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6-2


 待ち合わせに指定された場所は繁華街の一角にある小さな広場だった。街路樹が頭上高くに枝葉を広げ、日陰になった植え込み前には携帯を覗き込む人々がちらほらいた。


「来てくれたんだな、皐樹」


 広場を見渡す前に背後から腕を掴まれる。振り返れば水無瀬が立っていた。ミリタリージャケットを羽織った黒ずくめの彼は、冷えた指を皐樹の肌に過剰に食い込ませてきた。


「行こう」


 汗一つかいていない様に呆気にとられながらも、歩き出した水無瀬の後を皐樹はついていった。


「番号は刀志朗に聞いた。今日、教えてもらったと喜んでいたから、俺も登録しておくことにした。勝手な真似をして不快な思いをさせてすまない」


 爪痕が残る程に掴まれた腕が痛み、皐樹は胸の内にずっとある(わだかま)りを痛感した。ふとした拍子にクイーン・オメガから放たれる敵意。最初は稀有な存在なりの気迫かと思ったが、どうも違う。


(俺はやっぱり水無瀬さんが怖い)


 だから、つい、桐矢に電話した。クイーンへの拒絶反応を紛らわせたかった。彼の声を聞いて安心したかった。


(怖がりな子どもみたいだ、この人は同じオメガの俺に話があるだけなのに)


「今、どこに向かっているんですか?」


 皐樹が尋ねれば水無瀬は肩越しに鋭利な視線を突きつけてきた。


「七年前の話は聞いたか、皐樹」


 斜め前を行く彼は即、正面へ向き直る。


「男が死んだ話だ。舜は命懸けで俺を守ってくれた。強くて頼もしい舜は俺の誇りだ」


 かけがえのない幼馴染みに思いを馳せ、喧騒に包まれた交差点を水無瀬は突き進む。


「あの男は謝っていたよ」


 黙って付き従っていた皐樹は眉根を寄せた。


「あの男って……」

「俺の目の前で首を掻っ切って死んだ男だ」


 凜からはナイフで自殺したとだけ聞かされていた。てっきり手首を……と思い込んでいた皐樹は、我知らず自分の首筋に手をあてがった。


「舜が部屋にやってきて、ブザーを鳴らして俺を連れ出そうとしたから、気が動転して背中を切りつけた。君の友達を傷つけるつもりはなかった。そんなことを言っていた」


 お喋りに夢中になっていたはずの同年代のグループが、水無瀬をさっと避けていく。他の通行人も然りだった。誰もがクイーンに無意識の内に屈し、道を空けていた。


「あの男は喜んで俺の命令に従った」

「え?」

「今すぐ死んで消えろ」

「……」


 見えない鎖に繋がれたかのように手足が重たくなって皐樹は眩暈を覚える。


「警察にもしていない話だ。刀志朗も凛も、誰も知らない」


 自分はその場にいなかった、共有していないはずの過去の場面が皐樹の頭の中で再生される。顔にノイズが走るスーツ姿の男。背中が赤く染まった小学生の桐矢。守られている水無瀬。招かれざる客に死を言いつけた、幼いクイーン・オメガ……。


「誰にもしていない話をどうして俺にするんですか?」


 待ち合わせ場所から五分程歩いたところで水無瀬は足を止めた。駅から近い角地に佇む六階建ての雑居ビル。地上一階と地階一階を占める、二層フロアで構成されたナイトクラブ「PURITY」の前だった。


 ビル自体は何の変哲もないグレーのタイル張りだ。一階部分だけが装飾に凝った外観をしている。夜になれば看板などのネオンが点って目立つのだろうが、日中では雑然とした印象が否めなかった。


 今日は店休日で歩道に面する出入り口は閉め切られており、桐矢に忠告されていた二見の店だとわかって皐樹は困惑する。


「水無瀬さん、どうしてここへ……」


 街灯にもたれて項垂れている姿にハッとした。水無瀬が腹部を押さえている。かつての礼拝堂での一部始終が脳裏を掠め、皐樹は周囲に助けを求めようとした。


「大丈夫かな、水無瀬君は」


 ビルの正面入り口に二見が現れた。


 通行人に声をかける寸前だった皐樹は、慌てて踵を返し、水無瀬に寄り添う彼の元へ駆け寄った。


「前にホテルで会った。吉野皐樹君だったね」


 鷹揚な態度で話す二見に水無瀬はもたれかかる。体を預ける無防備さは、五年前の件を知った皐樹の目には異様に映った。


「彼、具合が悪いみたいだ。俺の事務所で休んでいくといい。君もおいで」


 水無瀬に肩を貸した二見がビルの中へ戻っていく。携帯に数件の着信があった桐矢に知らせるべきか。ほんの数秒迷った皐樹は、連絡をとらずに二人の後を急いで追いかけた。




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