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20*

「夏休みだ―!」


 一年制の魔法学園には、夏と冬にそれぞれ一週間程度の休暇がある。その休暇に入ったばかりの今日、


「海だー!」

「海だね」


 私達は海に来ていた。

 そう、初夏のあの日の約束通り。刺すような日差し、ぽかぽかの砂浜、青い海が波打つこの場所で、雲一つない真っ青な空を見上げる。眩しい。


「終業式早々に来るか? 普通」

「まあ、スノウらしいといえば、らしいけどね」


 ディードとクラウスが困ったように話している中で、スノウは早速と言わんばかりに海に飛び込み、そんな彼女を追うように、ユリウス様も続く。

 楽しそうなその光景に、目を細めた。水飛沫がきらきらと陽の光で反射して、まるで魔法の残滓のようにも見える。


「まさか、学園の敷地内にこんな場所があるだなんて……」

「国立の学園だからね。大体のものは揃っているよ、使われてはいないけれど」

「使われてないんですね」

「普通、休暇には領地に帰るだろう? 突拍子もなく海に行く! なんて言うのはスノウくらいだ」


 言われてみれば。とはいえ、彼女の境遇を思えばそれも自然だった。スノウには帰るべき家も、家族もないのだから。この休暇の間、彼女はどうするつもりなのだろう。私達はそれぞれに家に戻らなければならない。ルクシス殿下は当然、王城に帰るだろう。連れ帰るのだろうか? ふと浮かんだ問いに、何とも言い難い気持ちが溢れる。


「リディシアが知らない施設も沢山あるよ。今度話してあげようか」

「あ、はい。よければ」


 好奇心に押され即答すれば、彼は意外そうにこちらを見た。


「ところで、リディシアは入らないの?」


 訊ねられ、戸惑いながらも首を振る。断片的に記憶が戻っているとはいえ、海を見たのが初めてか否かはわからない。ただ、どちらにしても、


「笑いませんか?」


 彼が不思議そうに頷くので、恥ずかしさで俯きながらも後を続ける。


「私は、泳げないので……」


 一瞬の沈黙。おずおずと視線を向ければ、ルクシス殿下はふっと口元を緩めた。


「ああ、そうだったんだね。大丈夫だよ、僕が教えてあげるから」


 そう言いながらも彼は、私の手を引く。


「行こう」


 眩しい。ただただそう思う。


「リディシア様だー! あれ、パーカー脱がないんですか? 水着なのに?」

「ああ、これはラッシュパーカーっていうそうで、殿下が」


 スポーツウェアの一種らしい、水に濡れても大丈夫だというそれを説明していると、スノウは頬を膨らませた。一つに纏められた桃色の髪が、動物の尻尾のようにびょこびょこと動く。清楚なワンピース型の水着も相まって、いつも以上に愛らしい。


「それじゃイベントが起きないじゃないですか~」

「イベント?」

「水着といえばはだけてポロ……ぎゃふ!」

「ごめんね、手が滑った」


 ルクシス殿下が思いっきりスノウめがけて海水をぶちまけ、しかし飄々と告げる。スノウはぷるぷると犬のように頭を振ったかと思えば、


「よくもやりやがりましたねクソ王子、ユリウス! 水鉄砲頂戴!」

「はい、どうぞ」


 どこから出したのか、ユリウス様が大きな水鉄砲を取り出し、


「面倒だな」


 と吐き捨てながら殿下が魔法で応戦する。


「この、魔法は卑怯でしょ魔法は!! 絶対負かしてやるんだからっ」


 魔法で撃っただけ反射され返ってくるのに、スノウは全く気にするそぶりもなく水鉄砲で殿下を狙い死闘……ではなく一方的な攻撃及び自爆を繰り広げていた。


「これは駄目だね。リディシア嬢、こっちにおいで」

「え、あ……はい」

「そこの仲良しこよしの二人組は放っておいて、あっちで四人で遊ぼう」


 と、ユリウス様が指し示す先では、


「お、これ美味いな」

「スノウの希望で用意したんだけどね。あれは酷い」

「ああ、あれはないわ。王太子相手にあんなことして、下手すりゃ反逆罪で逮捕だぞ」


 何故か海に入るのではなく、バーベキューをしているディードとクラウス。ディードは両手に焼いたお肉の串を持ち、もぐもぐと食べている。体格が良い彼がそうしている様は絵になるなあ、と思う。クラウスはどちらかといえば用意する方に専念しているようだった。白衣でない姿は初めて見るかもしれない。


「ディードリヒ、クラウス。俺と彼女も一緒にいいかな」

「それは全然。だけどリディシアさん連れてきて大丈夫なの?」

「別に大丈夫だと思うよ。あいつはあいつでお楽しみだし」

「お楽しみ……か?」


 ディードが怪訝そうな顔でスノウとルクシス殿下に視線を送る。いよいよ殿下も攻撃に転じたらしく、水飛沫だけでなく魔法があちらこちらで発動し、


「物騒ですね……」


 正直、二人に近寄ったら大怪我をしそうな状態だった。火属性の魔法まで使っているらしく、火の粉が舞っている。熱そう。海なのに。


「じゃあリディシアさん、これ」

「はい」


 いつもの要領で差し出された肉の串にそのままかぷりといったところ、


「え?」


 クラウスは目を丸くする。自分の行いが明らかに場にそぐわなかったことに思い当たり、慌てて頭を下げた。


「す、すみません! お行儀悪かったですよね、すみません癖で……!」

「癖?」

「癖なのか」

「ああ、なるほど」


 三者三様の反応。だけど特に責められることはなく、それどころか、


「じゃあ俺が食べさせてあげるね」


 とユリウス様がクラウスから受け取ったらしい串を向けてくる。戸惑いながらも食べさせてもらっていると、漸く落ち着いたのかバトルをしていた二人がこちらに向かってきた。


「何であたしたちを放っぽってバーベキューしてんですか、ディード、クラウス。あとついでにユリウスも」

「腹が減ったからだろ。昼飯抜きでいきなり海に入れるかよ」

「スノウの分のお肉もあるよ。ああリディシアさん、これお野菜」

「ありがとうございます」

「あたしのもお皿に盛ってよークラウスー!」

「はいはい、今盛るから。待ってってば」


 クラウスが困ったようでどこか嬉しそうにお皿に色んなものをひょいひょいと乗せていく。受け取ったスノウは目をきらきらさせながら、凄い勢いで食べ始めた。


「相変わらずスノウはよく食べるな」

「へいひほいははらひーほ(成長期だからいいの)」

「食べながら話すのはやめた方がいいよ。……あれ、ルクシス殿下は?」


 その言葉に、周囲を見渡す。確かにどこにもいない。


「ごっくん。殿下なら、用ができたからって少し席を外してます。よくわかんないですけど、まあ大丈夫ですよ。さあリディシア様! 青春しましょう! あわよくばそのパーカーを脱いでください!」

「ええっと、でも結構、これでも寒くて」

「ああ、そっちの理由ですか! なら仕方ないですよね……」


 しょんぼりするスノウが可哀想になってくるけれど、これを脱ぐことはできれば控えたい。どうしようかと思っていたところで、ディードがスノウにお肉の串を差し出す。まるで妹の世話を焼くお兄さんのようだった。


「ほい」

「あむ。うーん、美味しい! これクラウスの領地のお肉でしょ~高級なやつだ~!」

「正解。っていうか、その食べ方もしかして君達のデフォルトなの?」

「何のこと?」


 小首を傾げる彼女は、どうやらさっきの私の失態を見てはいなかったらしい。安心しつつユリウス様を見ると、それはそれは愉快そうな顔で、


「はい、あーん」


 今度はキノコの刺さった串を差し出された。


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