第19話
秋の香りを含んだ風が、わたくしの髪を揺らす――。
1年余りが経ち、すっかり馴染んだ離れの自室、開け放った窓の側に佇んで、鮮やかに色づいた木々が揺れるのを見つめていた。
「イェシカ、お待たせ」
すると、ノックの音と共に、お父様の声が届く。私は反射的に振り返って、どうぞ、と明るく応答した。……答えながらドアに駆け寄ると、ちょうどぴったりのタイミングで、ドアが開く。顔を覗かせたお父様と目と目が合って、私たちはくすくす笑った。
「準備はできたかな」
「ばっちり、ですわ。ほら、ご覧あそばせ!」
くるりと一回転して、少し大げさなカーテシーを披露する。フリルをたっぷりあしらった白いブラウスに、ミモザ色のスカートだ。いえ、ミモザは春の花なのだけれど……。
「ああ、いいね。スカートは銀杏の色かな? 秋らしくて、とても素敵だよ」
「まあ、確かにその通りですわ。さすがお父様ですのね」
聞こえるはずもない心の声に助け舟を出されたかのようで、つい表情が綻ぶ。
「じゃあ、行こうか。イェシカと買い物なんて、嬉しくて困ってしまうな」
「わたくしもですわ。……では、行ってきます、お母様。イザベレも、留守をよろしくね」
「お気を付けて」
お母様の肖像と、居間で控えていたイザベレに手を振って、私たちは建物の外へ出る。そのまましばし――朝食の感想や、最近読んだ本について話しながら――歩いてゆけば、いつかと同じように門の前には、フォーゲルストレーム家所有の中でも、上等なほうに入る馬車が控えていた。
「どうぞ、お姫様」
ウインクをしたお父様のエスコートで、まずは私が乗り込む。御者に向けて何言か指示を伝えた後、お父様も軽やかに私の向かいに腰を下ろした。
「本当に、子供の成長は早いものだよ。――まさか、あの小さかったイェシカが、半年後には学園に入るだなんてね」
――――
身長、肩幅、ウエスト、背の伸び具合、などなど……。
「はい、採寸は以上でございます。すぐお父様をお呼びいたしますね」
そう、今日のお買い物は、新しい服――それも、4月に入学が迫った、ヒルデガルド学園の制服なのですわ!
でも、日頃家から出ることのない私は、採寸というと、いつもはイザベレにしてもらっている。だから、お店の方だとはいえ、初対面の方に採寸されるのは、なんとも慣れないというか、気恥ずかしいものがあったわね。でも、そうね、大方の貴族のご令嬢となれば、小さいころからこれが当たり前なのでしょうね。
「ご令嬢は15歳になったばかり……とのことですが、お伺いした限り、まだまだ身長が伸びそうかと拝察いたしますわ。つきましては、入学時のことを考えると、スカートは余裕を持ったお作りにしようかと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「では、そのように頼みます」
店主の言葉に、お父様が頷く。さらさらとオーダー票のようなものにメモを取り、店主は続いて私に顔を向けた。
「先程お伝えしたように、学園の制服は、生地とシルエットが校則で指定されております。ですが、シルエットを損なわない程度にアレンジをお入れすることも可能ですので、ご希望があればお伺いいたします……いかがいたしましょうか?」
あら、それは知らなかったわ。マーユは詳しいでしょうから、彼女に色々と聞いておけばよかったわね。どうしましょう、せっかくだったら……。
そんなふうに考えながら、思わず私がお父様の方を見る。すると、お父様は、厳しい表情の仮面をかぶったままで、ゆっくりと言った。
「……まったく何もしないのも、侯爵令嬢としては華やかさに欠けるだろう。フォーゲルストレーム家の威厳を損なわない程度に、勝手にするがよい」
それを聞いた私は、できるだけ尊大に見えるように、つんと顎を上げる。
「では、お願いいたしますわ。でも、生憎と学園については詳しくありませんの。ですから、他のご令嬢方はどのようになさっているのか、それを伺ってからでもよろしいかしら?」
かしこまりました、と店主が出ていくのを見送り……正面に誰もいなくなったのをいいことに、お父様の横顔には、いつもの柔らかい笑顔が浮かんでいた。
――――
その後、制服の注文を終えた私たちは、同じ街区にある服飾店を見て回った。この辺りは学園に在籍する年頃の貴族子女のための店が纏まっていて、一通りのものはここで揃うらしい。
「お父様、ありがとうございました。とても楽しい時間でしたわ」
「どういたしまして。ブラウスや靴も、良いものが見つかってよかったね。どれもイェシカに似合いそうだったし、僕も楽しかったよ。……ああ、せっかくなら毎日のコーディネートを見たかったけど、寮暮らしだとそうもいかないから、そこだけは残念だな」
購入もしくは注文したものは、後ほど邸に届けてもらうか、使用人に受け取りに行ってもらうことになる。――唯一その場で受け取り、そして今わたくしの手の中にあるのは、お母様の眼差しを思い起こさせる、明るい空色のリボンだった。




