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13.アニカ先生

 森の主である巨大熊、アルクトドスが退治されたという噂はすぐに村中を駆け巡ったらしい。


 農作業が終わる夕方ごろという事もあり、村の広場には大勢の人間が集まってきていた。


「見ろよ! 本当にアルクトドスだぜ!」

「はっ。うちのヒツジを何匹も()りやがって。いいザマだ!」

「でもこう見るとちょっとかわいそうねぇ……。昔は村に降りてくることなんかなかったのに……」

「ねえねえ! あのおねえちゃんが倒したってほんと?」


 荷車に積まれたアルクトドスを遠巻きに眺めながら、口々に様々な感想を言い合う村人たち。当然アニカたちも注目の的となった。


「村の猟師を呼んだぞ。すぐ来て解体してくれるそうだ。いやあ、本当によくやってくれた!」


 門番の男が親し気にセイランの肩をたたく。


「あんちゃんたち、今夜はごちそうさせてくれよ! 熊肉……はちょっと間に合わないかもしれないが、うまい飯をたらふく食ってくれ!」

「おお! それはありがたいな!」


 笑顔を見せるセイランに、門番はさらに続ける。


「村長にも伝えたからな。礼はたっぷり弾んでくれるはずだぜ」


 親指と人差し指で輪を作り、ニヤッと笑う門番。セイランは軽く首を振った。


「それもありがたいが……。礼というなら、折り入って頼みがあってな」

「お? なんだ、何でも言ってくれよ! なんだってきくぜ!」

「そうか。実はこっちの二人なんだが……。仕事を探していてな。なにか働き口を紹介してもらえないだろうか?」

「……え」


 門番は笑顔で固まった。ギギギ、と音がしそうなほどゆっくりと首を回しアニカを見る。


「あ、あはは……。アニカといいます。よろしくお願いします!」

「あ、ああ、そうか……。いやその、そうでしたか……」


 アニカの挨拶に、門番は急に言葉遣いを改めた。


「お、お仕事を探しておられると……。そうですか」

「門番さん? なんで敬語なんですか?」

「い、いえいえお気になさらず、アニカちゃ……アニカ先生」

「先生!? いやいやアニカちゃんでいいですからっ!」

「このつまらない村に、アニカ先生のようなお方にしていただくほどの仕事があるかどうか……」

「な、なんでもやります私!」


 アニカの必死の訴えに、門番は周囲の村人を見回す。


「……お、おう旦那。そういえば下働きが欲しいとか言ってなかったか?」

「ひ、ひいっ!? お、俺の家か!?」


 旦那と呼ばれた男は怯えたようにアニカを見る。


「あ、そうなんですか? 洗濯でも掃除でも農作業でもなんでもやりますよ!」

「そ、その……」


 男は言いよどんでいたが、観念したようにいきなり地面に平伏した。


「お、お許しくださいアニカ先生! 我が家はケチな農家でございますっ」

「土下座!? や、やめてください! あと私先生とかじゃないですから!」

「日に一度、一頭のお牛をお召し上がらないとお暴れ遊ばされるアニカ先生にご満足いただけるお報酬をお支払いすることなど……」

「め、召し上がらないし暴れませんからっ! だから敬語が変になるくらい怖がらないで、お願いします!」


 男は顔をあげようとしない。周囲の人間もなにやらひそひそ話をしている。


「あの子か……アルクトドスを一撃で倒したってよ……」

「……なんでも夜な夜な血を吸わないと狂暴化するらしいぞ」

「まあ! じゃああのメイドは保存食なのかしら。かわいそう……」

「ママー!怖いよう!」

「こ、こら! 声が大きいっ!」


 アニカはジトッとした目でセイランを睨んだ。


「……噂に尾ひれどころか、羽とか角とかがついてるんだけど」

「よ、よかったな。これで誰もお前を見くびろうとはすまい。う、うむ」

「こ、このっ……!」


 また飛び蹴りをしたい衝動を、アニカは必死にこらえた。ここで暴れてしまってはより危なく思われるだけである。


「な、ナディネ~。なんかすごい話になってるよぅ……。ナディネ?」


 助けを求めてナディネを見ると、彼女はなにやら独り言を言っていた。


「アニカ様。血。夜な夜な……。首筋。……唇。ぷるぷるの唇。私の首筋にっ……!」

「……ナディネ? おーい、ナディネったら!」


 アニカはナディネの目の前で手をパタパタ振ってみるが反応はない。


「アニカ様の唇のためなら私の血などガロン単位で! ああ! ああっ!」

「……アニカさん。今までよくナディネさんとやってこれましたね」

「……うん。でもそろそろ本気で貞操の危機かもしれない」


 さすがに引いた様子のヒワに同意していると、村人たちがざわつき始めた。どうやら誰かが来たようだ。


「お、おお……。本当にアルクトドスじゃないか! 良かった……! 本当に良かった……!」

「村長!」


 門番が近づいてくる男に呼びかける。どうやらこの男が村長らしい。まだ30代半ばといったところか。こぎれいな衣服に身を包み、優しそうな顔立ちは安堵に満ちている。


「この人たちです村長!」


 門番がアニカたちを紹介する。村長はアニカの前に来ると深々と頭を下げた。


「ありがとうございます旅のお方。村の長として、心よりお礼を申し上げます」

「い、いえいえ。っていうかホントは私じゃなくてセイランとヒワちゃんが……」


 アニカの小さな呟きは耳に入らなかったらしく、村長はそのまま続ける。


「もうお聞きかもしれませんが、この熊はこのところ家畜や作物を荒らしまわっていた化け物でして……」

「らしいな。熊は本来そこまで人里にこない、臆病な動物なのだが……」


 セイランの言葉に村長も頷く。


「はい。しかしまだ家畜はよいのです。万が一村の者たちが襲われるようなことがあってはと心配で心配で……! 村の猟師も腕のいい者なのですが、なにせこの図体ですから」


 確かに化け物呼ばわりされるのも当然の巨体である。


「あなたたちは村の恩人です。どうか今夜は我が家においでください。たいしたお構いもできませんが、精一杯おもてなしをさせていただきます」


 にっこりと笑って再び頭を下げる村長。言葉から村の事を真剣に考えていることが伝わってくる。


「せっかくのお誘いだ。ごちそうになろうじゃないか、アニカ」

「う、うん」

「ではこちらへ! あ、そうでした」


 村長はアニカに悪戯っぽい笑みを向ける。


「伝えに来た者から、お嬢さんは満月の光を浴びると巨大化するとお聞きしました。安心してください、我が家の庭は広いですから」

「し、しませんよっ!!!」

「ははは、いえ、気分を悪くしてしまいましたか。少々喜びからはしゃいでしまっているのです、申し訳ない」


 アニカの叫びに村長は軽く笑って謝罪する。さすがに村の長、馬鹿げた噂を鵜呑みにしないくらいの常識は持ったうえでの冗談だったようだ。


「もう……。あ、怒ってなんかないですよ村長さん。お招き、ありがとうございます」

「ふふっ。どうか我が家と思ってくつろいでくださいね」


 感謝の気持ちがあることを差し置いても、優しく立派な人物のようだ。妄想の世界から戻らせるためナディネの頬をつねりながら、アニカもまた笑みを浮かべた。


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