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エトハルトの心の内


「は…お前それでその仮初の婚約者相手に大金払ってきたのかよ…」


エトハルトの幼馴染であるマシュー・トートルは、口に運ぼうとしていた茶菓子を落として口に入れ損ねた。


驚きのあまり、開いた口が塞がらないでいる。


そんな彼の正面、エトハルトがいつもの穏やかな笑顔でソファーに腰掛けていた。




学園への入学が直前に迫った今日、エトハルトの婚約話を聞き付けたマシューが彼の邸に押しかけていた。

エトハルトとセラフィの婚約話は貴族の間で徐々に広まりつつある。


そんな彼の突然の訪問はいつものことであり、エトハルトは驚くことなく当たり前のように自室に招き入れ、矢継ぎ早に飛んでくる質問に一切動揺することなく答えていたのだが、そのあまりに突拍子のない話にマシューの方が先に根を上げたのだった。


驚愕の表情で思考停止している幼馴染を尻目に、エトハルトは彼の手土産である有名店のクッキーをニコニコと頬張っている。甘党の彼は、この土産がえらく気に入ったらしい。




「いや、やっぱりおかしい…本当に理解出来ないのだが…お前は、仮初の相手になんでそんな金渡したんだよ。」


「ん?聞いてなかったのかい?マシューから聞いてきたくせに…仕方ないな、もう一度最初から話そうか?」


「そういうことじゃなくて…お前が何をしたかは分かってんだけど、お前がなぜそんなことをしたのかが分からないんだよ…お前、昔から周りに興味ないだろ?なんでその子の話だけ首を突っ込んだんだよ。今までどんな絶世の美女に泣きつかれても首を縦に振らなかったくせに…」


マシューは、足を組み直すと、エトハルトのことを見た。

それは心底疑問に思っているような顔であった。



「あー確かに。そう言われればそうかも。なんであんなことしたんだろう…」


「お前な…」


聞かれた当人がなぜか不思議そうな顔をして考え込み始めた。


いつも頭がキレて人よりも立ち回りが上手く、この容姿に家柄、完璧と思われる幼馴染だったが、自分このこととなるとかなり疎く、いい加減な性格が顔を出す。


下手をしたらマシューよりも適当な性格をしているくせに、それが表に現れないことを不服に感じていたマシューは呆れてため息を吐いた。



「お前が良いなら別に構わないが…興味がないなら変に懐かれるなよ。後で酷い目見るぞ。」


「興味、か…」


何か思い付いたかのように、エトハルトのシルバーの瞳がきらりと輝いた。



「それなら、多少なりあるかも。」

「は!!?」


いきなりの爆弾発言に、マシューは思わず大きな声を出した。


エトハルトは、幼い頃からその身分や容姿のせいで女性に言い寄られることが多く、無意識に異性と距離を取るクセが付いていた。


朗らかに話はするけれど、肝心なことは話さない。拒絶はしないけれど、必要以上に踏み込まない、踏み込ませない。


あんなにモテるのに、わざと一線を引くエトハルトに羨ましさを常に全開にしていたため、今回の興味ある発言には度肝を抜かれたのだ。


マシューは、友の変化が嬉しいような寂しような複雑な気持ちであった。



「僕と、似てると思ったんだ。」


どこか遠い場所をぼんやりと眺めながら、エトハルトは独り言のように言った。

それを聞いたマシューは、なるほどなと納得した顔を見せた。



家柄も良く、高度な教育を受けて育って来たのに、肝心の親からの愛をもらえなかったエトハルト。

そんな彼の境遇を知るマシューは、同じように寂しい思いをしてこれまで生きて来た女の子のことを、なんだかんだ言って優しいこの幼馴染は放って置けなかったのだろうと結論づけた。



「それで人助けのためにか…やり方は無茶苦茶だけど、なんかお前らしいな。」


「初めて見た時、その横顔が寂しさに溢れていて思わず声を掛けてしまったんだ。いつもの自分なら絶対に関わろうとしないのに。で、話してみたら放っておけなくなった。なんか目が離せないというか、常に彼女のことを考えてしまうんだよね。」


「は」


よく分からないと言いながらニコニコ嬉しそうに話し出したエトハルトに、マシューは表情を無くした。



おい、それってつまり…



「ほんと自分でも不思議だと思うよ。彼女が辛い顔をするとこちらまで痛みがするように感じるし、彼女のことを虐げるやつがいたら排除してやりたいって思うんだ。やっぱり、似ているからこんなにも共感して感情を揺れ動かされるのかな?」


ツラツラと話すエトハルトに、マシューは頭を抱えた。

自分自身に疎いやつだとは思っていたが、これほどまでに鈍感なやつだとは思っていなかったのだ。


普段は人一倍、他人の機微に目ざとく、先回りしてそつなく立ち回ってしまう。そのせいもあって、彼の行動に惚れる或いは惚れられていると勘違いする女性が後を絶たないのだ。



「違うと思うぞ。それは…」


言おうと思ったがやめた。

自分から言うのは野暮だし、何より今のエトハルトに言ったとて、正しく理解してもらえると思わなかったからだ。

彼の情緒が育つまで待とう、そう決めた。



「ん?なに?」

「いや、何でもない。」


不思議そうに首を傾げたが、マシューの言葉を聞くとふうんと言ってそれ以上追及することはなかった。

手土産が気に入ったようで、またクッキーを手に取りニコニコ顔で口に放り込んでいる。



「その子も学園に来るんだろ?」

「ああ。」


マシューは、この幼馴染が心惹かれた女の子に興味が湧いた。

それと同時に少し心配でもあった。心優しくてどこか抜けているこの友人が変な女に騙されていないかと。


学園に行ったら、一番に彼女に会わせてもらおうと心に決めた。



「そっか、学園が始まったら毎日セラフィに会えるのか。ふふ、それは楽しそうかも。」


エトハルトは、両手で口元を押さえ、堪えきれない嬉しさに笑みをこぼした。

そんな初めて見る彼の姿に、マシューは盛大にため息を吐いた。



「だから、お前それって…」


「ん??」


「…いや、なんでもない。」


つい口を出したくなるが、今言っても無駄だと思ったマシューは口を閉ざした。


今日はなんとも歯切れの悪い幼馴染に、エトハルトは首を傾げる一方であった。





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