第九十九話 結界術師、対面する
第六章 新たな災厄
第九十九話 結界術師、対面する
桜花の兵士達が邪骨大蛇からメルクを取り戻し、帝花に帰って来てから一日が過ぎた。軍の帰還に騒がしかった住人達も、今は静かになっていた。勝利の余韻に浸っている兵士は少なく、勝利の宴会も開いていない。
メルクの奪還に成功したとはいえ、海岸まで退いた邪骨大蛇がいつ襲ってくるかわからないからだ。海岸近くの町の住人は全て退避させており、襲われてもそれほど問題ではない。海岸近くではメルクが帝花に一番近く、そこを死守できればここまで攻められることはないだろう。
「戻りました」
サラへ連絡するためにクルトまで行ってもらっていた兵士が、昼過ぎに戻って来た。無事に彼女へと伝言を伝えることができたようだ。
「それと…フスト王国の近辺にあった砦は、全て襲われてしまったようです」
どうやらサラはヌル達の動向だけでなく、周囲の状況も調べていてくれたらしい。近辺の砦とは、フスト王国の動向を警戒するために作った砦のことだ。桜花が作ったものだが、決して攻めるために建てられたものではない。
フスト王国が軍事国家なので、牽制の意味を込めて建てたのだ。
国境近くにあったため、フスト王国を壊滅させた際に巻き添えで潰されたのだろう。相手は魔物だから国境等は関係ないだろうが、いつ桜花側に攻め入って来てもおかしくないということだ。
フスト王国以外の町はまだ襲われていないようで、少しずつ住民の避難を進めているらしい。戦えない者達を守りながらの移動となるため、かなり遅れているそうだ。魔物に見つからないように、少人数で移動しているのも原因の一つだろう。
普段の魔物ならば町にいる強者が強引に突破できるだろうが、相手は四天王が連れて来た魔物達だ。CランクやBランクの魔物は、誰かを守りながら戦うには分が悪すぎる。
AランクやBランク相当の冒険者が数人いれば話は変わってくるだろうが、桜花の兵士以外ではサラ以外残っていない。
殆どの者が桜花やウェンデルト王国との戦争で亡くなり、無事に生き残った者も移動したフスト王国にいた。その者達も、ヌルが攻めて来た時に殺されたのだろう。
サラも情報を集めるためにかなり動き回っているようだ。詳細を知ることができたのはとても有難いが、今ここで彼女を失うのは困る。安全な範囲で動いてほしいものだ。
「少しいいか?」
「ああ」
王城で兵士に指示を飛ばしていた十兵衛に話しかける。十兵衛は桜花から新たに派遣された隊長だ。雅とは異なり、すらりとした体躯をしている。彼の職業は侍ではなく、拳闘士だった。武道家の上級職で、ユーリアにいたCランク冒険者、カーベインと同じ職業だ。
カーベインも細身だったが、彼にはしっかりとした筋肉があった。だが十兵衛は、拳で戦うような体に見えない。確かに筋肉はあるが、魔術師系の職業の者が少し体を鍛えただけのように見える。
それでも彼は強者だ。見た目とは裏腹に、かなりの圧を持っている。雅と同じか、それ以上だ。
以前俺は、彼はどれほど強いのか黒に尋ねたことがある。強いということは分かるが、それ以上分からなかったからだ。
彼女は、十兵衛は雅よりも強いと告げた。桜花で体術を教える仕事をしていて、何度も勇者パーティーに誘われたほどの実力らしい。強敵を相手にする際は手伝うが、勇者パーティーには参加していなかったそうだ。
雅とは古くからの友人らしく、彼の代わりならばとこちらへやってきたという。これだけの実力者だからこそ、邪骨大蛇を相手にできたのだ。
「チナから何か連絡は来ていないか?」
ウェンデルト王国から俺達に伝えることがあれば、エルフがチナまで伝えに来るだろう。最短で連絡が行き渡っていればそろそろやって来る頃だ。
「何も来ていないな」
「そうか」
何かアクシデントがない限り、すでにウェンデルト王国の王であるエドラスの下まで情報は届いているはずだ。ヌルも邪骨大蛇も神秘の森の北側のことなので、エドラスは関与しない方針を取る可能性もある。
だが、こちらは情報を伝えているのだ。彼がどういう対応を取るにしろ、連絡くらいは寄越すだろう。彼等の援助があれば四天王との戦いもかなり楽になる。
「ヌルという四天王は、本当に放っておいてもいいのだな」
「ああ。連絡があるまでは問題ない」
彼はヌルにも警戒心を高め、兵士を分けようとしていた。俺はそれを止めたのだ。四天王は兵力を分散して勝てるほど甘い敵ではない。
ヌルの動きはサラが探ってくれているので、邪骨大蛇に集中してもらうように頼んでいた。おかげで、未だに邪骨大蛇からの動きはない。向こうもこちらをかなり警戒しているようで、守りを固めているようだった。
邪骨大蛇はメルト奪還時に兵を沢山失ったようなので、魔物などで戦力を補充しているのかもしれない。どちらにしろ、向こうが守りを固めている以上はこちらから攻め入るのは危険だ。俺達は敵の動向を探りながら、付け入る隙を見せないようにしなければならない。
「暇だ」
カリアが俺の後ろで文句を言っている。彼女は帝花に着いて早々に四天王と戦うつもりだったようで、この膠着状態に飽き飽きしているようだった。二年経っても彼女の闘争心は衰えていないようだ。エルフは元々長寿なので、二年という歳月は些細な時間に過ぎなかったのかもしれない。
「僕でよければお相手しますよ」
「相手にならないだろ」
彼女はフランの言葉をあっさりと切り捨てた。動けるようになったとはいえ、片手でカリアの相手をできるほどではない。彼もそれはわかっているようで、肩をすくめるだけだった。
俺達はフランという大きな戦力を失ってしまった。彼の実力ならば、片手でもCランク程度の魔物を倒すことはできるだろう。だが、以前のように集団に突っ込むような無茶な戦い方はできない。強敵と戦うとなっても、確実に苦戦する。
自力で特殊な戦闘スタイルを編み出した彼だ。片腕になっても、新たな戦い方を編み出して力を取り戻すことだろう。
それでも、今の彼には時間が必要である。四天王が相手だとわかっている以上は、一緒に戦うことはできない。
「まあ、フランの分は私が活躍するわよ」
カトレアがそう言って、カリアの下へと歩み寄っていく。二人で少し話した後、武器を手に取って外へ出て行った。フランの代わりに、彼女が相手をすることで決まったようだ。
カトレアの職業は破戒僧である。彼女もかなり腕が立つが、戦士系の職業であるフランと比べると少し見劣りしていた。邪骨大蛇との戦闘でも、聖属性の魔法が効かない以上、回復魔法を使える彼女が援護に回るのは仕方のないことだ。
それでもフラン一人に強敵である邪骨大蛇を任せてしまったことが気になっているのだろう。二人で戦っていれば、彼は片腕を失わずに済んだ可能性はある。だが、それだと多くの命が失われることとなっただろう。
俺はそれでも構わない。仲間を失う可能性がある以上、そちらを選んだ可能性が高い。彼は違ったのだ。皆を守ることを優先した。自分達の力ならば、守り切れると思ったのだろう。
実際に危機的な状況に陥っていたメルクは、数人の死者を出しただけに留まっている。
「何だ!?」
外から兵士が叫ぶ声が聞こえた。何かあったのだろう。すぐに声の場所へと向かう。
「何があった!」
「わかりません。突然空から!!」
十兵衛の質問に、彼は慌てていて上手く説明ができないようだ。彼が指を指している方向を見ると、大きな骨が地面に突き刺さっていた。
その骨からは嫌な気配が漂っている。
「邪骨大蛇…」
十兵衛が苦い表情をしながら呟く。
「まだ来る!」
俺は慌てて空中に結界を張る。そこに三本の骨が落ちてきた。そしてそれらは形を変え、四体の骨の魔物へと変化する。
蟷螂のような姿をしていて、聞いていた邪骨大蛇の姿とは大きく異なる。それでもその魔物が振り撒く瘴気はとても濃く、邪骨大蛇であると確信が持てた。
「まさか、こんな芸当ができるとは…。だが、奇襲するタイミングを間違えたようだな」
十兵衛が拳を構えると同時に、俺達も武器を構える。ここには十兵衛以外にカリア達もいる。全員が揃っている時に奇襲をするとは…。確かにタイミングが悪かったようだ。




