第九十八話 結界術師、進化を見る
第六章 新たな災厄
第九十八話 結界術師、進化を見る
「カリア達が里を出ました。ウェンデルト王国の方にもエルフが一人向かったので、直に知らせが届くでしょう」
「ありがとう。助かったよ」
「いえいえ…私も暇なので、これくらいはいたしますよ」
それだけ言うと、光の玉は再びサーシャが持つ鞄の中へと潜り込んだ。現在は宿の一室にいる。早朝になってすぐ、精霊が姿を見せたのだ。姿と言っても、ただの光の玉なのだが…。
カリア達は陽が上ってすぐに里を出たようだ。神秘の森を抜けるまでは自分の足で歩くしかない。さらにチナへ到着したとしても、フスト王国の跡にはヌルが率いる魔物の群れが滞在している。馬で移動するにしろ、安全を考えて迂回するしかないだろう。
どれだけ最短でも二日は掛かる計算になる。その間に、俺達は自分のできることをするしかない。それに、サラとも連絡を取る必要があった。
彼女にはクルトへ向かってもらった。フスト王国跡に滞在するヌルの軍勢の動向を探るためだ。動き出したら報告してもらうつもりだったが、彼女は俺達が帝花へ来ていることを知らない。ナディス村へ一度戻ってからこちらへ来ては、かなりの時間を無駄にしてしまう。
邪骨大蛇という魔王軍四天王が現れた以上、帝花を離れる訳にはいかなくなった。ヌルがこちらへ進軍してくる可能性もあるからだ。
桜花はメルト奪還にかなりの戦力を導入している。こちらを攻められると、守りきることはできないだろう。それに、ナディス村より帝花の方がフスト王国に近い。ここならばどちらにも対応できる。
そのため、どうにかして俺達が帝花にいることを伝えなければならない。
「…どうするか」
「どうしました?」
そう悩んでいると、突然声をかけられた。
「お前は…」
「覚えてますか?」
覚えている。彼は前線に魔王軍の幹部が攻めて来た際に、怪我を負いながらも助かった者だ。他の者達が死んでしまったため、生き残った彼は特に印象に残っていた。
「クロウさんの役に立ちたくて、泊まっている宿を探して回ったのです」
俺達がこの宿へやってきたのは偶然だ。いつもならばサラにお勧めされた獣人が経営する宿屋、メルクハムルに泊まるのだが、今回は満室だった。帝花と名前が変わって以降、特に亜人とのわだかまりが減ったためだ。
そのため、別の宿屋を探してこの宿に辿り着いたのである。咄嗟に変更したため、時間が遅くなってしまった。
俺達を探したということは、それ以降の時間に動き回っていたということになる。本当にご苦労なことだ。
彼はデルダを討伐して新たな人員が来た後に、兵士を辞めていたらしい。自分の力の無さを実感し、裏方へ回ることを決意したとか。
今は他の町の店で警備をしているという。兵士とは別に、自分達の店を守るために雇っているのだ。彼は前線に配置されるだけの力はあった。店をの安全を任せるには丁度いい強さなのかもしれない。
「クルトにですか?」
「ああ。任せてもいいか?」
「はい! 任せてください!!」
とてもいい返事だ。俺達の役に立てることを喜び、興奮しているのが分かる。以前の、俺達の役に立ちたくて仕方がなかったサーシャのようだ。
彼にはクルトへ向かい、サラに俺達が帝花に滞在していることを伝えてほしいと告げた。フスト王国が近いので危険はあるが、彼はそれを分かっていて任せてと言ったのだ。それならば、俺も任せるしかない。
夜通し兵を招集したりと準備をしていたのであろう。早朝だというのに、桜花の兵士が隊列を組んで門の前に集まっていた。
「相手は邪骨大蛇だ! 魔王軍四天王の中でも、特に厄介な相手である!」
メルトへ向かう前に、隊長が兵を鼓舞しているのだろう。その声が宿にまで聞こえてくる。
「行くぞ!!」
「「「おう!!!」」」
隊長の声に、兵士が答える。他の町等の警備もあるため、桜花の兵士は五百近くしか集まっていない。それでも、彼等の雄叫びは大地を揺らすほどであった。
桜花の兵士の士気はかなり高いようだ。銃の弾などもかなり持っていくようで、物資を運ぶための部隊もいる。彼等は馬車で移動するようで、歩兵の後ろでゆっくりと進んでいた。
「俺達はサラからの報告を待つ。後は桜花の者達の頑張りによって、臨機応変に対応することになるだろう」
「はい」
俺の言葉に、サーシャは愛用の短槍を握りしめて頷く。桜花の兵士がどれだけ善戦するかによっては、俺達が支援に向かうことも考えるべきだ。邪骨大蛇を倒せるチャンスがあるならば、その機会に倒しておきたい。
もし彼等が邪骨大蛇を倒すことができたならば、共にヌルの討伐に向かってもいい。ただし、これは兵士の消耗次第だが…。
何にしても四天王と戦うならばカリア達の到着を待つ方がいいだろう。ハイエルフの魔法を使えるようになった彼女は、前の比ではないくらいに強くなっている。
そして俺達は、カリア達の到着を待ちながら二日の時を過ごした。
城下町に残っていた桜花の兵士に連れられ、カリア達が宿へとやって来る。ようやく戦力が揃った。フランは動けるようになったが、四天王との戦いに参加できる程ではない。
リハビリと言いながら残った右手だけで戦う特訓をしているが、やはり一筋縄ではいかないようだ。
精霊からある程度の状況は聞いているだろうが、一度詳細に説明する必要があるだろう。
「皆が帰って来たぞ!!」
唐突に門番をしていた兵士の声が、城下町に響き渡る。説明しようとしていた俺は、一度言葉を飲み込んだ。
「帰って来たらしいぞ!」
「見に行くぞ!!」
町の住人がそれを聞き、さらに町の中に浸透していく。門番が城へ伝える前に、すでに王城に残っていた者達が町へと出てきている。住人達の声が伝播していき、城まで届いたのであろう。
「帰って来たということは勝ったのか?」
「見に行った方が早いだろう」
俺の疑問に、カリアが淡々と答える。
「そうだな」
俺達は住人が集まっているところを避け、門へと近付いていく。
「凄い人の数だな」
門の目の前にはかなりの数の人が集まっていた。ここから先に進むには、この集団を掻き分けて進む必要がある。
「退いてくれ!!!」
王城にいた者達が到着したようだ。住人達を必死に掻き分け、門の前まで進んでいく。帰って来たと報告があったが、まだ門は開かない。
あれだけの兵士がメルク奪還に参加していたのだ。恐らく見張りの者が遠くにいた軍にいち早く気付き、報告したのだろう。到着にはもう少し時間が掛かるはずだ。
「足音だ」
「帰って来たぞ!」
しばらくすると歩兵の足音や、鎧の放つ金属音が聞こえてきた。そして、門がゆっくりと開いていく。そこにはボロボロではあるが、嬉しそうな表情を浮かべた兵士達の姿があった。
「帰って来た!」
「勝ったのか?」
「勝ったに決まっているだろう!!!」
軍の姿を見て、周囲が一気に騒ぎ始める。だが、隊長が前に出てくると瞬時に静かになった。誰もが緊張した面持ちを見せ、彼からの報告を待つ。彼は少し間をおいてから、口を開いた。
「メルクを取り戻したぞ!!」
「「「うぉぉぉぉぉ!!!」」」
住人も兵士も関係なく、皆が勝利に喜ぶ声を上げる。
「落ち着け! 邪骨大蛇を追い出すことには成功したが、倒すには至らなかった。まだ油断はできな状態だ」
彼は状況を少しずつ説明していく。
動く屍は死体から生まれるため、まともに戦っては相手の数を増やすだけだ。なので、彼等は遠距離からの銃撃で対抗したらしい。
自らの兵をかなり削られた邪骨大蛇は一度町を離れ、残った兵を引き連れて海岸の方へ向かったという。メルクには現在、副隊長等の戦力を置いて警戒しているようだ。
五百近くいる兵士からの一斉遠距離攻撃だ。あっという間に動く屍は数を減らしたことだろう。邪骨大蛇も前に出て暴れていたらしいが、隊長や副隊長等の能力の高い者達が押さえたらしい。
長時間の戦闘で桜花の軍も疲弊していたので、追い駆けることはしなかったようだ。相手はスタミナという概念のない者達である。深追いすれば、手痛い反撃を受ける可能性もあった。
倒し切れなかったとはいえ、数人の犠牲で四天王に勝てるほどの戦力に桜花はいつの間にかなっていたようだ。




