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第31話

廊下の掲示板に、職員がポスターを張っていく。それを見て、私はため息をついた。

職員が立ち去る頃には人だかりができており、これからの季節を先取りするかのような、暑苦しい空気が充満している。


「生徒会長選挙、ね」


私の視線に気づいたのか、生徒の何人かが振り返って、こちらを見る。ひそひそ話が始まるのに辟易しつつも、このまま彼らと衝突しに行くか、あるいはこの場を去るか……今のところ、おおよそこの2択の選び方は均等になっているくらい……かしらね。


数秒の間、時折振り返ってくる生徒たちと視線をぶつけ合いながらも、今日のところは、やめておくことにした。


「どうせ彼でしょうけれど……」


こぼれてしまった独り言は、幸い、誰の耳にも届かなかったようだ。


――――


そして、やってきたその日は、ちょうど梅雨の晴れ間だった。


全校生徒がホールに集められ、どこか浮足立った雰囲気のまま開幕したのは、生徒会長選挙の結果発表と、それに伴う生徒総会である。


「昨年は立候補者が1名だったため、無投票で会長が決定しました。しかし、みなさんもご存じの通り、本年度は複数の生徒が立候補したため、2年ぶりに投票が行われ……」


前置きに続いて、生徒会長選挙と総会のルールが改めて説明されていく。いわく、この場で当選者が発表され、会長として任命される。そこからは総会という形で、会長が役員の指名を行う。それが生徒たちによって承認されることで、生徒会のメンバーが正式決定するというわけであった。


「それでは、得票順に、候補者の名前を読み上げます。最初に呼ばれた生徒が当選、ということですね」


教員の声に、ホールの期待感が高まっていくのを感じた。すぅ、と教員が息を吸う音が、やけに大きく響く。


「1位。エドヴァルド・テュコ・リドマン君――」


そこから先は、巻き起こった拍手に紛れ、3年生、最上階の席に座る私たちにはよく聞こえなかった。ただ、張り出されたポスターを見ていれば、他にいたのは、エドヴァルドが王太子であることを差し引いても、どう考えたとて当選しそうにない泡沫候補で……まあ、ええ、「そういうこと」なのでしょうね。

けれど、王太子のエドヴァルドがついに立候補したことに、ひとかたならぬ期待を抱いていた生徒も、決して少なく――いえ、そちらのほうが多数派ね。喜色を浮かべて、彼の当選を祝っている人ばかりだ。


「ありがとうございます。この度、会長として当選いたしました、3年A組のエドヴァルド・テュコ・リドマンです」


落ち着いたその挨拶に始まり、粛々と学園長による任命、新会長としての宣誓が行われ、


「では、これから総会に移ります。まず、生徒会役員の指名をさせていただきます。僕が呼んだ生徒には起立していただきますので、承認いただける場合は、拍手をお願いします。承認を得られたら、その役員は壇上に上がり、次の生徒の指名に移ります」


「……誰にしたんでしょうねえ?」


その中で、そんな囁きが、左からかかる。

ありがたいことに、着席する席はクラス内では自由だったので、わたくしはエリンとシェスティンに挟まれて座っていた。小声で会話する私たちと同じように、あれこれと生徒が推測を話し合う……。ええ、そうなのよ、推測はできても、実際のメンバーは発表まで分からないもの。


「まあ、側近たちでしょうね。サムエル・シェルマンや、バルタサール・ヴェステルグレーンあたりが妥当だと思うわ」


「派閥のバランスを見て、他の生徒を入れる可能性もありますが……」


「そうね……それもあり得るわ。でも、そうなると、ますます予想がつかないわね」


ただ、役員候補の生徒には、事前に声がかかっていると――この階の前方に座る、髪に赤いリボンを飾った、そう、


「どちらにせよ、最初に呼ばれるのは、彼女でしょうね」


ちょうどそこで、では、とエドヴァルドが口火を切った。

既に身を乗り出しているエリンほどではないが、わたくしもつい、壇上のエドヴァルドを注視する。


「まずは副会長。3年生、マーユ・オリヴェル=シェルマン」


「はい」


ゆったりとした響きの声で、まず呼ばれたのはその名前だった。多くの生徒もこれは予想していたのでしょう、すぐに承認される。


「ありがとうございます。続いて副会長、2年生、サムエル・シェルマン」


その後も、定員6人の役員は、順調に決定していった。

居心地悪そうに壇上で佇むマーユへ視線を送りつつ、無難なところで固めたわね、と、2人に声を掛けようとしたとき、


「……では、最後に、書記補佐の指名を行います」


唐突に、それは起きた。


「1年生。ビルギッタ・フォーゲルストレームさん」


その時私は、彼が何を言っているのか、理解することができなかった。

しかし、それは多くの生徒にとっても同じだったようで、ビルギッタの返事の後には、まばらな拍手が聞こえるだけだった。

本来ならば、ここで彼女は不承認となるはずだが、エドヴァルドは一度瞑目し、決意したように息を吸う。


「彼女の指名に際し、混乱している方も多いと思います。しかし、私は、学園生活を通し、あることを成し遂げたいと、ずっと思っていました」


ずっしりと重みを増したその声に、止める者は誰もいない。むしろ、その響きに引き込まれたのか、生徒たちが、否、教職員までもが静まり返る。


「それは、リドマン家と、フォーゲルストレーム家の和解です」


――ふうん。そういうこと、ね……。


沈黙の中を自由に泳ぐかのように、その間もエドヴァルドの言葉が続く。こういうところを見るに、腐っても王族なのね、と、不快な納得感が胸を占めた。


「イェシカ様のことは、無視してたくせに……」


しかし、珍しく吐き捨てるような口調のシェスティンに、ふっと心がほどけた。


「……ありがとう」


そっと彼女の細い肩に頭を預けると、わあ、ずるい、とエリンが小声で抗議する。


「イェシカ様、次は私の方に来てくださいね」


「どうしようかしらねえ」


誰ともなく漏れた、私たちの密やかな笑い声は……いつの間にか上がった拍手に紛れて、きっと、誰にも聞こえていなかっただろう。


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