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第22話

「殿下、マーユ嬢……先程お願いされた品をお持ちいたしましたが……」


「ああ、閣下。手間をかけさせて申し訳ない、ありがとう」


私たちのすぐそばまで来て立ち止まったお父様が、エドヴァルドとマーユに軽く一礼してから、改めて柔らかに微笑む。この状況に少し動揺したようではあるけれど、エドヴァルドやビルギッタごときにそれを悟らせるお父様ではない。

そういえば、ここで、お父様とも不仲であることを印象付けた方がいいかしらね。軽く息を吐いてビルギッタに一瞥をくれてみれば、打てば響くとはまさにこのこと、即座に硬い声が飛んでくる。


「イェシカ。お前がなぜここにいる? いったい、呼びつけた時間も覚えておけないのか? 殿下やマーユ嬢がいらっしゃっているというに、ちょこまかとうろつくな」


「失礼いたしました、お父様。ですが、ビルギッタとて、玄関のあたりで徘徊しておりましたけれど」


軽く目を細めながら言い返してみれば、エドヴァルドが眉をひそめ、マーユは口元を僅かに緩めるのが見えた。……楽しんでいるようね。


「自分の行動を棚に上げるとは、まったく、生意気さだけは一人前だな……。ビルギッタは、お前と違い、この本邸が家なのだから。好きなところに自由に行き来するのは当然だろう? それをあろうことか、殿下の御前で妹を虐げるなど、フォーゲルストレームの恥さらしだと言われたいのか」


低い声を不機嫌そうに響かせて、私とお揃いの金色の目が、じっとこちらを見つめる。

しばらく視線をぶつけ合った後、諦めたようにお父様は指示を出した。


「強情なところも、誰に似たのだか。……ビルギッタ、すまないけれど、部屋か居間に戻っておいで。イェシカは、私の執務室に」


「かしこまりました」


「はーい、お父様」


ビルギッタと私は――お互い、違う意味で不本意であるというように――マーユとエドヴァルドに別れの挨拶をして、それぞれ歩き出すのだった。


――――


静まり返った廊下を、歩く。

ビルギッタは居間ではなく自室に戻ることを選んだようで、エドヴァルドに会えた高揚を隠さぬまま、早々に階段を駆け上がっていった。


そして、お父様――というよりは当主――の執務室は、2階へ続く階段から角を曲がり、すぐの場所にある。要は、間もなく目的の場所に出るはずだった。


「……本日は、エドヴァルド殿下もおいでだったようね」


しかし、角に出たところで私を待ち構えていたのは、オーセだった。

娘と揃いの目は鮮やかな翡翠色で、印象的であるはずなのだが、顔立ちそのものは取り立てて特徴がないせいか、そういえばこんな人だったかしら、という程度の記憶しかない。


「ええ。ビルギッタに大層目をかけてくださっているのね」


「そうよ。王太子殿下は、ビルギッタのことを見初めてくださったの」


「マーユ嬢がいらっしゃるのに?」


ふん、と鼻を鳴らせば、オーセは不思議そうに首を傾げた。


「あら。イェシカ、あなたには関係ないことではない? 例えば、あなたが王太子殿下の婚約者だというわけでもあるまいに、なぜ?」


予想外の問いかけに、私は一瞬、言葉に詰まる。その隙を逃さず、彼女は唇を吊り上げた。

しかし、伝わってくる悪意とは裏腹に、その表情はどこまでも整ったまま……あるいは、淑女としての気品すら感じられる、そう、彼女の身上からしたら、いささか不自然なような……そんな美しい微笑だった。


「ビルギッタが王太子殿下と結ばれたら、あの子は王太子妃。もしかして、あなたのビルギッタに対する行いが、王太子殿下のお気に障ったら……もしかして、それが怖いのかしら。あなたのお母上も、王妃殿下に嫉妬して、家名に泥を塗ることになったそうですものね」


それは、――いいえ、耐えろ、耐えるのよ、イェシカ。


かっと頬が熱くなり、軽く閉じた瞼の奥で、音を立てて火花が散っているような感覚に陥る。奥の熱を逃がすように目を開ければ、オーセは、感情が見えない翡翠色の目を細めた。


「そうねえ、そうなったら……フォーゲルストレーム家の令嬢は、2代続けて王妃に無礼を働いたことになるわけだから……あなたは、国外追放、なんて、ね?」


――――


……冷え切った手を、後ろから誰かが掴んだ。


「イェシカ!」


私の名前を呼んだその声、その大きな手は、わたくしがよく見知った、


「あら、お父様……?」


振り返ると、これ以上ないくらいに眉を下げたお父様の顔が目に入る。金のような琥珀のような色の目はじっと私を見つめていて、……顔色は、悪かった。


「どうしたんだ、イェシカ。私の執務室にと言っただろう? どうしてこんなところに」


「え、ええ。先程、オーセとここで会って、その……なんと言えばいいのか」


私の手を引いたまま歩き出したお父様に従い、歩みを進める。なぜこんなにも心配されているのか、わからなくて――いえ、私が彼女と話してから、どれくらいの時間、私はああやって立ち尽くしていたのかしら?


「……何の話をしていたのかしら。そう、そうだわ、エドヴァルドとビルギッタが結ばれれば、わたくしは」



――国外追放、なんて、ね?



その他の記憶、あるいはオーセの姿すら曖昧な中で、その言葉だけは鮮明に、私の中に刻み込まれていた。


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