第七十一話 結果術師、攻め込む
第四章 桜花
第七十一話 結果術師、攻め込む
俺が向かうと、魔物の群れをカリア達が押し返し始めていた。群れに囲まれていた兵士は、何とか生き延びている。しかし、彼が起き上がることはない。
かなり重傷のようでカトレアが回復魔法を掛けているが、一向に治る気配はなかった。彼女は回復魔法を使えるが、彼女の職業である破壊僧は戦える僧侶のような職業である。彼女の回復力は、上級職にしては少し低い。命を繋ぎとめるのが精一杯のようである。
戦闘狂である彼女は魔物と戦いたいだろうが、我慢して回復魔法を掛け続けてくれていた。
フランは魔物の群れの中で、縦横無尽に駆け回っている。魔物の動きを掻き乱しながら、確実に魔物の数を減らしていた。どうやら、この魔物の群れ自体はそれほど強くないらしい。すぐに彼の攻撃速度は最高速度に達し、誰にも止められなくなっていた。
カリアが数を減らした群れへと襲い掛かる。彼女はすでに剣へ魔法を付与しており、雷を刃から迸らせていた。
彼女の魔法は、付与する属性によって効果が変わる。炎なら攻撃力、風なら速度、雷なら範囲攻撃といったように、それぞれ得意なことが変わってくるのだ。群れとの戦闘では、彼女はいつも雷の付与を行っていた。
フランが数を減らしたところへ襲い掛かるため、範囲攻撃をしている彼女が魔物に囲まれることはない。そのため支援に回るのではなく、俺も攻撃に加わっていた。
敵の数が多いため、剣に結界を纏わせて刃を大剣サイズにする。結界はそれほど質量がない。なので、大剣ほど重くはないのである。
俺でも簡単に振れるので、魔物に向けて何度も振るう。簡単に魔物が吹き飛んで行く。幹部が強かっただけで、他の魔物がそれほど強くないということに救われた。
幹部が強さよりも特殊な能力で戦う者だったため、数で攻める作戦だったようだ。確かに彼の能力は、単純な強さだけでは対処できなかっただろう。
「くっ」
幹部に倒された兵士の一人が目を覚ます。しかし起き上がれないようで、頭を押さえて呻いている。戦いながら思っていたが、やはり骨の拳で殴って昏倒させていただけのようだ。気を失っている間に、魔物の群れに襲わせる作戦だったのだろう。
彼の骨は確かに硬く、比較的柔らかい胸骨ですら剣で切断することができなった。結界を纏わせてようやく砕くことができたのだ。あれだけ硬ければ、それだけで十分に凶器となり得る。
「…報告しに行かなくては」
どうやら、気絶する前の状況を思い出したらしい。立ち上がろうとしているが、思うように体が動かないようだ。足に力が入っておらず、一向に立ち上がる様子はない。
「うっ」
「頭が…」
さらに二人の兵士が目を覚ました。これで目を覚ましていない兵士は、最初に吹き飛ばされた二人だけだ。
「おとなしくしていろ。すでに、報告には向かっている」
「かたじけない」
俺の言葉を聞き、彼等は少し安心したような表情を浮かべる。それはそうだろう。このレベルの魔物の群れの奇襲ならば問題ないだろうが、幹部が現れたことは問題だ。いくら彼等が精鋭部隊といえ、流石にこの数で幹部も同時に相手にするのは難しい。
対応策を考えなければ、今回みたいに前線は一瞬で崩壊させられてしまうだろう。
「これで最後だな」
カリアがそう言いながら、剣に付いた血を拭った。俺の剣は常に結界を纏わせていたので、血で汚れることはない。鞘に納め、他の兵士の様子を見に行く。
助かったのは重傷者一名を含め、四人だけだったようだ。最初に吹き飛ばされた二人は、打ち所が悪かった。特に最初の一人は、無防備な状態で吹き飛ばされたのだ。俺が見に行った時には、すでに亡くなっていた。
カトレアの回復魔法で治療された三人が、重傷の兵士の治療を行っている。彼女のおかげで峠は越えており、取り敢えずは回復魔法を掛け続ける必要がなくなったのだ。
「お前達! 大丈夫か!?」
馬の駆ける音と共に、野太い声が聞こえてきた。この声は、会議で叫んでいた男の声だろう。
「どうやら、何とか退けたようだな…。よく頑張ったな」
彼の方を見た兵士に、彼は労いの言葉を掛ける。
「お前達もだ」
周囲を見渡し重傷者と二つの死体を目に入れた彼は、黙祷した後小さな声でそう呟く。周囲を見てすぐに状況を理解する辺りは、副隊長を目指しているだけのことはある。上に立つ者の能力を、その行動で感じた。
「クロウ! 大丈夫ですか?」
彼の後ろから、数名の兵士とサーシャが来た。その数名の兵士の中には、もう一人の副隊長候補がいない。彼女はどうやら、集落の方を厳重に警備しているようだ。確かに、幹部が一人で襲ってきたとは限らない。
こちらは揺動で、別部隊が集落へと向かっている可能性は十分にあった。俺達はこの奇襲に対応するのに必死で、他の部隊を警戒する余裕はなかったのだ。
「クロウ殿、感謝する」
彼がこちらに向かって頭を下げる。それに倣い、他の兵士も頭を下げた。
「気にするな」
俺は自分の仲間を守るために戦っただけだ。そして実際に、仲間の安全を優先させてもらった。あの時は敵の能力が分からなかったので、近付こうとしなかった。
もしあの時俺が近付いていれば認識できたので、彼が殺されることはなかっただろう。結果的に他の兵士を助けた形にはなったが、二人目に吹き飛ばされた兵士は見殺しにしたとも言える。
「俺は六助という。今から集落に来てくれないか?」
彼の言葉に、俺は頷いて返す。連れて来た兵士の内、三人が前線に残るようだ。ここに見張りを置かなくては、簡単に集落を襲われてしまう。助かった三人の兵士も、ここに残るらしい。
俺は馬に乗り、男と一緒に集落へと向かった。
「今から緊急会議を始める」
俺が集落へ戻って来ると、すぐに六助の号令で会議が開始される。副隊長候補の女性の方もすでに椅子に座っていた。
辺りはシンと静まり、異様な緊張感に包まれている。理由は明白だ。この会議は、幹部が突如襲ってきたことによるものだからだ。この会議に出席している者は皆、前線で何があったか知っている。そのため、とても重要な会議であることを理解しているのだ。
「前線に、魔王軍の幹部が突如現れた。幸い、それ以降魔物が現れていないが、死傷者を出してしまった」
ゴクリと唾を飲み込む音が、会議室内に響く。誰も話そうとはしない。
「すでに隊長の下には、詳細を伝えに伝令を送ってある」
「全力で急がせているので、今夜にでも帰って来ると思います」
今日中に帰って来るとは、とても速い。確かに走るのが得意な馬ならば、急げば今日中に帰って来れるかもしれない。しかし、それは最速での話だ。つまり、かなり馬に無茶をさせる必要がある。馬を休ませずに走らせ続け、帰りは別の馬に無茶をさせる必要があるだろう。
「今日は決議を取りたいと思う。内容は、魔王領にこちらから攻め入るかどうかだ。幹部が突然現れたのは、恐らく魔王軍四天王が原因だろう。俺達から攻め入り、これを討つ」
「私達だけでか?」
「伝令には、俺達が攻め入るかもしれないということも伝えるように言ってある。つまり、隊長も来てくれるはずだ」
一拍置き、彼は周囲の者達を見る。
「幹部まで現れるようになっては、前線はいつまでも維持できない。それならば、こちらから攻めるしかないだろう。さて、お前達に問う。隊長が来たら、すぐに攻め入るか否かだ」
「一応私が補足しておこう。今から隊長が来るまで準備をしても、最低限の準備しかできないだろう。それでは十分ではない。それでも、攻め入るかだ」
女性がそう告げると、皆が一斉に雄たけびを上げた。攻め入ることに賛成ということだ。今回は女性がも賛成に回ったことにより、誰も反対する者がいなかった。
奇しくも幹部が攻めて来たことにより、集落の皆の気持ちが一つになったようだ。すぐに会議は終了となり、兵士が準備のために奔走する。
こうして俺達は雅の到着を待って、魔王領へと攻め入ることに決まった。




