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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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努力と結果


この学園では、1年間の前半と後半の2回試験が行われる。


その成績によっては、王宮に仕えることも可能だ。また、場合によっては王宮直轄の研究所に推薦してもらえることもある。

そのため、親から引き継ぐ領地のない嫡男以外の者や実家が裕福ではない者は自身の将来のために必死に勉学に励むのだ。


一方、将来働くことのない女性達にとって自身の成績に価値はなく、どちらかと言うと、結婚相手を見極めるための指標としている。




一週間前に試験を終えたセラフィ達は、人だかりに混じって廊下にいた。


ここにいる者は皆、掲示板に貼られている紙を食い入るように眺めている。ただし、彼一人を除いて。



「順位なんてそんなに気になる?僕はセラフィといられれば何もいらないよ。ねぇ?」


「ええと…どうかな?人によって考え方は色々とあるよね。」


頭の後ろで腕を組みながら興味なさそうな顔をしているエトハルトと、焦ったような顔で周囲の目を気にしているセラフィ。



「お前な…そんなことばかり言ってるといつか刺されるぞ。」


マシューが呆れ顔で言ってきた。


彼が見ている試験の順位表には、学年一位はエトハルトと堂々と書かれている。

決してレベルの低くないこの学園で一位を取っているくせに、それを無意味と言ってくるエトハルトのことを非常に腹立たしく思っていた。


ちなみに、2位はセラフィ、マシューは5位で、アザリアは圏外であった。



男性優位のこの社会では、男性よりも頭が良いことは良しとされない。

本当はもっと勉強が出来る者でも、将来の結婚相手のことを考えてそこそこに振る舞う者も少なくはない。男性も自分よりも頭の良い女性を選ぶことはない。


この国では、賢い女性は嫌厭される傾向にあるのだ。




『まぁ、セラフィさんすごいわね。女性で2位だなんて…将来は研究職にでも就くのかしら。』


『それは素晴らしいわ。きっとご実家の助けになりたいのね。』


『彼女のご実家は家計が苦しいって耳にするものね。ご家族のためにだなんて、とても素敵だけれど、働くのなら婚約者様のことはどのようにするのかしら。』


『本当に。もっと普通の貴族令嬢がお似合いだと思うわよね。』



まただ…



自分の陰口が聞こえた。

この人だかりの中、彼女達はセラフィだけに聞こえるようにヒソヒソと話している。


その声は背後から聞こえるが、後ろを振り向く勇気はない。

それが見知っている顔だったらと思うと、怖さが勝る。


セラフィは俯いた。




「ねぇ、エトハルト様」


その時、近くでアザリアの声が聞こえた。

だが、彼のことを様付けで呼んだことなど一度もないため、人違いかなとセラフィは声のした方に視線を向けた。


そこにいたのは紛れもなくアザリアであった。

彼女は、これまでセラフィに見せたことのない口元だけの淑女の笑みを浮かべていた。



「どんな女性を好ましく思いますの?」


アザリアの問いかけに、周囲にいた女子達の視線が一斉に彼らの方を向いた。

いつもそつなくこなす貴族令嬢達としては、あからさま過ぎる反応であった。

皆、エトハルトの答えが気になるらしい。



「そうだな…」


エトハルトは、顎に手を置いて間を開け、わざと考えるフリをした。

周囲の女子達は固唾を飲んで彼の言葉の続きを待った。辺りは緊張感に包まれている。



「やはり勉強が出来る者は好ましいと思うよ。成績は本人が努力した結果だからね。それをひけらかすことなくいられるなんて、賞賛に値するよ。」


「ふふ、そうですわね。では反対に、苦手な女性はいますの?エトハルト様は皆さんにお優しいように見えますから。」


「他人の努力を馬鹿にするような人は好きになれないね。努力した人間には敬意を払うべきだ。」


「それはそうですわね。努力出来る人は素晴らしいですもの。」


「ふふふ、本当に僕も心からそう思うよ。」


「そのようですわね。ほほほほっ」



エトハルトとアザリアの二人の会話に、女子達は顔を真っ青にしている。これで牽制されたと気付かない者はいない。貴族社会では、笑顔で嫌味を言って相手に分からせることが基本だ。


陰口を言った本人達は逃げるようにその場から走り去って行った。




「あいつら…普段仲良くないくせに、こういう時に結託すると最恐だな…」


ダイヤモンドダストを振り撒くごとく、相手を突き刺すような二人の会話に、聞いていただけのマシューも身体を震わせた。




エトハルトの口撃の甲斐あって先ほどよりも空いた廊下、そこにランティスがやって来た。

人が空いたタイミングを狙って自分の順位を見に来たらしい。


彼は、張り出された順位表を見ると苦い顔をした。だが、彼は3位であり、十分に優秀な成績を収めている。



「おい、エトハルト。」


ランティスは、セラフィの隣にひっついていたエトハルトに声をかけた。

その顔は真剣で、悔しさも混じっていた。



「ん?」


「次は負けないからな。」


エトハルトに向かって宣戦布告をした。

彼に負けたことが、一位を取れなかったことがとてつもなく悔しかったのだ。


公爵家の嫡男として幼い頃から高度な教育を受けて来たランティス。次期公爵として、潰れそうなほどのプレッシャーを与えられ、それでも腐らず努力を続けて来た。

これまで一番でいることが当たり前だった。公爵家は王家に継いで巨大な権力を持つ。人を従える側の人間だと教え込まれて育てられてきた。


それなのに、目の前のいつも飄々としている相手より下だった。その事実が何より許せなかった。



「ええと、何の話?」


「そうやってとぼけていると、足元を掬われるぞ。」


真面目に取り合ってくれないエトハルトに、機嫌を悪くしたランティスは踵を返してその場を去っていた。



「おい、エトハルト。お前もしかして…」


「ん?なに?」


「自分の順位、見てないのか…?」


「うん、見てないよ。」


「お前な…」


去って行ったランティスの気持ちを思うと、マシューはいたたまれなくなった。

アザリアとセラフィの二人も何とも言えない顔をしている。



エトハルトが順位に興味がないことは本当で、彼は嘘はついていない。


だが、セラフィと出会って彼女と話している内に彼女の教養の高さを知ったエトハルト。そして極め付けは授業で披露した流暢な外国語、それで彼女の学識が相当に高いと思った彼は、新たに家庭教師を雇っていたのだ。


セラフィに格好悪いところを見せたくない、ただその一心であった。


そのためだけに、既に終わらせていた高等教育を最初からやり直し、睡眠時間を削って元から高かった学力を更に引き伸ばしていたのだった。




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