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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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恒例行事


夏季休暇明けの教室は、相変わらず久しぶりの再会を喜ぶ声に溢れ、賑わっていた。



クラスメイト達は皆、今までのように視線を交わしながら親しげな様子で現れたセラフィとエトハルトの二人を見てホッと胸を撫で下ろしていた。


婚約解消の噂を信じていなかったものの、二人の間に距離が出来ていたことには勘づいていたからだ。


だが、安心したのも束の間、今度は今までとの違いに気付いてしまい、困惑していた。



教室に入ってきたエトハルトはセラフィと視線を交わすどころか彼女しか視界に入れていない。自分よりも背の低い彼女の顔を覗き込むような姿勢で前も見ないまま歩いている。


常人なら不恰好な見た目になるであろうその姿も、見た目麗しい彼がやると美しく様になっていた。


そして、そんな彼の手はセラフィの指を絡めとるように繋がれており、二人の指には互いの色の宝石を組み込んだ指輪が光っていた。エトハルトは、愛おしそうにセラフィの指輪を指でそっと撫で付けた。


それで終いかと思いきや今度は、セラフィの髪をそっと耳にかける。

現れた耳には指輪と同じ色のピアスが付いていた。エトハルトも自分の髪を耳にかけ、お揃いであることを見せつけると、セラフィのピアスに優しく触れた。触れた手はそのまますっと頬をひと撫でして、彼女の顔に添える。


そこで彼の手は止まり、シルバーの瞳でセラフィのことをじっと見つめてくる。



「…エティ?」


窺うように見上げたセラフィ。


彼に触れられるのも見つめられるのも嫌ではなかった。むしろ嬉しさを感じる。触れられると温かく優しい気持ちになる、見つめられると心が沸き立つ。恥ずかしさよりも嬉しさが勝る。だがそれは、時と場合による。


こんな教室のど真ん中でやることではない。


恥ずかしさが圧勝したセラフィは、ちょっとそろそろやめて欲しいなという目を向けた。

だがエトハルトが止めることはなく、恍惚とした表情でふっと微笑むと、セラフィの耳を目掛けて唇を寄せて来た。


抗いたいのに、セラフィの身体は動かなかった。やめてと言いたいのに声も出ない。自分の全てを奪われてしまったような感覚だった。唯一動いた瞼をぎゅっと閉じた。彼が近づいてくる感覚が肌で分かる。




「こらっ!!」


マシューが力づくでエトハルトをセラフィから引き剥がした。


朝教室に入った瞬間、異様な空気の要因に気付き、ダッシュでセラフィの救出に向かっていたのだった。



「お前は!なんてことしてんだ!場をわきまえろ!!」


ものすごい剣幕で怒鳴りつけたマシュー。


セラフィから離されたエトハルトは、しれっと彼女の隣に戻り、また手を絡め取って握りしめた。



「だって、セラフィが物欲しそうな目で僕のことを見つめてくるから…」


「え!!?」


「いや、どこからどう見ても困ってただろ…その都合の良い考えは今すぐ捨てろ。さもないと、お前がセラフィ嬢に捨てられるぞ。」


「セラフィ…嫌だった…?」


泣きそうな瞳でセラフィのことを見つめてくるエトハルト。


十中八九、セラフィに肯定させるための作戦だと分かっていたマシューは、エトハルトの足を踏ん付けようとしたが、すいっと避けられてしまった。



「嫌じゃない…けどさすがに、人前ではちょっと…」


セラフィは顔を赤くしながらも、恥ずかしさを堪えて答えた。


期待通りの回答にエトハルトはにっこりと満遍の笑みを向け、マシューは『ああ乗せられちまったよ』と頭を抱えている。



「分かった。じゃあ次は君の部屋で、ね?」


「!!?」


あの日を、あの月明かりの綺麗な夜を思い出してしまったセラフィ。顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまった。

エトハルトは満足そうな顔で微笑むと、固まっている彼女の肩をそっと抱いた。


マシューは、もう勝手にしてくれと思いつつも、明日からはもう少し早く登校しようと決めたのだった。





ホームルームの時間を告げる鐘がなると、カナリアが教室に入って来た。皆、雑談を止めて急いで席に着く。

クラス全員と視線を合わせると、嬉しそうに微笑んだ。



「また元気な皆さんとお会いできて嬉しいわ。今日は去年と同様生活発表会の話をしたいのだけど、その前に課題を提出してもらおうかしら。後ろから前に自分のレポートを回してちょうだい。」


カナリアの言葉を受け、皆ごそごそとカバンからレポートを取り出した。

クラスメイトのほとんどがキャサリン達の婚約パーティーについての考察を記している。


最前列に座っていた者が回収した課題をカナリアに手渡しをする中、エトハルトから受け取ったそれを目にした彼女は固まった。



「エトハルト君…?」


「カナリア先生、何でしょうか?」


にこにこと聞き返したエトハルトとは対照的に、レポート用紙の束を持つカナリアの手は震えている。その束の一番上はエトハルトが書いたものだ。


何だろうと思った数名がカナリアが手にしているその紙を覗き込むと、見事に固まった。



『セラフィがなぜあんなにも愛らしく、僕の心を埋め尽くすほど恋焦がれる存在なのか、婚約パーティーで気付いたことのすべて』


という、今回の課題である「主催者の視点でパーティーに参加し、今後より良いパーティーを開催するための考察を行い、それをまとめてくること」に対し、明後日の方向のタイトルであったためだ。

 



「…後で職員室に来なさい。」


「ええ、喜んで。」


休み明け早々いつものやり取りをするカナリアとエトハルトの二人に、理由の分からない後方の席の生徒達もくすくすと笑いをこぼしていた。





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