17 謎目線
「彗。よかった、いたね」
背後から声をかけられて、俺は飛び上がるほど驚いた。
「礼知さん!? どうかしましたか!?」
「やっぱり気づいてない。彗が報告義務をさぼるから、叱りに来たんだよ」
「え……? あ!?」
屋敷の外はいつの間にかとっぷりと日が暮れていた。
「やば、スマホ、下に! 取ってきます!」
バタバタと階段を駆け下り、カバンにつっこんだままのスマホを確認したところ、着信がいくつも入っていた。
血の気がさっと引いていく。
カタンと小さな音がしたと思ったら、階段のとこで礼知さんが俺をじっと見ていた。
やらかしたー。
「す、すみません礼知さん」
「反省してる?」
「もちろんです」
「じゃあ次からは電話にはちゃんと出て。心配するから」
心配――?
俺はまぬけ面をさらしたあと、急いで頷いた。
「急ぎじゃないと言っただろ? 根を詰めすぎないように」
礼知さんの口調は優しく諭すようだった。叱るどころか頭まで撫でられた。
なんなんだこのイケメン。俺に優しくしたってしょうがないだろうに。
「それなんですけど! 本当に急がなくていいんですか。早く一緒に暮らしたいんじゃ」
図らずも彼の『お相手』と遭遇したことで、俺はどうにも焦ってしまう。
「私としてはそうだけど、相手がまだその気じゃなくてね」
「え!?」
思わず礼知さんを二度見してしまった。
「礼知さんを前にして? 気を持たせますね」
あの人、プライドが高いのかな。
――それとも、誰かほかに狙っているアルファがいるとか?
あの人形みたいな顔で、どちらにしようかなと指を振っているところを想像したら、無性に腹が立った。
そしてすぐに、そんな勝手な妄想をしてしまったことが恥ずかしくなった。
「いや、そういう話でもなくて」
うん? なんか礼知さんの態度も変だな。この間からなんかこう、煮え切らないというか。
「もしかして礼知さん、お相手にまだ言えてないんですか?」
礼知さんはその瞬間ピクリとまぶたを動かした。
図星かな。
けど、なんで言えないんだろ。サプライズとか?
オークリー君は学生っぽいから、卒業を待っているのかもしれない。
「彗、とりあえず今はいいから。忘れ物がないならもう行くよ」
「どこにです?」
「彗を待ってたから食事がまだなんだよ」
「それはすみません!」
もう一度時刻を確認したらすでに二十時を回っていた。どうやら二時間も待たせてしまったらしい。
「悪いと思うなら、今日は彗の行きつけを教えてよ」
「ラーメン屋くらいしか知りませんよ」
「いいね、ラーメン」
「礼知さんラーメン食べるんですか」
「めったに食べない」
ですよねー。
「だからいいんじゃないか」
礼知さんはいたずらを思いついたみたいに、口の前で指を一本立ててみせた。
なるほど。夜中のラーメンって程の時間じゃないけど、ラーメンには背徳感がつきものだ。
「じゃ、がっつり豚骨にしましょうか」
テーブルまで油がしみているような狭いカウンターに、礼知さんが座っているのはすごく不思議だ。すごく似合わない。
けど礼知さんは思いのほか喜んだ。
「彗、これ、おいしいね!」
俺は礼知さんの横顔を見つめる。子供みたいにしきりに瞬きする礼知さんが妙にかわいくて、つい笑ってしまった。
「また食べたくなったら言ってください。お供しますよ」
「うん……」
はしゃいだことを恥じるように、礼知さんは静かになった。だけど、ラーメンをすすって飲み込んだあと、口の端がちょっと上がるのを俺は見過ごさなかった。
喜んでもらえて本当に良かった。
同時にふと考える。あの人も、こんな礼知さんを見たことあんのかな。高級なレストランで絵にかいたようなエレガントなデートをするだけだとしたら、それはちょっともったいない。
優越感じみた思いが浮かびかけて、俺は慌てて話題を変える。
「そういえば、今日、庭師の方に会いましたよ」
「昼間に来たんだ。珍しいな」
「いつもは早朝とかですか? それで今まで会わなかったんだ。えーと、その。素敵な人ですね」
お相手なんですよねと、聞きかけて寸前で言い換えてしまった。
そのせいか礼知さんが変な顔をしている。怒る一歩手前、みたいな。
「素敵だって? ああ、そうか君――」
「いや、もちろん! わきまえてますから」
変なことを考えたりしません。いや、すでに謎目線で品定めみたいなことしちゃったけど。
「それに、時間が違えばもう会うこともありませんよね!?」
「会ったとしても近づかないで」
「はい! もちろんですっ!」
やばい。礼知さん、めっちゃ怒ってる。
やっぱりオメガのことになると目の色が変わるんだな。




