二大国統合調印式編 その10 野望(ソマッタココロ)
「走るぞ、チュウちゃん、タマ」
私はハチとチュウちゃんに指示を出した。言葉は通じないが分かる、こいつらは私の言葉に肯定した。
「調印式に出る連中は皆殺しにする。確か奴らも行くんだったな・・・ゾロアス」
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「ねぇ、お父様。おじい様はどちらに?先に行っているとは聞いていますが」
「あぁ、なんでもやる事があるらしいから、今夜あたりには会場入りしてるんじゃないか?あそこは宿泊施設も充実しているしね」
「そうなのですか」
「あと、もう私の前では敬語で話す必要はないよ。父と子という関係は支配者と従者ではない。互いに教え、教えられるものだと分かったからね。君たちから色々教えてもらって、大分考えが変わったよ。マリリン、そしてルーアン君」
今森の中を抜ける馬車の集団、その中の一番豪華な馬車の中にシャイニー、マリリン親子と、かつて暗殺者、青薔薇と呼ばれていた少年ルーアンが乗っていた。
三人はアダムスとエイド、両国の統合するための調印式に招かれ会場に向かおうとしていた。
「・・・なんだ?」
ルーアンが外を眺めた。警戒するように辺りを見ている。
「どうしたのルーアン」
「いや、気のせいかもしれないけど、今アマナ君の声が聞こえたような・・・」
「村からは大分離れてるわ。それにこの馬車の中で聞こえる訳ないじゃない」
「うん、でもなんだろうな・・・ひどく悲しい様な、苦しんでいる様な、そんな感じに聞こえた」
ルーアンは酷く真剣になって考え込んだ。
「そこまで考える必要ないよ。気になるのならまた会いに行けばいいんだ」
「それもそうですね」
「ルーアン君も敬語じゃなくて普通に接してくれればいい、私の事は・・・そうだな、お義父さんと呼んでももいいぞ!」
「ちょ!!お父様!!気が早いわよ!確かに告白はされたけど・・・」
「はっはっは!!冗談だ冗談!!って、は?告白された? え?聞いてないよ?」
一行はのどかな雰囲気の中、森を抜けていった。
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深い森の中、歌いながらそいつは歩いていた。
「い~ちに~ちい~っぽ、み~っかでさ~んぽ、さ~んぽすすんで、いっぽすすんじゃえ~」
適当な歌詞で陽気に歌う。音程なんか気にしていないし、歌詞もどうでもいい。
「しゃ~ぼんだ~ま~と~んだ~、ど~こい~くの~? って んお?」
素早い大きな足音が近づいてくるのを感じた。
「な~んだこの音?大きな猪かなぁ。あっ!だったら久しぶりにお肉だ!!」
そいつは影を潜めて一気に飛び出した。
「ん?」
「ふぇ!?」
そいつは一人の男と顔面でぶつかった。
「お、おぉ いててて・・・ごめんよ~、まさか人だったなんて気が付かなかったもんで」
「問題はない。しかし、異世界とはこういうものもいるのか。喋る狐とはな」
男はひょいと狐を拾い上げた。この狐こそ、先ほど音痴な歌を歌い散歩していた喋る狐だった。
「お~、だけどこんなとこに人って変わってるね。おいらフォックスってんだ。あんちゃんはなんでこんなとこにいるのぉ?それに・・・さっきの、おっきな足音 は・・・」
フォックスは下を見た。そして自分が何とも得体のしれない謎の生物の上に乗っていることを理解した。
「あのぉ、コレなんて生き物なのかお聞きしても?」
「大切な家族だ、フォックスだったな。一応自己紹介しておくか、私は神崎 零・・・」
男は突然黙り込んでしまった。自分の名前が間違っているかのように自身の名前に疑問を感じている様だ。
「いや・・・忘れてくれ。私は全てが空っぽの存在、名など今の私には贅沢過ぎる・・・そうだな、全てが消えた者、そして世界を初めから作り直す者、ゼロとでも名乗っておくか」
男は自らをゼロと名乗る事とした様だ。そしてフォックスは色々な疑問を感じたが、なんともいえぬ恐怖を感じ、質問を一つに絞った。
「カンザキ・・・いや、あのゼロさん?少々お聞きしたい事が・・・」
「なんだい?」
「あの、これから何をしに・・・」
これ以上は怖くて聞けなかった。
「この世界を支配する。人間を、この腐った世界を正しに行く。狐には関係ないが、私に協力してくれるというのならば、付いてくるか?
見たところお前、かなりの実力を持っていそうだ」
確かにフォックスは、どんなに凶暴な動物が現れても撃退できる自信を持っていた。だがこのゼロは、その事を瞬時に見抜かれた感覚に陥った。そしてその感覚は更にこのゼロに恐怖を感じざるを得なくなった。
「え・・・遠慮しま~す。お、おいら野生動物だからさ、失礼するよ~」
フォックスはぴょんと巨大な怪物から降りた。怪物は長いぼさぼさした髪の中からフォックスをじーっと眺めている。
「な、なんだよぉ」
「チュウちゃん、行くぞ」
男はその犬の様な怪物を連れてどこかへ走り去った。
「な、なななななな!なんなのさぁ今の!!毛が抜けるかと思ったじゃん!!」
フォックスは前足で地団駄を踏んだ。
「あのへんな化け物もそうだし、あのゼロって人滅茶苦茶怖かったぁ・・・」
ぶつくさぶつくさ言っていたら、更に地面が揺れるのを感じた。
「こ、今度はなにさぁ・・・」
若干泣きっ面になりながらゆくり近づく音の方角を見た。
「ぁ・・・こりゃ死んでたわ。今でも死ねるわねぇ」
フォックスの目には自身を簡単に踏みつぶせそうな超巨大な爬虫類の様な生き物が目に写った後気を失った。というか死んだふりだ。
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「そろそろ片が付く頃か?」
一人の男が馬車の中で呟いた。
「ん?なにかおっしゃられました?」
向かいに座っているもう一人の男が聞き返す。
「お前が私のつぶやきを聞き逃すとは考えにくいな」
「・・・片が付く頃と、おっしゃられましたが」
「何の片が付いたのか、お前はもう分かっているんじゃないか?シャロウ」
「・・・・・・まさか、セイアン村を殲滅したとおっしゃっているのですか?アングラ様」
ゾロアス家の執事、シャロウがもう一人の男、ゾロアス家の主、アングラ ゾロアスに聞き返した。
「その通りだシャロウ、やはりお前は優秀だな。バリーにあの孤児院の小娘共を捕えるよう促し、青薔薇を使ったゾロアス家令嬢暗殺及びそれに乗じた国家反逆、その全てを指示したのは私だ。
シャロウ、お前の目の前にいるのがずっとお前が探していた、全ての事件の首謀者だ」
シャロウは今考える、何故突然そんな事を言い出したのか。何か裏がある、今この瞬間に襲えばやられるのはシャロウ自身だ。
「やはり思慮深い、普通ならば憤る。マリリンはお前にとっても心の支えだった。それを葬ろうとしていたのが祖父であるこの私だ。平常な人間なら怒りに任せ私を責めるか、なんなら殺そうとするだろう。しかしお前は何も言わない」
「何が、言いたいんです?アングラ・・・」
シャロウはすぐに戦える状態に入っていた。だが、動いてはいけない。
シャロウはアングラを以前からわずかながら疑っていた。それを確かめる為に今、この馬車に乗っている。そしてこの馬車を操っているのはシャロウが信頼する仲間の一人だ。
「私が何故、今ここでその事を打ち明けたのか・・・それはお前は私の仲間になるからだ。シャロウ ナローよ」
「そう言う事か・・・アングラ。ここにいる者は全員、お前の仲間だったという事か」
「正解だ。もしお前が私を襲っていたのなら、お前はここで死んでいた。そして国家反逆の大罪人として語り継がれていた。私の築く世界に、お前の名は残らないことになってたところだ」
今、シャロウ以外のここ周辺にいる者は、全てアングラの手下だ。それを瞬間的にシャロウは察し、動きを止めている。
「アングラ、お前は世界を手に入れてどうする気だ?なぜそこまでしてこの世界を欲する」
「・・・この世界は偽物だからだ。全てが決められ、全てが支配されている。自由など、平和など、与えられているにすぎないのだ。私は、本当の世界を取り返す。そして逆に支配するのだ。奴らを!!」
「奴ら?」
「おっと、声が大きすぎた、危ない危ない。シャロウ、お前が奴らを知る事は無い。お前は私に付き従うのだからな」
アングラは熱く語ったかと思うとすぐさま冷静な表情に戻った。
「無理だ。お前ではアレックス様や、エイド様を殺せない。向こうにはスチュワートはじめ私でも手も足も出ない奴らが警護に当たっている。それにお前はミスを犯した」
「ミスとは、アマナ君の事を言っているのかね?」
シャロウが言おうとしたことを、ズバリと言い当てられてしまった。
「何故このタイミングであの村を襲うように指示したと思う?シャロウ、お前はアマナを見誤った。彼は救世主ではない。この世界に破滅をもたらす存在だ。彼自身が、村を壊滅させることになっているのだよ。そしてその彼は、もう死んでいる頃だろう。ラックスの手によってな」
「な、なんだと?」
信じられなかった。シャロウはアマナの実力を知っている。そしてハチやタマの強さも。五千人相手でも十分に戦えると分かっていた。だが、アングラの表情、その余裕のある顔に嘘は無い。アングラはアマナたちの秘密を知っているのだ。
「さらにだ、あの村を襲った奴らも、ここにいるほとんどの部下は私の事を二番手と思っている。彼らが国家反逆の首謀者として崇拝しているのは、君だよ。シャロウ君」
「っ!!」
全て仕組まれていた。アングラは表向きの支配者を造るためにシャロウをこの馬車に乗せたのだ。入念に緻密に計算し、国家転覆をアングラは狙っている。
「さて、お前の選択はない。お前は世界の指導者となる」
「貴様ぁ・・・許さんぞ!」
「ここで殺すか?言っておくが、お前の技では私は殺せない。今の私ならお前を返り討ちにも出来よう。それでもかかって来るというのならば、仕方ない」
アングラは構えずじっとシャロウを見た。今シャロウが動けば、例えアングラと刺し違えても既に動いているアングラの部下を止める手立てが無くなる。
そして現在、アングラがどれほどの部下を持っているのかも分からない。ラックスも彼の部下ならばスチュワートたちでも苦戦を強いられるはずだ。
更に、マリリンの事を考えると、シャロウは八方塞がりだ。
(どうすればいい。どうすれば止められる!!)
シャロウの中に様々な思いが駆け巡った。マリリンへの心配、セイアン村への後悔。
(ごめんなさい、私では止められなかった。アマナさんが・・・いてくれれば)
シャロウの中で願いが生まれてしまった。あり得ない、正に神頼みの様な願いだ。
(アマナさん、あなたなは強い。きっと生きている。あなたしかいない・・・世界を、救えるのは!!)
シャロウの誰にも聞こえない心の叫びをあげた。
「うぎぃやあああああああ!!」
断末魔が真っ赤に染まった夕日に突然こだました。
「ん?」
シャロウの乗っている馬車の窓に突然暗くなった。泥が跳ねたかのように窓にしぶきが付いた。赤いしぶきが・・・
「まさか・・・そんな」
アングラから余裕が消えた。代わりに驚愕がその顔を覆った。
そしてドアが吹き飛んだ。外から風が勢いよく入ってくる。
外に一人の男が立っていた。
「話は聞こえていた・・・そうか、お前が全ての元凶か」
「アマナ・・・さん」
そこには全身自分以外の血で染まったかつてセイアン村でアマナと呼ばれていた男がそこにいた。




