21*
リディシア様のパーカーをどうにか脱がせたい。だけど風邪を引かれても困る。辛い。
「そういえば、スノウは……」
「はい! 何ですか!」
みんなでご飯を食べて、少し休憩していたところ。同じパラソルの中に入ってくれたリディシア様に話しかけられる。少し詰まりながらも、
「スノウは、夏季休暇の予定は決まっているの?」
と、訊ねられる。
驚いたのは言うまでもない。彼女はどこか不安そうだった。あたしの境遇を気に病んでなのか、或いは何か思うところがあったのか。わからないけれど、
「実はー、豪華絢爛なお屋敷にお誘いいただいちゃっててー」
「お誘い?」
「そうなんです! とってもご飯が美味しいところに」
そう。誘われたのだ。主にあたしの魔法への才能目当てに。クラウスの実家に。
クラウスは貴族家系の次男だ。色々としがらみはあるにせよ、比較的自由な身。それに対して、ディードは高位貴族かつ長男なので色々大変だと愚痴もよく聞く。聞かなくても知っていたりもするのだけれども、それはいいのだ。あくまでそれは前世の知識に過ぎない。今この現実で振舞っていいものではないのだから。
「美味しいお食事……」
「はい、正直ご飯に釣られたんですよね。今日のバーベキューもそれはもう絶品でした。リディシア様も気に入りましたか?」
「え、ええ。美味しかったわ」
「あーでも、あんな風にあーんされちゃだめですよー。殿下が見たら大変ですから!」
「え? え?」
混乱する彼女のほっぺたを突っつくと、可愛らしく「ひゃっ」と鳴かれた。無理。好き。
「リディシア様、泳ぎませんか? せっかくの海ですし!」
「ええっと……」
彼女は顔を曇らせる。どうしたのだろう。本編のリディシア様はそれはそれは華麗な泳ぎを披露して「庶民にはできないでしょう?」って詰ってくれるのに。
「……そう、ね」
「?」
口元に手を寄せてもごもごしていた彼女の手を引く。潮風が気持ちいい。いつもと違ってローツインテールのリディシア様はそれはそれは綺麗で、恐らくパーカーの下に着ているだろう黒い露出度高めの水着との相性が最高なのだけれども。見れない。主に殿下のせいで。いや寒がりな彼女のことを考えると、諦めるべきだと理解してはいる。それでも!
「やっぱりどうにかして一目拝みたい……!」
あわよくばあのイベントを再現したい。あわよくば。そう思いながらも彼女と手を繋いで海に入る。
「はーきもちいいー」
「水鉄砲はもういいの?」
「へ? ああ、あれは……」
ルクシス殿下が海水をぶちまけてこなければ、そもそもあんなことはしていない。と、思ったところで疑問が浮かぶ。
「殿下、まだ帰ってきてないんですかね? お昼も食べてないですよね、一応別で置いてはいますけれど、お腹すかないのかな」
「……どこに、行ったんでしょうか」
「何か通信が入ったって言ってましたけれど、ちょっと内容まではわからないですね。王族ですし」
せっかくリディシアと楽しく遊ぶチャンスなのに、わざわざ席を外すとも思えない。つまり何かしら大事な用事だったのだとは思う。ふと陸の方を見れば、サマーベッドに寝転がったユリウスが機械端末を弄っていた。
機械端末。この魔法に特化した世界でも、科学技術は確かに相応のレベルに到達している。だけどあんなものはなかったはずだ。あいつは何を持っているんだろう。
「まあいっか。さあ、行きましょうリディシア様! 特に失われてはいない青春を取り戻しましょう!」
このとき、あたしはあらぬ誤解をしていた。リディシア様が有紗であることを失念していたのだ。いや、失念していたというか、まさかそこが前世に影響されているとは思っていなかった。
僅か数分後、かなづちのリディシア様を浮き輪も持たせず海に連れ込むという暴挙に至ったことに気づき、後悔することになる。




