこの前、貼り紙したよね。そういう悪いことする人にはお仕置きだよ」とでも言えば良かったのか。

もう亭主への気持ちがすっかり冷めて残りの人生50年以上をまるで監獄のように感じていた女性の心にスイッチだけ入れさせて、充分に昂(タカブ)った心と身体をピークにしたままの生殺し状態で亭主が待つ家に帰すことを僕の『貼り紙への復讐』として。


まぁ、実際にはあの瞬間はそこまで思い付かなかった。

なんで、こんなに面倒臭いことになってしまったのだろう。

普段はこちらはベルトレーンの中で寿司を握っており、彼女はホールで皿を数えたり片付けしたり、お客さんを案内したり、レジを打つだけ。

だから接点などないので、彼女がどんな思いで働いていたなんて分かるはずがない。


それが、いつの間にか話しが炎上して尾ひれが付き、本部からは「女癖が悪い婿さん」のレッテルが張られ、それがこちらの社内や社長・副社長であるニョーボの父親・母親に逆流していく。

それなら、貼り紙の告白のあとに彼女の要望を全て聞いておけば、あのパートさんも感情を表に晒すことがなかったので万事上手くいったのかと強烈に思い知らされた。

大火傷するぐらいなら、自分を殺して相手に合わせたほうが早くて無難だなって。

それは男だから出来ることで女性ではかえって危ないから出来ないだろうけど、教訓として明らかな拒否は逆ギレを招くことはトラウマ的に心に刻まれた。


それにしても、世の中の主婦って怖いな。きっと、バレてないだけで仮面を被って家で過ごしている主婦って多いのだろうなって。身体の浮気までいかなくて心の浮気はしている人は多いのだろう。ある意味では、その方が罪深い。心は別にある訳だから。


そして・・・

あの河内さんのこちらへの接し方って逆に凄いなって思った。

この人って今までどんな風に男性と接してきたんだろう。人間って急に性格は変わらないから同じようなことをしてるんじゃないかなって思って。今まで痛い目にあったことないのだろうか。それとも、他の人にはちゃんとしているけど、僕にだけこの対応なんだろうか。それなら、どうでもよい人となんで一緒に食事に行こうと思ったんだろう。


豊科であのパートさんにこんな態度で接したらどうなったんだろう。

例えば周りから乗せられてあの人に「今度、お昼に手料理でお弁当でも作ってよ」と言って向こうから「いいよ、何が食べたいの」って聞かれてずっとこちらが無視したなら。それも同じ職場で。


暫く放置してから、こちらが勝手に「ほかの人にも作ってね」と言ったらどう思うんだろう。気持ちを踏みにじられた思いにならないだろうか。そして、実際に他の男にその話を進めていったなら。


最終的に作って貰ったとして、当時はメールはないから電話か直接の会話で

「ありがとう、ご馳走様でした」

【どういたしまして、良かったら次も作っていいよ】

ここで返事をせずに会話を終わらせたら、あの人はどう思っただろう。


気持ちに気が付かなかっただけであの貼り紙だから、こんな風だったら想像も出来ないぐらい怒らせて炎上した気がする。


河内さんには怒るとか腹が立つ訳ではなく逆に気になってしまう。10年ほど前に見たホワイトデーのメールで『この人と仲が良い男が羨ましいな』と思ったけど、今はむしろ『この人とプライベートで仲が良い男を見てみたい』って。そして、その人にはどんな態度で接していてどれぐらい続くのか。


幸い涼葉は戻ってきた、そのおかげで気持ちにゆとりが出てきたし客観的に見れる。


ここまで来たら100%無理と思うまでなんか試したくなった。

ちょっとした好奇心と心のどこかにあれだけ綱渡りでもあの日に会えたのだからちゃんとしたらちゃんと出来るんじゃないかなって気持ちが7%ぐらいあった。

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