また明日
「エティ?」
彼にはしては珍しく真顔で黙っている姿に、セラフィは心配になって声を掛けた。
下から覗き込むように彼の顔を見ると、何も映していないシルバーの瞳と目が合った。
「もしかして、料理じゃない方が良かったかな?私の勝手でごめんね…」
しゅんと肩を落とすセラフィを見て、エトハルトの意識が戻った。
彼女を不安にさせてしまったことに気付き、慌てて笑顔を作り、弁解の言葉を述べた。
「ごめん、セラフィ!少しぼうっとしていただけ。料理、良いと思うよ。僕は何でも器用にこなせるタイプだから、料理も得意だと思うよ?」
エトハルトは言い終わると同時に、セラフィに向かってウインクを飛ばして来た。
いつもの調子のエトハルトに、セラフィはホッと胸を撫で下ろす。
「良かった…エティが嫌だったら嫌だなと思って。エティが嫌なことはしたくないから。」
セラフィは、安堵した表情で淡く微笑んだ。
自分のことを気遣うセラフィの発言に、エトハルトは言葉が出なかった。瞬きも忘れて、数秒間微動だに出来なかった。
たった一言なのに、心が浮き足立つかのように嬉しさを感じてしまった。
先ほどまで抱いていた黒い感情は霧散し、心はモヤが取れたように晴れやかになり、彼は思わず笑みを溢した。
「エトハルトも賛成なら、レクリエーションは料理で決まりだな。今日はもう遅いから、各自皆が作れそうなメニュー考えて案を持ち寄ろう。また明日の放課後でいいか?」
「ああ。」
「うん、分かった。」
「では、また明日。」
ランティスは二人に軽く手を振ると、足早に去って行った。
「また明日、か…」
「ん?どうかした?」
ランティスに言われた言葉を深刻そうな表情で反芻するセラフィ。
そんな彼女のことを、エトハルトはどこか不安そうな顔で見ている。
「なんか、不思議だなと思って…『また明日』って言われることが。アザリア以外に、そんな風に声を掛けてもらえたことなんてないから…少し、嬉しいのかも。」
セラフィは口では嬉しいと言いながらも、どこか寂しそうな顔で微笑んでいた。
誰かと関わることで、自分の孤独を改めて認識してしまったのだ。
エトハルトは、そんな寂しそうな姿に耐えられず、セラフィのことを抱きしめた。何か言葉を掛ける前に勝手に身体が動いてしまった。
「えっ…どうしたの…?エティ…?」
急に抱きしめられたセラフィは、困惑した声を出した。
「セラフィ、僕は毎日君にまた明日って言うよ。また君に会いたいって思うから。おはようだって一番に君に言う。だから、そんな寂しそうな顔をしないで。」
「…そんな寂しそうな顔してた?」
「うん、今もしてる。」
抱きしめているエトハルトにセラフィの顔は見えていないはずなのに、彼ははっきりと即座に断言した。
それがなんだか嬉しくて気恥ずかしくて、セラフィはくすぐったい気持ちを抱いた。
「ありがとう、エティ。それ、すっごく嬉しい。」
エトハルトは、自分の腕の中からセラフィのことを解放すると、彼女の顔と正面から向き合った。
「うん、さっきより元気そう。」
「ふふ、エティのおかげだね。」
「うん、そろそろ僕らも帰ろうか。」
エトハルトはセラフィの手を取り、二人一緒に帰路についた。
***
その日の夜、アザリアはまたセラフィの部屋へと忍び込んでいた。
窓の鍵を開けてくれていたセラフィのおかげで、前回よりもスムーズに部屋に上がることが出来た。
だが、窓から入って来たアザリアにセラフィは怒った顔をしている。
「アザリア!今は学園で会えるんだから、危ないことはしないでよ!」
彼女は怒りながらも、アザリアのために紅茶を淹れて茶菓子をテーブルの上に並べた。
「だって、セラフィはいっつもエトハルトと一緒にいるじゃない!二人きりで話すタイミングが無いのよ。出し抜こうとするとすぐ気取られるし…アレは難敵だわ…」
「え、そんなこと…」
ないと言いたかったが、振り返ってみると、確かにエトハルトと共にいることが多かったと気付いたセラフィ。
誤魔化すように、曖昧な笑顔を浮かべた。
「じゃあ、明日のランチは二人で行きましょ!エトハルトもマシューも抜きよ!分かった?」
「わ、わかりました。」
アザリアの気迫に負け、セラフィは頷いた。
頭の中では、エティになんて言い訳しようか…そんなことを必死に考えていた。
セラフィとのランチを取り付けたアザリアは、満足顔で帰って行った。