表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/36

第23話

馬車から降りると、麗らかな陽の光が降り注いでいた。

澄み渡った空を見上げて、その眩しさに目を細めながらも、つい、わたくしは胸を高鳴らせる。


……振り返って馬車の中を見れば、閉まりかけた扉から、イザベレの優しい表情が見えた。


「いってらっしゃいませ」


そんな声が聞こえた気がして、私は、改めて前を見つめる。そのまま、桜が舞い散る石畳の道に一歩を踏み出せば、軽やかな響きが生まれた。


ヒルデガルド学園。

その名を掲げてそびえる門に向かって、胸を張って背筋を伸ばし、お母様譲りの髪と、今日の空によく似たリボンを揺らして……春の空気に靡かせるように、歩いてゆく。


「あら、あの方……」


「お見かけしたことがない方ね。あの髪の色、もしかして……」


まだ入学式まで時間はある。人がまばらな中でも、わたくしの姿は奇異に映るようだった。

でも、耳に入るそんな囁きを意に介さず、時に薄く微笑さえ返しながら、門をくぐる。敷地の中にも桜並木が続いていて、私は迷わないように用心しつつ、マーユから聞いていた四阿に向かう。


「おはよう、イェシカ。会えて嬉しいわ。制服姿のあなたも素敵ね」


そこには、濃い灰色のブレザーにスカート、刺繍の施された白いブラウスに身を包んだ、マーユの姿があった。もちろん、黒い巻き毛にはいつもの赤いリボン。そして、隣には、ミントグリーンの髪が華やいだ印象を与える、大人びた美貌の女子生徒が座っている。


「紹介するわ。エヴェリーナ、そう、彼女がイェシカよ。さあ、イェシカも座って」


彼女――エヴェリーナと目を合わせ、略式の礼を取ってから、マーユを挟む形で腰を下ろす。マーユは私たちを交互に見、しばし満足そうにうなずいたのち、


「ね、エヴェリーナ。イェシカならいいでしょう?」


ええ、と、エヴェリーナの穏やかな響きのある、落ち着いた声が私の耳にはっきり届いた。

そして、彼女はゆっくりと立ち上がり、わたくしに向けて礼を取る。その拍子に揺れた髪のリボンは、黒く優雅なベルベットだ。


「マーユの友人は、わたくしにとってもお友達です。わたくしのことは、どうぞエヴェリーナと。このヒルデガルド学園での3年間、責任を持って、わたくしがイェシカ様のお立場を保証いたしますわ」


「ありがとうございます、エヴェリーナ。わたくしのことも、今からイェシカと気軽にお呼びになって」


「ありがとう、イェシカ」


柔らかく細められたエヴェリーナの、そのライラック色の目と視線が合って、私もつられて微笑んでいた。


――――


「それではまた、放課後にね。ご機嫌よう、イェシカ」


「失礼いたします、エヴェリーナ様、マーユ様」


D組の教室の入り口で、ひらりと手を振るエヴェリーナに礼をすれば、周りの女子生徒の声がさざめいた。そちらには目もくれず教室に入ると、背後の声が高まる一方で、クラスの中は一瞬、静まり返る。突き刺さる冷ややかな視線に、いささか居心地の悪さを感じないと言えば嘘になるけれど、まあ、仕方ありませんわ。

……それにしても、ビルギッタが相手なら、一度座った席から立ちあがり、歩み寄って開き直りのひとつでもしてあげればいいから、いたって簡単なのだけれど。でも、学園ではそうはいかないのが、私にとっては困ったところね。


「やっぱり、イェシカさんは、エヴェリーナ様に帰順したんだわ。あのように挨拶なさるのも、最初はそういうものかと思っていましたけれど、こう、毎日のことなんですもの……」


「実際に見たときは驚いたわよね。あのお三方、家格が同じでいらっしゃるから、寮では同じフロアでしょう。昨日聞いたのですけどね、顔合わせの際に、エヴェリーナ様に喧嘩を売ったそうなの。それで、お怒りを買ったとか」


入学当初、あるいはそれ以前より出来上がっていたであろう複数の輪の中で、密やかに、でも確実に交わされる噂話。てっきりエドヴァルドが注目の的になるかと思っていたのだが、蓋を開けてみれば、一番のトレンドは私に関する話題である。


「おはよう!」


遠巻きにされ、暇つぶしに教本をめくっていると、わたくしの耳に明るい声が入ってきた。

なじみになったその声に顔を上げれば、赤茶色の髪をハーフアップに結い、クリーム色のリボンで留めた令嬢がにっこりと笑っている。

彼女は周囲を見回し、幾人かとそれなりに親し気な挨拶を交わしてから、私の前に座った。


「あら、イェシカ様は今朝も予習ですか……毎日で飽きませんか?」


「ええ、まあ、退屈はしないといったところかしらね。……そうそう、エリン、今朝の食堂のデザートは食べた? 桜のジュレがとても美味しかったわよ」


「はい、素晴らしいお味でしたよね。まったく、王都のほうの春はいいですね、あたたかくて、華やかで……だって、私の領地の方だと、まだまだこの時期は冬みたいなものなんですもの」


そして、彼女と私の会話が始まると、様子を窺うかのように、私の周りに席がある生徒たちが席に着いていく。これが毎朝の光景だった。


ところで、私の前で人懐っこく笑っているこのエリン・セーデルクヴィストは、雪国から来た子爵令嬢である。リボンをつけていることからも分かるようにマーユ派の令嬢であり、その持ち前のフレンドリーさや愛嬌を活かして、主に下位格の令嬢に対する引き込みを行っているらしい。

学園では、引き続き見込みのある令嬢に声をかけていくだけでなく、わたくしと同じクラスであることから、程よい防波堤になってくれる役回りのお友達だ。


「じゃあ、授業中にもしもわからないところが出てきたら、こっそり教えてくださいね」


「……休み時間ならよくってよ」


こんなふうに、私に対し、口調を除けばごく対等に、なんなら図々しいほどの態度で振る舞うエリンは、他の生徒からはこっそりと心配されているらしい。そこを、エヴェリーナやマーユがしっかりと私を抑えているから大丈夫……と答えることで、2人の求心力は高まるし、わたくしは表立って誰かと対立しなくてもよい。


「ふふ、そんなつれない態度を取ったって、お顔に全部出ていますよ?」


……緩みかけていた私の頬をエリンがつつくと、再び周囲がざわつくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ