夏季休暇の課題
「おはよう。」
「…おはよう。」
朝着いてすぐの教室でクルエラと目が合ったセラフィは挨拶をしたが、相手の反応はそっけないものであった。
無視されたわけではないが、あまり好意的な印象では無い。
やっぱり何かしてしまったのかもしれないとセラフィは足元に視線を落とした。
そんな二人の様子を、少し離れた場所から口角を上げたキャサリンが眺めていた。
気落ちしそうになった心を無理やり立て直し、自席に着席すると、他のクラスメイトに呼び止められていたエトハルトが戻ってきた。
「セラフィ?どうかした?」
「あ、ううん、何でもないよ。」
なんでいつもエティは気付いちゃうんだろう…
私って、そんなに分かりやすいかな…
気落ちしていることがエトハルトにバレたセラフィは、不思議そうに首を傾げて自分の顔をペタペタと触ってみた。
だが、触ってみたところで、自分が今どんな顔をしているかなど分かるはずもない。
すると、ペタペタと触っていた手をエトハルトに握られてしまった。
「そんなに触ってると赤くなってしまうよ。」
「あ…うん。」
手を握られ、真剣な瞳で覗き込んでくるシルバーの瞳をセラフィは見返すことが出来ず、顔を晒して返事をした。
「…コホンッ、ホームルームを始めても良いかしら?」
いつの間にか教室に入って来ていたカナリア。
わざとらしく咳払いをすると、最前列に座るエトハルトのことを見た。
「おはようございます、カナリア先生。」
エトハルトはカナリアの嗜める視線にびくともせず、にっこりと余裕の笑みを浮かべて挨拶を返した。
手を握られていたところをクラスメイトに見られていたことに気付いたセラフィは、顔を赤くして縮こまっている。
「もうすぐ夏季休暇に入るから、今日は休みの間にやってもらう課題について説明するわ。」
カナリアの言葉を聞くと、教室内は一気にざわついた。
この国の教育機関に置いて、長期休暇に課題を出すというところはほとんどない。学生に与えられる長期休暇は、領地に戻ってのんびり過ごしたり、家の仕事を覚えたり、各々自由に時間を使うことが一般的だ。
そんな中、カナリアの口から課題という言葉が出たため、なんだか面倒そうだなと皆嫌そうな顔をしているのだ。
「ふふふ、そんなに嫌そうな顔をしなくても、皆さんにとって楽しいものだと思うわ。今回の課題はね、お茶会に参加してその感想文を書くことよ。ホスト側でも招待客側でもどちらでも構わないわ。それと、領地に戻る者は、領地で開催してもいいわよ。」
お茶会に参加すればいいというカナリアの言葉に、クラスメイトのほとんどがほっとした顔を見せた。
皆、それなら簡単そうだという顔をしている。
だが、セラフィだけは顔色が悪かった。
自分に合っていない派手なドレス、好奇の視線、陰口に嫌味の数々、そこから逃げ出した情けない自分。
お茶会という言葉に引っ張られて次々と嫌な記憶が蘇っていた。
もっと、人と関わらない課題なら良かったのに…
「セラフィ、僕の家でお茶会を開こう。もちろん招待客は君だけ。」
エトハルトはシルバーの瞳を輝かせて、食い気味にセラフィに提案して来た。
その瞳は、セラフィが頷いてくれることを期待している目だった。
「…それ、良いかも。」
エトハルトの提案に、陰りのあったセラフィの瞳は煌めきを取り戻した。
エトハルトと二人きりでお茶をしている様子を思い浮かべたら、途端に楽しみになる気持ちが込み上げてきたのだ。
「嬉しい。じゃあさっそく家に戻ったら招待状の手配を…」
「エトハルト君、一対一のお茶会はただのデートですからね。」
先走るエトハルトに、カナリアは間髪入れずに釘を刺して来た。
席替えの一件により、エトハルトは彼女の中で要注意人物に認定されてしまっていたのだ。容赦がない。
「やだなぁ、先生。冗談に決まってるじゃないですか。ふふふ。」
誤魔化すように微笑むエトハルトだったが、その目は全く笑っていなかった。余計なことを言って来たカナリアに対して、僅かに恨めしさが混じっているようだ。
そんな彼を見たクラスメイト達は、アレは本気だったのだろうと悟ったのだった。
ホームルームの後は、誰がお茶会を開くのか、誰のお茶会に参加するのか、その話題で持ちきりであった。
クラスメイト、特に女子からの人気が最も高かったのは婚約者のいないランティスだった。
皆、公爵夫人の座を虎視眈々と狙っているようだ。
彼は、色んな女子から遠回しにお茶会のことを聞かれまくっており、放課後には若干やつれていた。
成績の良いマシューも地味に人気であった。手頃で狙い目と言ったところらしい。
彼自身も自分の立ち位置を正確に把握しているため、変に浮かれることはなく、適当に誤魔化して捌いていた。
「なんだか、皆すごいわね…」
「ほんとだね…」
アザリアとセラフィの二人は帰り支度していた手を止め、女子達に捕まっているマシューとランティスの姿を他人事のように眺めていた。
薄情な二人には、彼らのことを助ける素振りなど全くない。
「セラフィさん、ちょっと良いかしら…」
その時、クルエラがセラフィに話しかけてきた。
アザリア以外の女子生徒にこんな風に話しかけられたことのないセラフィは、胸が高鳴った。
まだ何の話かも分からないのに、仲良くなれそうだと思っていた相手に話しかけられ、思わず口元が緩む。
「う、うん。」
口元が緩んだ結果、噛んでしまったセラフィ。
恥ずかしさに顔を赤らめつつ、場所を変えるクルエラについて行った。
「あれ、セラフィは?」
カナリアに呼び出されて軽く注意を受けていたエトハルトが戻ってきた。
アザリアといると思っていたセラフィの姿がなく、焦った顔をしている。
「あそこよ。」
アザリアは腕を組んだまま、教室の奥、窓際の方を顎で示した。
そこには、時折僅かにだが辛そうな顔を見せながら話すクルエラと、彼女とは対照的に笑顔で頷いているセラフィの姿があった。
「あれは…良くないね。」
「そうね…どうしたものか…」
察しの良い二人は、セラフィ達が何を話しているのか、クルエラが何を考えているのか、大体の予想がついていた。
だからこそ、二人ともセラフィには見せたことのない、眉を顰めた険しい顔をしていたのだった。




