第4話 どうなってるの黒髪角イケメン
カトラリーをぼんやり見つめていると、食堂の扉から伯爵様が姿を現した。
薄いブラウンの髪を後ろになでつけ、見るからに高そうな貴族の服をきっちりと着こなしているナイスミドル。知的で涼しげな切れ長の目は、リシュアちゃんの瞳と同じ色をしていた。
伯爵様は席に着くと私に目を向けた。
「おはよう、リシュア。調子はどうだ?」
伯爵様はゆっくりと話してくれる。おかげで私はそれなりに聞き取ることが出来た。
伯爵様の名前はギルバート・ロンメル。ロンメル家の当主であり、リシュアちゃんの父親だ。
「オハヨウゴザイマス。ゲンキデス」
「そうか」
伯爵様はひとつ頷くと、私とは反対側の席に目を向け眉を八の字に下げた。傍に立っている執事さんに『あの子はまだか?』と確認をとる。
執事さんが伯爵様に答えていると、廊下からバタバタと元気に走ってくる足音が聞こえてきた。開かれた食堂の扉から勢いよく姿を現したのは、リシュアちゃんと同じ髪色と瞳をした一人の少年だった。
「遅くなりました!!!」
扉の前でピシッと直立不動の姿を取ると、食堂全体に響き渡るような大きな声で謝る少年。髪はボサボサで、シャツもボタンを掛け違えているし、胸元も少しはだけた状態で、伯爵様とは正反対の出で立ちだった。
彼の姿を見る前からこめかみを押さえていた伯爵様は、大きなため息をつく。その姿に焦ったのか、少年はまたも大きな声を発した。
「朝の訓練をしていて遅れました!」
「わかっている。時間に余裕を持つようにいつも言っているだろう?」
「申し訳ありません!」
「ロンメル家の後継としてそろそろ自覚を持ちなさい」
「姉上の前でそのような発言はいかがかと思いますが!」
「……もういい。座りなさい」
毎回のやり取りなのでさすがに言葉を覚えてしまった。最初の頃はぽかんとしながら聞いていたが今では微笑ましく思っている。
少年は自分の席に着くと、私に向かってウインクをする。この行為も毎回のことだったので、私も軽く手を振った。
彼の名前はセオリス・ロンメル。リシュアちゃんのひとつ下の弟だ。騎士になりたいそうで、朝早くから鍛錬を欠かさない。あんまり貴族っぽい子ではないからか、私としては接しやすい子だ。
「では、食事を始めよう」
伯爵様の一声で、朝食が食堂へと運び込まれた。
給仕さんが丁寧に食卓へ朝ご飯を並べていく。私と伯爵様のグラスには水が注がれるが、セオリス君のグラスにはミルクが注がれる。セオリス君は毎回、そのミルクを早々と飲み干してしまうので、すでに2杯目のミルクが注がれていた。
ふっくらと焼きあがったパンの入ったバスケットが食卓に置かれると、ふわりと香りが漂ってくる。
いいにおいだなぁ~。お腹鳴りそう。
メインディッシュの白くて丸いシンプルなお皿の上には、黄色くてふわふわしたオムレツと程よく焼かれたベーコン、カラフルに彩られたサラダが盛り付けられており、なんともおいしそうだ。
テレビもなく、スマホもない。言葉もわからず文化や習慣にも馴染みがない、知り合いもいないこの世界で、唯一の救いは食事だった。
街の景色や屋敷の外観、家具などはどこかヨーロッパなどの外国を思わせる雰囲気があり、食事も西洋風だが、今のところ日本でも見慣れた食べ物ばかりで安堵している。味付けも私の口に合い、大変美味である。
いただきますの挨拶をしてから、おいしい朝ご飯を頬張っていると、伯爵様から声をかけられた。
「ところでリシュア、学園はどうだった? 通えそうか?」
私は口をもぐもぐさせながら考えた。
そもそもまだ一日しか行ってないので、通えそうかと問われても判断がつかない。親しい友人みたいな人にも会わなかったし、コミュニケーションを取れたのかもわからない。楽しかったとは言いづらい。
ここで思い出したのは昨日出会った黒髪のイケメンだった。
顔は私好みだったが態度がなんだかおかしくて、知り合いみたいだけど友人なのかと言われると首をかしげずにはいられない。
咀嚼が終わっても答えない私に、伯爵様は言葉が通じなかったのかと思ったらしく、同じ質問をしてくるが、答えたのはセオリス君だった。
「姉上はクラスメートから遠巻きにされてましたよ?」
え? なんて? 見に来てたの??
びっくりしてセオリス君を見つめ返すと、セオリス君は申し訳なさそうな顔をした。
「すみません、姉上。だって校門で殿下に絡まれてたから気になって。休み時間に教室をチラ見しただけですから」
ん? 今、殿下って言った?? 王族が居たの?
目をぱちくりさせていると、伯爵様が頭を抱えた。
「ランティス殿下か?」
「そうですよ? あの人なんで姉上に対してだけ態度悪いんですか?」
「……やめなさい、セオリス」
あの残念黒髪角イケメン、王子様なんかい!
「姉上の学園復帰はまだ早いと思いますよ、俺は」
納得いかないと言わんばかりの態度で、朝ごはんにがっつくセオリス君。心配してくれるのは嬉しいが、態度をもうちょっと和らげてほしい。伯爵様の表情が険しくなってきてるから。
それに、伯爵様から聞いた話では、リシュアちゃんが学園に通わなければいけない理由がある。
私はそのことを伝えるべくセオリス君に話しかけた。
「ガクエンカヨウ。コンヤクシャ、ミトゥ、ミツケル」
そう、今ちょっと噛んでしまったが、リシュアちゃんには婚約者がいないらしく、相手を見つけるには学園に通うのは必須なんだとか。
私もまだ学園に通うのは早いと思っている。しかし、リシュアちゃんの今後を考えると早々に復帰しといた方が良いのではないかとも考えている。
だからこそ不安を抱えたままで今日も学園に行こうと朝ご飯をもりもり食べているわけだが、私の言葉を聞いたセオリス君が爆弾発言を落とした。
「父上が相手を見繕えばよい話では?」
え?! どういうことですか?! パパ伯爵!!
首がもげそうな勢いで伯爵様に顔を向けると、伯爵様は困った表情をしていた。
「確かにその方法もある。実際にリシュアを妻に迎えたいと申し込みも来ているが、リシュア自身が申し込んできた相手を嫌がっていたのだ。自分で相手を必ず見つけるから待って欲しいと言われていた。今のリシュアは記憶がないが意思は尊重したいと思っている」
あ、なるほどね? それならやっぱり学園に行くしかないね?
私個人の希望としては、もしこのまま日本に帰れないのであれば、平民として細々と暮らすか、修道院でもいい。ただ、何かの拍子にリシュアちゃんが戻る可能性もないとは言い切れないし、そう考えると学園に通ってリシュアちゃんがいろんな道へ行けるように立ち回っておきたい。
やはり本日も学園に行って友達作りからするしかないか。
決意を新たにしたところでちょっと大きめにカットしたオムレツを口に運ぶ。
するとセオリス君もベーコンを口へ運ぼうとしつつ、何気ない感じで伯爵様に質問をした。
「姉上に申し込んでいる人って誰なんですか?」
あ、それ。私も知りたい!
リシュアちゃんが嫌っているなら関わらないほうがいいだろうと思い、伯爵様の顔を見る。しかし、私と目が合った伯爵様はなんとも居心地が悪そうなそぶりを見せた。
なかなか答えようとしない伯爵様に、ベーコンを食べていたセオリス君も伯爵様へ目を向ける。
私とセオリス君に見つめられ、伯爵様は仕方ないといった感じでしぶしぶ言葉を発した。
「……ランティス殿下だ」
「……は?」
セオリス君はベーコンの咀嚼が止まり、私は口からオムレツがまろび出たのだった。




