表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

6-1-終業式


 雑念を払うため勉強に打ち込んだおかげか、皐樹は期末テストで全科目が平均点以上という好成績を収めた。


 梅雨明けとほぼ同時に迎えた一学期最終日。中高合同の終業式が講堂で執り行われた後、大掃除の時間に入った。


「皐樹、ゴミ出しか」


 ゴミ捨て当番で外へ向かっていた皐樹は、途中、桐矢にバッタリ会った。階段を上っていたはずの上級生は、下級生が両手に提げていたゴミ袋の一つを奪うと、共に階段を下りていった。


「一人で持っていける」

「早く戻ったら、背が高いからって窓拭きさせられる。面倒くさい」

「教師を志す人間にあるまじき発言だぞ」


 七年前の事件について皐樹は胸に仕舞い込んでいた。


 関わった者達の心を刺激しないように。桐矢の背で眠りにつく傷痕が目覚めないように。


 二見の話題は特に出ていない。もしかしたら、すでに当事者同士で話し合ったのかもしれない。何故、五年前に自分を襲おうとした二見と水無瀬は会っていたのか。納得のいく理由や事情を桐矢が知って、疑問点は解消され、気にする必要がなくなった……。


(そうだといいんだが)


 長袖を腕捲りした桐矢と並んで生徒用玄関から外へ、キャンパスの片隅に設置されているゴミステーションまでゴミを運んだ。蝉の声が騒々しい。真っ青な空では一筋の飛行機雲が消えかけていた。


「どこに行くんだ、桐矢?」


 校舎へ戻り、階段を上ろうとしたら、いきなり桐矢に強めに肩を抱かれた。そのまま掃除中の玄関ホールを突っ切って、角を曲がり、突き当たりにある非常口の前まで連れて行かれた。


 屈んだ桐矢にキスされて皐樹は瞠目した。


「ッ……駄目だ、すぐそこに人が――……」


 嫌がる唇を傲慢な唇は逃がさなかった。的確に捕らえ、離さず、優しく虐げた。


 皐樹はつい声を洩らしてしまう。近くで複数の人の気配がする中、桐矢にいいように口づけられて腰の辺りをゾクゾクさせた。


「ッ」


 制服の下で粟立つ腰をなぞられた。ゆっくりとした手つきに切れ長な目は堪えきれない涙に満ちる。もう限界だ。皐樹がそう危ぶんでいたら、桐矢はいともあっさりとキスを終わらせた。


「小腹が空いてたんだ。ごちそうさま」


 両目を潤ませたオメガは飄々としているアルファに非難の眼差しを投げつけた。


「俺は非常食じゃない。大体、人に見られたらどうするんだ」

「見られて何か困ることでもあるか?」


 閉口した皐樹に藪から棒に「今、携帯持ってるか」と、桐矢は尋ねてきた。


「……携帯はバッグの中だ」


 返事を聞くなり彼は自分の携帯の番号を復唱する。


「暗記しろ。後でかけてこい。今夜の内に電話が来なかったら、明日、家に押しかけてカオルの前でキスしてやる」


 毎度ながら一方的な物言いに腹が立ち、桐矢の胸倉を両手で掴んだ。


「珍しい。お前からキスしてくれるのか」


 ついていけない。皐樹は勢いよく顔を背け、その場を後にした。


「かけてこいよ、皐樹」


 置き去りにした桐矢の顔も見ずに「もう忘れた」と呟き、階段を上って一年生のフロアへ。


「皐樹、連絡先教えてくれる?」


 自分の教室前で、片手にモップ、片手に携帯を携えた刀志朗に出迎えられた。


「夏休み中、連絡とれるようにしておきたいんだ」


 メールアプリをインストールしていない皐樹は、待ち構えていた同級生に携帯の電話番号を伝えた。


「今、かけてもいい? 後で僕の番号も登録しておいてくれる?」 

「わかった」

「あれ……皐樹、顔が赤いね。ゴミ捨てで日焼けしちゃったのかな」


 皐樹は押し黙った。ほんの短い間に刻みつけられた微熱の余韻に唇が疼く。日に日に狩人に捕らわれていく我が身に失望した。





 マンションに帰宅して部屋着に着替える前に皐樹の携帯が振動した。


「皐樹か?」

「水無瀬さん……?」


 番号を教えた覚えはない。どうして知っているのか、何の用で電話をかけてきたのか。皐樹が疑問を抱くよりも先に、水無瀬は前置きもなしに本題に入った。


「今から会えないか。お前にだけ話したいことがある」


 一人きりのリビングで戸惑う皐樹に畳みかけるように彼は言葉を続けた。


「同じオメガとして聞いてほしい」


 動揺の色を隠せずにいた切れ長な目が俄かに見張られる。


「わかりました」


 心身を抱き竦めようとする緊張感を捻じ伏せ、返事をすれば、水無瀬は待ち合わせ場所を指定して通話を切った。熱気がこもるリビングでしばし棒立ちになっていた皐樹は、額の汗を拭い、制服姿のまま外へ出ようとした。


 玄関前で、ふと立ち止まる。


 真っ暗な携帯画面を一分近く凝視した後、張り詰める指先で記憶していた番号を打ち込み、電話をかけた。


「皐樹か」


 呼び出し音が途切れ、鼓膜を一撫でした彼の声に皐樹の胸は波打った。


「……うん、俺だよ、桐矢」

「かけてこなかったら、今日の夜、お前の家に押しかける予定だった」

「期限は今夜までじゃなかったのか?」

「辛抱弱いのが俺の短所だ。連絡交換が成立した暁に今からデートにでも行くか?」


 皐樹は素直に頬を紅潮させた。


「……今から水無瀬さんと会うんだ」


 正直に伝えれば「廻と? どうしてだ。何の用で会う?」と、桐矢は即座に聞き返してきた。


「……よくわからない」

「理由もわからないで会うのか」

「どうして俺の番号を知っていたのかも……今日、刀志朗には教えたけど」

「俺も行く」


 迷いなく同行を申し出てきた桐矢に皐樹の胸は苦しいくらいに捩れる。待ち合わせ場所を尋ねられ、うっかり答えそうになった。


(……同じオメガとして……)


 皐樹は口を噤んだ。


「皐樹、廻とはどこで会うんだ?」


 自分の軽率な行いを悔やんだオメガは、いつの間にか恋しくなっていた声に返事を振り絞る。


「一人で行ってくる。桐矢は来なくていい。もう切る、ごめん」


 皐樹は通話を切った。電話はすぐにかかってきた。もちろん桐矢からだ。画面に表示された、まだ登録していない番号を切れ長な目は消えるまで見つめていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ