猫が見たもの
『彼』の写真が元の位置に戻っていた。
以前、片づけてそれからはもう飾られていなかったのに。
いっそ、沙良から「彼と仲直りしたんだ・・・」と言ってくれれば良いのだが、何も言わない。
写真を出すことで察してくれと言う事なんだろうか?
それとも、気が付かないフリをしていた方が良いのだろうか?
どうしようかと躊躇していたが、沙良はいつものように、そして何事もなかったかのようにじゃれてくる。
「あの・・・シャワー浴びてくるね」
そう言って沙良はシャワーを浴びに行った。
沙良がシャワーに行き、少し時間を持て余していたら猫が尻尾を立てながらこちらに体を擦り付けてくる。
もう、すっかり猫は慣れているようだ。
目の前に沙良のケータイが置いてあることに気が付いた。
最初にこの部屋に来たときは沙良から彼と別れた証拠としてケータイを見せてくれた。
思わず手を伸ばしてしまう。
最初に目に飛び込んできたのは『彼』ではない普通のお客さんっぽい人からのメールだった。
知ってはいけないことと言うか知るのが、そしてこれ以上見るのが怖くなって一通しか見なかった。
でも、うっすらと彼の写真が復活したこととメールで「なにが起きた」のか見えてきた気がした。
シャワーから出てきた沙良とはいつものように睦みあう。
『彼』の写真の前で。
これってなにか新しいプレイなんだろうか、今でいう寝取りもどきの。
暫くして沙良が
「猫が・・・じっとこちらを見てた・・・」
そう恥ずかしそうに囁いた。
“そうなんだ、沙良の飼い猫は全てを知っているんだろうな”
この時ほど猫と会話が出来たらなと思ったことはない。
SFの世界ならば猫の目に監視カメラを同期させてフィードバックすることが出来るだろうけど、現実には自分の無力さと器量の小ささが自分の心を責めてくる。
「ねえ、どんな人がタイプなの?」
沙羅は唐突に尋ねてきた。
「う~ん、めざましテレビに出ている皆藤愛子かなぁ」
この頃、東海テレビの朝の番組で「お天気お姉さん」をしていた皆藤愛子の名前を出すと沙良はつけっ放しになっているパソコンでyou tubeから皆藤愛子の動画を検索した。
「へぇ~、美人だね・・・」
画面を見て沙良は呟いた。僕にはどちらかと言うと美人というより沙良と同じく「可愛い」タイプと感じていたけど。
そして、二人でyou tubeを見ながらとりとめのない話となってしまった。
本当はキチンと話をしないことが一杯あったのにどうしても踏み込めなかった。
こうして一緒にいてくれるだけで良いやという気持ちとはっきりさせたい気持ちの狭間で心が揺れ動いていく。
そうこうしているうちに21時が過ぎ帰ることした。
でも、少なくても以前のように沙良は離れることを寂しがっている様子が感じられなくなっている。
僕は少し一緒にいて寂しかった。
なんとなく、もう今日が潮時なのかなぁって気がしてくる。
最初は一緒にいてくれるだけで良いやと思っていたから贅沢なことを言える身分ではない。
そういう意味ではもう充分すぎる待遇なのだから。
ケンカもしたことないし、今もこうして僕の左側にいてくれるのだが、でもまるで頂点を味わったかのような時を過ごしてきたから、このような良く言えば倦怠期のカップル、悪く言えば言いたいことも言えず世間体を気にしてかろうじて踏み留まっている仮面夫婦のような状態は居心地が悪く、距離感も感じるようになっている。
でも、決断出来ない自分がもどかしい。
最後になって気持ちが落ち込んでその日は玄関口で
「じゃぁ、今日はここで良いよ」
と沙良に告げた。
「え、送って行くよ」
「いいよ、もう遅いし危ないし・・・」
「大丈夫」
結局、変に断るのもおかしいかと思いいつものように黄金駅まで送ってもらうことにした。




