16 不服というのもおこがましい
それからさらに数日後のことだ。いつものように片づけをしていたら、窓の外を誰かが横切った。
「庭師さんかな」
挨拶が必要だろうか。不審者じゃないですよって。
「こんにちは」
――と、声をかけた俺のほうが驚いた。え、庭師さんだよね!?
すらりと背の高い人だった。礼知さんよりは低いけど、俺よりは高い。
格好は完璧土いじりスタイルだ。
エプロンに緑の長靴。ガーデングローブ、日よけのついた帽子。だけど不機嫌そうに眉を寄せ、さっと帽子を外した彼を見て俺は声も出ないほど驚いた。
肩ほどまで伸びた金髪に青い目の、はかなげな美少年だったのだ。
いや、少年というより青年――大学生くらいだろうか。もしかしたら同年代かも。
思わずジロジロ見てしまったあと、俺は無意味に手をばたつかせた。
「帽子! 挨拶とかいいんで、かぶってください! 日焼けしちゃう!」
すると彼は、吸い込まれそうなほど大きな瞳でパチリと瞬きした。
うわ、まつげなっが。
オメガですかって、本人に尋ねるのは失礼だろうけど、十中八九そうだ。
背は高いがほっそりしていて、甘い花のような香りがする。
もしかしてこの人か! 礼知さんのお相手。
チラッと頭をよぎったのは、礼知さんのビルに入っているオメガルームのことだった。
俺が設えたほうじゃなく、もともとあった方。
シックなグレーで統一された、男性向けのオメガルーム。
あの部屋は絶対、目の前のオメガを引き立てる――。
「あなたは――?」
「あ、俺! 榎並彗と言います。礼知さ――和倉様から屋敷内の整理と模様替えを頼まれていて、しばらくウロウロすると思うのでよろしくお願いします」
バッと頭を下げると、「ああ」と納得した様子で頷いた。
「あなたが彗さんか。お噂はかねがね」
そう言う彼の声も表情も平坦で、何を考えているのか全く分からない。
なんだか、作り物に話しかけているみたいだ。
「礼知のお気に入りなんだって?」
そう尋ねられて、瞬き一回分返事が遅れてしまった。
俺って、お気に入り、なのかな。
「えーと仕事には満足してもらえているみたいです」
「ふうん? 僕はオークリー」
笑顔を見せたわけでもないのに、ふわっと華やかで落ち着かない気分になる。
いやいや、美形だからって見とれてらんないぞ。想像通り彼が礼知さんのお相手だとしたら、失礼に当たる。それに、顧客の意見はちゃんと聞いておかないと。
「参考までに、オークリー様はどんな部屋がお好みですか」
「部屋? 特に好き嫌いはないけど? 住めればそれでいいんじゃない?」
キレイな顔で残念なことを言っている。ある意味、礼知さんとお似合いなのかもしれない。
「ええと、シンプルなほうがいいとか、華やかなほうがいいとかありませんか」
「だから、別に。穴が開いてなきゃいいよ」
「こだわりなさすぎでは!?」
庭はすごくいいのに。なぜ部屋に愛着を持てないのか。
問い詰めたいが、「もういい? 草取りの途中だし」と逃げられてしまった。
このそっけない態度。
だけど立場上、しつこくするわけにもいかない。
「はい。お邪魔しました」
庭師さんとの会話をあきらめ、すごすごと勝手口から屋敷内に戻った。
今はキセルのコレクションを磨いていたところだ。手入れをして、写真を撮って箱に納める。集中して作業しているうちはよかった。けれどふと、その手が止まった時、金髪と冬の海みたいな青い瞳が脳裏にチラチラ浮かんだ。
俺はどうやら無意識に、礼知さんのお相手は女性だと思い込んでいたらしい。
「オメガなら、男って可能性もあるのにな」
不服、というのもおこがましい。アルファとオメガのことは、しょせんベータにはわからないんだし。
彼だってきちんとした格好をして礼知さんの隣に立てばきっとお似合いだ。
すごく無表情だったけど。
あー! よそうよそう!
いま俺にできることは、とにかく片付けてしまうこと。そんで早くふたりの新居を用意してあげなきゃ。
集中、集中!
念じながら作業していたら、本当に時間を忘れてしまった。




