第24話
1学期が折り返しになるころには、クラス内のグループも徐々に流動しているのが見て取れた。家格や出身地が違うクラスメート同士の新たな交流が生まれる一方で、輪からはじき出された人もいる。……窓際の席で、身を縮めるようにしているシェスティン・ソランデル男爵令嬢もそのひとりだ。
彼女、もとは同郷の伯爵令嬢と行動していたのが、いつの間にか1人でいることが多くなっていた。昨夜、そんな彼女に、寮でエリンが声をかけたらしい。
放課後、よければ一緒にカフェテリアに行きませんか、と。
「それでは、本日の授業は終了です。よい週末を……と言いたいところですが、期末試験もそろそろ見据えておくように」
金曜日の5時間目は数学の時間で、生徒たちの疲れもピークである。先生が出ていくと気の抜けた声があちこちで上がる中、私はそっとエリンの肩を叩いた。
「シェスティンさんは、いらっしゃるかしらね」
「あ、ううん……どうでしょう。少し言いづらいんですけれど、その、イェシカ様が怖いみたいで」
あら、と思わず目を見開き、「わたくしもいるって言ったの?」とエリンに小声で尋ねると、はい、と神妙な顔で彼女が頷く。
「クラスで私と行動するようになれば、イェシカ様とも当然一緒にいることになりますし」
「……そうじゃなくて、わたくしの予定のこと。今日はね、マーユ様とエヴェリーナ様と勉強会――という名の集まりなのよ。ちなみに、会場はわたくしの部屋よ」
「あれ、そうでしたか。それは失礼いたしました。となると……」
私が額を抑えると、エリンがルビーのような目をぱちぱちと瞬かせる。
そんな彼女の様子に、呆れるような微笑ましいような気持ちになりつつ、んん、と軽く咳ばらいをひとつする。そして、
「残念だけれど、そういうわけだから、わたくしはカフェテリアにはご一緒できないわ。どうぞ、シェスティンさんと2人で楽しんでいらっしゃいな」
と声を張り上げてみると、シェスティンの肩が軽く跳ねた。彼女がおずおずと振り返り、儚げな水色の目が、窺うように私たちを見る。……やがて、決心したように彼女が荷物を纏め始めるのを見届け、わたくしはエリンに目配せしてから席を離れた。
――――
そして、女子寮に――侯爵家格のフロアである3階、その中でも王都周辺出身の学生に割り当てられた区画に戻る。この区画に入寮しているのは、現在のところはマーユとエヴェリーナ、そして私だけである。
「あら、2人とも、もう戻っていて?」
荷物を部屋に置き、隣のエヴェリーナの部屋をノックする。既に2人は普段着に着替えており、随分と盛り上がっている。
「ええ、お帰りなさい。それでは、さあ、お邪魔するといたしましょうか。……わたし、あなたの部屋にあるクッションが好きなのよね」
そんなうきうきした様子のマーユとエヴェリーナを部屋に招き入れ、まずはシェスティンとエリンの様子を伝えると、
「まあ、彼女が馴染めそうならよかったわ」
と、彼女はなんてことなさそうに答える。しかし、マーユの細めた目には柔らかい感情が乗っていて、エヴェリーナと私もついつい頬が緩む。しかし、思いだしたように、マーユの表情が曇った。
「わたしの方は、エドヴァルド様が同じ教室にいるだけで落ち着かないし、どうにも面倒だわ。いつも同じ文句を言っている自覚はあるのだけれど、あのね、毎日同じ空間にいるって、こんなに苦痛だったのだわと気づいてしまったんだもの。本当に、エヴェリーナがA組にいてくれてよかった……だめね、これも、毎日言っているわね」
そう言って、エドヴァルドの面影を振り払うように手を振りながら、彼女はため息をつく。
「どうせ伯父様のお人形になるのなら、婚約者はサムエルのほうがまだよかったわ」
「あら、サムエル様って、マーユとの婚約の話も出ていたのね。王太子殿下との婚約が決まる前でしょう」
「まあ、懐かしいこと。あの時は、サムエル様が随分と寂しがっていらっしゃったわね」
口に手を当てて、エヴェリーナがくすくすと笑った。
「そうね……。サムエルったら、普段はつんけんしているくせに、わたしと気安く会えなくなると知ったら、目に見えて落ち込んでしまったんだもの。まったく、1歳しか変わらないのに、手のかかる弟そのものなのよね」
少し呆れたように言いつつも、マーユの表情はどこか暖かい。少しだけ羨ましさを感じたが、わたくしにはどうしようもないことだった。
――――
「失礼いたします。イェシカさんに、フォーゲルストレーム侯爵からのお荷物が届きましたので、お持ちいたしました」
ノックと共にそんな声がかけられたのは、どれくらい経った時だろうか。
つい3人で顔を見合わせた後、私は立ち上がって扉を開ける。……受け取ったその荷物は、大きさの割に随分と軽い。厚紙でできた包みを開けると、中にはぎっしり詰まった緩衝材と、小さな箱が……。
その包装はとても丁寧で、なかなか豪華なものだが、どうにもお父様の趣味のようには思えず、首を傾げた。
「あら、閣下から?」
「ええ……確かに宛名書きはお父様の字なのだけれど、包装の趣味がちょっと、ね」
とはいえ、宛名書きがお父様の直筆である以上、ゆっくりと箱を取り出した。巻かれたリボンを解き、箱を包む紗をそっと外す。あらわになった箱の天面に書いてある文字を見て、私が言うより先に、マーユがあっと声を上げた。
「ヴィル・ヨハン・デ=メイから、まだ見ぬ姪へ。そうよ、イェシカの伯父様じゃない。会ったことがなかったの?」
「デ=メイ? オーバネット・ミーアの、ラウハ侯爵から?」
目をぱちくりさせる2人。私はゆっくりと頷く。なるほど、包装が派手だと思ったら、伯父様が送ってきたのね。
「そう、会ったことがないのよ。……あら、マーユもエヴェリーナも見て、これ」
「綺麗ね。これは……少し遅いけれど、入学祝いかしらね?」
果たして、伯父様からの贈り物は、鋭い輝きを放つ、磨き抜かれたペン先だった。金のペン先に花や鳥のモチーフが繊細にあしらわれ、目を凝らさねば見えないほど小さく「イェシカ」の文字も入っている。
「会ったことがないと聞いたけれど、でも、ラウハ侯爵閣下は、きっとイェシカのことをとても大切に思っていらっしゃるのね」
感嘆の声を漏らすエヴェリーナに、私はつい先程、マーユを少し羨ましいと思ってしまったことを反省するのだった。




