最後に伝えたかったこと
オートロックでないので、そのまま入り1階にある郵便受けを見る。
鍵もなにも掛っていないその郵便受けには数通のDMやチラシが入っている。
不在と思われる部屋の郵便受けはチラシであふれている。
郵便物の転送もなっていないということはまだ沙良こと里江は引っ越していないかもしれない。
少しホッとした。
しばらく躊躇したがやはり里江の部屋に向かった。
もちろん里江以外の人の気配を感じたらすぐに去るつもりである。その時は光回線とかのセールにきたことにすれば良い。
エレベーターで里江の部屋がある6階まで上がる。緊張で心臓はドキドキしている。
少しずつ近づく、キッチンの窓には泥棒除けだろうか格子がはめ込んである。そして少しだが窓が開いているのを確認した。
恐る恐る中を覗いてみる。
冷静に振り返れば、ここまで来るともはやストーカーだけど、あの時は確認せずには居られなかった。
わずかな隙間から覗いた光景は・・・
思わず愕然とした。
膝が微かに震えているのが分かる。
何も見えない。人の気配も感じられない。無意識に、もう少し窓を開けてみた。
もともと里江の部屋は生活臭がない。でもキッチンには冷蔵庫と不燃物と可燃物に分けた段ボールのごみ箱があったはずである。
それが見当たらない。
そして唯一の同居人である猫のペットフードもない。
思い切って窓を全開にする。視界に入る限り何も見えない。
洗濯機も何も。ただ何故かクーラーだけが残っている。
クーラーを除いて里江と一緒に過ごした部屋には何もなく、南側の窓が少し空いているのか名古屋高速を走る車の「ヒュン」という音が時々聞こえてくるだけである。
窓を再び閉めたのち呆然と立ち尽くしてしまった。
大好きだった里江がいなくなってしまった。
それも連絡がないまま。
もう二度と僕のケータイには「心の旅」の着信音が鳴ることはない。
なぜだか手放したくないという気持ちが初めてデートした時から離れなかった。
この頃はまだLineはなかったものの、そのひと昔前と違いケータイメールやSMSなどで連絡を取り合うことはずいぶん簡単になった。
パリで思ったことは別に完全に離別する必要などなにもないのではないかと。
里江だって彼とケンカばかりしていると言っていた。スペアとは言えないまでも、他に心の拠り所の人がいても良いのではと。
少なくとも6月の時点ではお互い必要だったならば尚更では。
例え、遠く離れてただのメル友でもいい。ずっとなんらかの繋がりは保っていきたい。
でも、それがうまく言えなくていつの間にか疎遠になっていた。
里江に最後に言いたかったことは・・・
『世界中のどの男よりも里江のことを愛せるから。そしてそばにいるのがオレでなくてもいいから幸せになってね。
でも、もし人生や愛にはぐれたらいつでも連絡してくださいね』
せめて、それだけは伝えたかっただけだった。
でも、もうそれを伝える術はない、後から分かったのだが、まさかと思ったけれど11月下旬に里江は携帯までも解約していた。
この仕事を始める前から5年ほど使っている携帯を。
わざわざ携帯を解約しなければならないほどの事態になっていたのだろうか。




