カナリアからの罰
「セラフィは本当に可愛くなったと思う。」
「え!?」
いきなり褒めて来たのは、セラフィの斜め向かいに座るクルエラだった。
彼女は手元にある紙の束を仕分けしつつ、うんうんと一人頷いている。
セラフィは、エトハルトに褒められることにはもう慣れたが、他の人に褒められることには全く慣れていない。
テキパキと動かしていた手を止め、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「クルエラ嬢、僕のセラフィを口説くことはやめてくれないかな?これ以上はさすがの僕も見過ごせない。」
「いや、そろそろお前のその言動の方が見過ごせないって…」
キリッとした表情のエトハルトに、疲れた顔のマシューが呆れながらツッコミを入れた。
その様子をうんざりした顔で見ているランティスと、何も気にせず菓子を口に運ぶアザリアの姿もあった。
セラフィ達は放課後、資料室にいた。
長期休暇明け初日からやらかしたエトハルトは、カナリアによって罰を与えられていたのだ。口では勝てないことを学んだ彼女は、物理的な手段を選んできた。
その結果、罰として膨大な量の書類整理を命じられたエトハルト。
それを当たり前のように手伝おうとするセラフィ、そして二人きりは心配だとマシューがアザリアを連れて追いかけ、このメンバーじゃ遊んで終わりだとランティスが跡を追い、セラフィに用事のあったクルエラが巻き込まれた形になった。
広くはない資料室内、椅子は女性陣に譲り、エトハルト達は立ったまま作業を行っている。
「あら、セラフィは元から可愛いわよ。…というより、美人系かしら。」
「ちょっと!アザリアっ!!」
「でも多分、自分に自信がなかっただけなのよね。ランティスもそう思わない?」
「ああ、私もそう思う。」
「おい、ランティスっ!!」
アザリアに釣られてセラフィのことをさらっと褒めてしまったランティス。
血相を変えたマシューが止めに入ったが、一瞬遅かった。
まだ夏の終わりだというのに、一気に室内が冷え込んだ。
エトハルト以外の全員が青い顔で冷気の源と思われる先を見やる。
「ランティス、君はやっぱり…」
まったく目の笑っていないエトハルトはランティスに狙いを定めると、優雅に微笑んだ。
「いや待て、誤解だ。他意はない。」
蛇に睨まれた蛙の如く、顔を上げられず冷や汗を流すランティス。
自業自得とは言え少し可哀想になってきたマシューは助け舟を出すことにした。
「今年の生活発表会は何がいいかな?セラフィ嬢も楽しみだよな?」
唐突すぎる話題の振り方だったが、これにはさすがのセラフィも彼の意図を汲み取ることが出来た。
さっと視線をエトハルトに移す。
「うん、楽しみ。エティは何がいいと思う?また一緒に何か出来たら…すごく嬉しい。」
へへっと恥ずかしそうに微笑むセラフィ。
窓から差し込む西日にエメラルドグリーンの瞳が煌めくと、長いまつ毛を伏せ下を向いた。その頬はほんのわずかに赤らんでいる。
今までは光を失った瞳で下を向くだけだった彼女が放った輝きに、皆息を呑んだ。はっとするほど美しい姿であった。
だが、エトハルトの手前、ここで反応を示したら本気で抹消されかねない。皆面に出さないように必死だ。
「セラフィ…僕も君と一緒なら何でも嬉しい。ああでも出来れば、僕ら以外誰もいない場所で誰にも見せず、君のことを独り占めしたいな。」
「ええとそれは…」
生活発表会とは全く別の話では?と思ったが、あまりに多幸感に満ちた顔をしているエトハルトに言葉を続けることが出来なかった。
「エトハルトの話はともかく、私たちのクラスも早く決めないと。去年は準備にかなり時間を要したからな。」
「ああそうだな。今年で最後だしな。」
「最後なんだね…」
ランティスとマシューの言葉に、クルエラが寂しそうに言葉を続けた。その瞳には僅かに憂いが見えた。
「最後だからこそ、皆で一つのものを成し遂げて良き経験にしよう。」
「うん。私も自分に出来ることを頑張るわ。」
励ましてくれたランティスに向けて、クルエラは両手で拳を作ってみせた。
「問題は、何にするかだよなぁ…」
「セラフィさんは何か案はあるか?」
ランティスに話を振られたセラフィは、顎に手を添えて悩む素振りを見せた。
本当は、夏の終わりから少し考えていたことがあった。だがそれをこの場で言うにはまず外堀を埋めるべきだと思ったセラフィ。彼女は明確な発言を控えることにした。
「まだ…でもちょっとだけ考えてることがあって…もう少しだけ時間をもらいたいんだけど…」
エトハルトは、不安げなセラフィの頭を撫でるとどさくさに紛れて頭のてっぺんにキスをした。
「いっ!!」
びっくりしたセラフィは両手で頭を抑えて勢いよく立ち上がったが、逆にエトハルトに捕獲されてしまった。
ぽすっと彼の胸に収まったセラフィ。すぐに離れたかったが、顔が熱いのが自分でも分かり、そのまま顔を隠すことにした。
「そんなこと…セラフィが望むのならいつまででも待つよ。だから安心して。焦らなくていいから。」
「いや、いつまでもは普通に無理だろ…」
すかさずツッコミを入れて来たマシュー。その声は完全に呆れていた。
「期日は来週中だから、明後日クラスの皆と話そう。もし間に合えば、その時にセラフィ嬢の話も聞かせてくれ。」
「ありがとう。」
ようやく落ち着いたセラフィは、エトハルトの胸から顔を離してお礼を伝えた。
「よし、書類整理も終わったし、そろそろ帰るか。」
最後の書類を片付けたマシューは手を叩いた。
なんだかんだ言いながら、優秀な彼らは与えられた膨大な量の仕事を全て終わらせてしまったのだ。
これでカナリアの目論見はまた外れることとなる。
「エティ、あの…私今日クルエラと少し話をしたくて…」
皆が帰り支度を行う中、セラフィは言いにくそうにエトハルトに話しかけた。
「二人きりで?」
「…うん。」
「いくら何でもそれは…」
二人きりという言葉を聞いた瞬間、あからさまに不機嫌そうな声を出したエトハルト。セラフィとクルエラの二人は不安そうに顔を見合わせた。
「って、いくら何でもそれはお前の方が縛りすぎだ。友達と話すだけだろ。ほら、俺らと一緒に帰るぞ。セラフィ嬢、こいつは俺が責任を持って送るから、後のことは気にするな。帰りは侯爵家の馬車を使うといい。」
「あ、ありがとう。」
「僕はセラフィと一緒に…」
「いいから行くぞ。狭量な男は嫌われる。」
力づくで連れて行かれたエトハルト。
なんだかんだ言いながらも、マシューの言うことには従うことの方が多い。
連れて行かれるエトハルトのことを、セラフィは何とも言えない気持ちで見送った。




