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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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クルエラの話


セラフィとクルエラの二人は、中庭のベンチに場所を移していた。


もうすぐ食堂が閉まってしまうため、街中のカフェに行こうかと提案されたのだが、セラフィはそれを断り学園内に留まることを選んだ。なんとなく、エトハルトに心配を掛けてしまいそうに思ったからだ。



秋を感じる風が心地よく、セラフィは深く息を吸い込んだ。


金木犀の香りがした。

常に春の香りに包まれている彼女にとって新鮮であった。



「セラフィ、ごめんね。エトハルト様にも悪いことをしてしまったね…」


「ううん。エティは大丈夫、ちゃんと分かってくれるから。」


優しい顔でエトハルトのことを話すセラフィに、クルエラは羨ましげな瞳を向けた。



「いいなぁ。」


「え?」


思わず出た言葉に、セラフィが反応して隣に座るクルエラの方を向いた。

何のことだか全く気付いていない彼女に、クルエラはふふっと小さく笑った。



「エトハルト様のことを話すセラフィ、とっても幸せそう。羨ましいなって思っちゃった。」


「いや、そんな…エティが物凄く優しくて、私はその恩恵に甘えてるだけで…」


「そんなことないよ。セラフィだから、エトハルト様は優しさを向けたくなるんでしょう。ねぇ、二人はどんな出会いだったの?片思いから始まった?それともどちらかが一目惚れしたの?」


クルエラは瞳を輝かせ、隣に座るセラフィにぐっと詰め寄った。

一心に期待の眼差しを向けてくる彼女に、若干申し訳ない気持ちになってしまったセラフィはつい目を逸らす。


どうやって話そうかなと一瞬思考した後、目を逸らしたまま口を開いた。



「公爵家のお茶会でたまたま出会って…」


「それで?そこで一目惚れされたの??」


クルエラの瞳に輝きが増した。



「いや…ええと、私が困っていたらエティが助けてくれて…初めて会った私にも優しくしてくれて、で色々あって、それで…」


「さすがセラフィ!本当にあのエトハルト様から一目惚れされただなんて!ああ素敵だわ…」


「いや別にそういうわけじゃないんだけど…」


セラフィは否定したが、キラキラと目を輝かせるクルエラは食い下がって来た。



「あら、普通興味もない知らない人に優しくしたりしないわ。一目惚れであんなにも愛されるなんて…御伽話みたいね…いいなぁ…私もそんな恋をしてみたい。一度で良いから、恋に落ちてみたい…」


言葉に込められた輝きとは対照的に、話すクルエラの横顔は暗かった。



「クルエラ?」


「私ね、縁談が決まったの。」


クルエラは、心配そうに覗き込んできたセラフィと目を合わせず、ベンチから立ち上がるとなんてことのないように話し始めた。



「お相手のことは何も知らない。そして多分これ断れないんだよね…父が決めたことだから。こんな早いうちから結婚相手を決められちゃって、学生のうちに好きな相手が出来ちゃったらどうするんだろうね。」


「そう、だったんだ…」


セラフィは学園に入る前のことを思い出していた。


父親の借金のためにかなり歳の離れた相手と結婚させられそうになって絶望していたあの時のことを。

エトハルトに声を掛けてもらわなければ、自分も今のクルエラと同じ気持ちでいたかもしれない…セラフィは視線を下げた。



「ごめん、セラフィ。少し話を聞いてもらいたかっただけだから。それに、誰かと結婚しなければ生きていけないのだし…もらってくれる先があるだけでじゅうっ…」

「クルエラっ!!」


セラフィは立ち上がり、ベンチに背を向けながら立って話すクルエラを横から力一杯抱きしめた。



「せ、セラフィ??」


「気の利いたことは何も言えない…でも、クルエラの話はいつでも聞くから、泣き言も嫌なことも辛いことも全部っ…だから、私の前では気を張らなくていいよ。こんな私で頼りないと思うけど…私の周りの人たちは頼りになるから、みんなでクルエラの助けになる。だからっ…」


いつもの優しい声とは違う、芯の通った力強い声で言ったセラフィ。

感情が昂ってしまい、最後は言葉にならなかった。



「もう、セラフィはずるいんだから…」


「あ、ごめん!勝手に周囲の人達の手を借りようとして…」


焦ったセラフィは、抱きしめていた腕を離し、必死な顔で謝った。

想定とは違った彼女の反応に、クルエラは一瞬目を瞬くと、小さく吹き出してしまった。



「ふふっ、違う違う。そうじゃなくて、セラフィはいつも私のことを掬い上げてくれるから…自分の感情に気づかないふりして大丈夫って思い込もうとしたのに、貴女はいつもそれをさせてくれない。でも多分…」


途中で言葉を止めたクルエラは、セラフィに向かって笑顔を見せた。



「セラフィなら弱い部分も認めてくれるって思ったから、だから貴女に話したかったんだと思う。そう言ってもらいたくて…少し甘えちゃった…のかも。」


「そんなこと…友達なんだから当たり前でしょ。」


謙遜する言葉を言いかけたが、ギリギリで踏みとどまった。謙遜よりも、自分が言われて嬉しかった言葉を思い出したからだ。



「やっぱりセラフィはずるい!」


へへと笑うクルエラは、バレないように背を向けて滲んだ涙を手で拭った。



「ありがとう、セラフィ。」


クルエラは、翳りのない顔で微笑んだ。






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