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風の隣人  作者: 馬込冷静
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01話 走り抜けた風

その朝、風環総合アカデミーの校門近くにはまだ人の姿が少なかった。


朝の授業が始まるにはまだ少し早い。


山田アキは競技指導室へ向かう途中、校内の外周コースに立ち寄っていた。


手には記録端末。


これから指導する選手たちの練習データを確認するためだった。


――そのときだった。


遠くからかすかな足音が聞こえてきた。


タッ、タッ、タッ――。


規則正しい。


しかも速い。


アキが顔を上げる。


朝の光の中、ひとりの少女がこちらへ向かって走ってきた。


赤みのある栗色の髪が風を受けて大きく揺れている。


その頭には長く細い動物耳。


走者族だ。


制服姿のままなのに、走り方には無駄がなかった。


上体はほとんどぶれず、足音も軽い。


何より速い。


「……速いな」


思わずアキの口から言葉が漏れた。


少女は前だけを見ていた。


淡い青緑色の瞳。


表情は真剣で、誰かに見られていることなど気にしていないようだった。


そして――。


彼女はアキのすぐ横を駆け抜けていった。


一瞬だけ風が起こる。


栗色の髪が視界の端を流れ、長い耳がわずかに揺れた。


「…………」


アキは振り返った。


少女はもう数十メートル先を走っている。


遠ざかっていく背中。


朝の光の中へ溶け込むように小さくなっていく。


アキは記録端末を下ろした。


名前も知らない。


学年も知らない。


どんな選手なのかも知らない。


ただ――。


あの走りだけが妙に印象に残った。


「……今の子、誰だ?」


そう呟きながら、アキはもう一度その背中を見つめた。


まだこのときの二人は知らなかった。


この何気ない朝の一瞬が、


後に二人の人生を大きく変える最初の出来事になることを。

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