新入生研修
放課後、朝カナリアに残るように言われていたセラフィは、エトハルト達とともに教室にいた。
他の生徒達は皆帰宅し、ここにはカナリアと学級委員の三人しかいない。
カナリアは教室に着くなり、一番乗り気でなかったセラフィがいることにホッとして笑顔を見せた。
「集まってくれてありがとう。来月に行われる新入生研修のことは知ってるかしら?」
エトハルトとランティスの二人は軽く頷いて見せ、セラフィは首を横に振った。
カナリアは、セラフィに向けて新人研修についての説明を行ってくれた。
彼女の話によると、新入生研修とは、学園の敷地内にある宿泊棟にて生徒達だけで共同生活を行うというものであった。
この学園に通う生徒達は普段、使用人の手を借りて生活をしている者がほとんどであるため、自分達だけでの生活を体験させるのだ。
その体験を通して、普段の生活のありがたみを知ること、他の生徒達と仲良くなること、それが学園の狙いだ。
今回、宿泊棟に一泊して自分達だけで生活をするということ以外は何も決まっていない。
ここで実際にどんなふうに過ごすのかということを三人に考えてもらいたく、今日この場にセラフィ達が集められたのだった。
「せっかくの機会だから、何か皆が仲良くなれそうなレクリエーションを考えてもらいたいの。自分達で考えたことの方がやる気も出るでしょう?ここに宿泊棟の設備や注意事項に関する資料を置いておくわ。では、宜しく頼むわね。」
言いたいことを言ったカナリアは、三人の返事を待たずに颯爽と教室を出て行ってしまった。
ここから先は、全て自分達で考えろということらしい。
入学して早々、難易度の高い依頼に、セラフィの顔が真っ青になっている。
嘘でしょ…クラスメイトと共同生活だなんて…もうすでに嫌われているのに、どうやって過ごしたらいいの…
そんな中で一日中皆と一緒だなんて耐えられるはずがない。
うぅ…想像しただけで胃が痛い…
私の胃、持つかな…
普通の学園生活を送りたかっただけなのに、なんでこんなに辛いことばかりしなくちゃいけないんだろう。普通に、友達と話して笑って穏やかに過ごしていたかったな…この三年かしか私にはないのに…
はぁ…なるべく穏便に平穏に乗り切る方法を考えなきゃ。
「セラフィ、夜も朝も一緒にいられるなんて、楽しみだね。」
暗い表情をしているセラフィに、エトハルトは明るく声を掛けて来た。
「え?」
「えって、セラフィは楽しみじゃないの?あれもしかして、僕も一緒だって忘れてた?」
「あ、そっか…」
そうだった。
エティもアザリアもマシューも一緒だった。私、ひとりじゃなかった。
全員と仲良くなんて無理だけど、この三人がいてくれれば、なんとかなる、かも…
「部屋は4人部屋が10室か…うちのクラスは、20人だから、2〜4人で相部屋だな。上手くいけば部屋が余るから、どうしても一人部屋が良いと言う者にあてがおう。風呂とトイレは各部屋に付いていて、キッチンは共同か…食材は予め準備しといてくれるらしい。チェックインは、午前中でチェックアウトは翌日の朝、となると丸一日時間があるということか。朝の支度、各食事時間、寝支度、最低限の自由時間を除くと、残るは6〜7時間ってとこか。この時間で何をやるか…何か案のある者はいるか?」
ランティスは、カナリアが置いていった資料に目を通すと、瞬時に状は条件を把握して整理し、要点だけをセラフィとエトハルトの二人に投げかけた。
その処理能力の高さに、二人とも若干引き気味になっている。
「ランティス、君は真面目だなあ。」
「すごいね。まとめてくれてありがとう。」
「いや、そんなことは、ない。」
セラフィに褒められたランティスは、気恥ずかしそうにそっぽを向いた。
そんな彼の反応を見たエトハルトは、ランティスに対して、今にもダイヤモンドダストを撒き散らしそうなほど冷え切った目を向けていた。
「で、何か案は?」
エトハルトの殺気に気付いたランティスは、コホンッと咳払いをすると、平常心を装って話題を戻した。
セラフィに発言を促すように、彼女に視線を向けた。
「ええと…読書、とか?もしくは、部屋の掃除とか。それか、宿題をやる?」
セラフィが必死に頭を悩ませながら出した案は、全て一人で完結するものであった。
「セラフィ、それ全部一人で出来るやつだって!皆で集まっているのに、各自で作業するだなんて…ふはははっ!想像したら物凄く面白いんだけど…ふふふっ」
「だ、だって!他のクラスメイトにどう関わっていいか分からない、し。そもそも、一緒に何かやるって、少し、気が引ける…」
レクリエーションとは思えないセラフィの案に腹を抱えて笑うエトハルトと、恥ずかしそうにしているセラフィ。
そんな二人の様子を見たランティスは、少し思案した後、口を開いた。
「それなら、各人の作業の積み重ねで大成するものはどうだ?例えば…料理とか。どうせ自分達で作らないといけないのなら、そこに時間を割いてレクリエーションにしてしまったらどうだろうか。作業であれば、必要以上に周囲に気を使うこともないだろうし。」
ランティスは、セラフィの不安を汲み取り、それを考慮した提案をしてくれた。
前向きになれない自分に対して咎めることなく配慮を示してくれたランティスに、セラフィは驚いて目を見開いた。
「私の我儘なのに、いいの…?」
自分でもごねている自覚があったセラフィ。
そんな自分のことを気にかけてもらえることが信じられなかった。
やはり何か言われるのではないかと、恐る恐る、自分よりも背の高いランティスの顔を見上げた。
「ああ。せっかくなら全員が楽しめるものがいい。それに、自分の意見を反映出来ることが学級委員である私達の特権だ。だから、気にすることはない。」
ランティスはなんてことのないように言い切ると、セラフィに微笑み掛けた。
ランティスの言葉に、セラフィもホッとしてぎこちない笑顔を返した。
セラフィのためになる話で彼女が喜んでいるにも関わらず、エトハルトの心は晴れなかった。
ランティスがセラフィのためになることをしている、その事実に心がざわついた。
自分がセラフィのことを笑顔にさせたいのに、その役割は自分だけのものであって欲しいのに、いつだって彼女の笑顔は自分だけに向けて欲しいのに…
なのにどうして、自分じゃなくてアイツのことを見ているのか…
そんな黒い感情が込み上げていた。




