第四十六話 結界術師、戦争準備を始める
第三章 歪んだ国
第四十六話 結界術師、戦争準備を始める
チナの周辺を調査するために向かったフランだったが、深夜になっても帰って来ることはなかった。俺達は神殿跡地内に結界を張り、その中で一夜を過ごす。ここは強力な魔物が多数死んだ場所だ。誰も掃除をしていないため、血の臭いや赤い染みが未だに残っている。
正直に言って、かなり不快で眠り難い。カリアは寝ることを諦めているようで、剣の素振りをしていた。サーシャが眠たそうにしていたので、気を使って静かに振っている。カトレアは血の臭い等も気にならないようで、すでに眠りについていた。
「酷い臭い」
ミリアもこの臭いに耐えられないようだ。鼻を塞ぎながら鞄から出て、血のこびり付いた地面からできるだけ離れようとしていた。
「何?」
周囲を見渡して、何があったのかを尋ねてくる。壁や床が大きく削れていたり、焼け焦げていたりする。そのため、何があったのか気になったのだろう。彼女は俺がここで事件に巻き込まれたことを知らない。
フスト王国にいたことは知っているので、何となく言っただけだろう。
「ここでチナの冒険者達が、勇者パーティーと共に魔王の四天王と戦ったんだよ」
ミリアに、神殿跡地で起きた事件の詳細な情報得を伝えていく。
「ぐう~、ぐう~」
明らかに作られているとわかるほど下手な寝息が、カトレアの寝ている寝袋の方から聞こえてくる。とても下手で分かり易い演技だ。彼女も俺の言葉に聞き耳を立てているのだろう。
「それで俺は神秘の森を抜けて、ウェンデルト王国に行ったんだよ」
冒険者としてパーティーを組んでいたカイとイラのことを省いて、ウェンデルト王国に到着するまでの話を伝え終えた。
カトレアは顔が逆の方を向いているため表情が分からないが、ミリアは勇者の鬼畜っぷりを聞いて怒りの表情を浮かべている。いつも無表情なことが多い彼女にしては、ここまで感情を表に出すのは珍しい。
カリアはすでに知っていた情報だが、空気を読んで手を止めていてくれたようだ。俺が話し終えると先ほどよりも強く、空気の切り裂かれる音が聞こえてきた。素振りを再開したのだろう。
「どうしたんだ?」
サーシャが無言で俺の寝袋に入ってきた。俺の胸に自分の頭を押し付けてくる。そういえば、前もこのようなことがあったな。彼女なりに、俺を励まそうとしてくれているのだ。彼女の頭を撫でながら目を閉じる。
毛がふさふさな彼女の頭を撫でていると、睡魔が襲ってくる。だが眠気が襲ってくる度に異臭が鼻を突き、俺の睡眠を妨害してきた。
「すぅ」
俺の胸元から微かな寝息が聞こえてくる。彼女はすでに眠たそうにしていたので、寝てしまったようだ。
カトレアも眠ったようで、下手だった寝息は聞こえなくなっている。そう言えば、彼女が特訓をしているところを見たことがない。それはフランも同様だ。
訓練を欠かさないカリアと違い、二人は特訓をしなくてもあれだけの技を持っているのだろう。戦闘狂なところといい、戦闘に関しては根っからの天才気質なのだろう。
「ありがと」
ミリアも寝袋に潜り込んできて、それだけ呟いた。今のは話してくれたことに対するお礼だろう。
彼女も俺を励ましてくれているのだと思ったが、俺とサーシャの間に潜り込み、鼻をサーシャへと擦り付けている。どうやら、臭いを誤魔化すために俺達の間に入り込んだだけらしい。
「お待たせしました」
フランが帰ってきた。朝日が昇ろうとしているようで、周囲が少し明るくなり始めている。彼は夜通し調査をしてくれていたのだろう。
彼の言葉に、カトレアが起き始めた。カリアは寝ていないようで、すでに彼の側に立っている。俺は長時間寝れなかったが、知らない内に眠っていたようだ。彼女は流石に、一日中素振りをしていた訳ではない。俺が寝る前には、すでに素振りを終えていたのを覚えている。
「どうだった?」
俺が起き上がると、ミリアが寝袋から這い出してきた。サーシャに抱き着かれていた彼女はもみくちゃにされていたようで、羽や髪がよれよれになっている。
「帰ってきたのですか?」
目を擦りながら、サーシャがようやく立ち上がる。
「お待たせしてしまったようで、申し訳ない。夜の方が動き易いもので」
サーシャに対して、笑顔を浮かべながら言う。どうやら、暗くなるのを待ってから行動していたようだ。そのため、余計に遅くなってしまったのだろう
「少なからず、町に兵士はいましたよ。南に進行するという話もしていました。戦争するというのは本当のことらしいですね」
「…そうか」
当たってほしくない予想だったが、どうやら本当のことだったらしい。直ちにウェンデルト王国へ戻って、この情報を伝えなければならない。
御者を務めてた兵士は、ソルトにまだ滞在しているだろう。彼は、一週間は町で待つと言っていた。一週間後に戻って来ていなかったら、依頼を達成できずにフスト王国に捕まったこととなるらしい。あまり悠長にできない状況なので、一週間は妥当な期間だろう。
ソルトへ行くと、馬車で王都まで送ってくれる。それが一番楽だろう。
「王都へと早く戻りましょ」
カトレアが待ち切れないというように、目をキラキラさせている。戦争の準備をしているというのが相当嬉しかったようで、とても楽しみにしているようだ。
「少しは休ませて下さいよ…」
フランが彼女に休ませろと文句を言っている。彼が彼女に文句を言っている姿は初めて見た。睡眠を取らずに町へ侵入するという、神経を使う行動をしていたのだ。いくら彼といえども、相当疲労したのだろう。
「神秘の森までは頑張ってくれ」
すぐにでも休息を取らせてやりたいが、この場にずっと留まりたくはない。いつまでもここにいると、異臭で頭がおかしくなってしまう。
「確かに…ここにいるのはあまりよろしくないようですね」
鼻を押さえたサーシャを見て言う。彼女は犬獣人なので、人間よりも嗅覚が鋭いのだ。それ以前に、子供のサーシャがいつまでも血の臭いがする場所にいるのは教育上よくない。
周囲を警戒しながら、神秘の森まで戻る。半ばまで辿り着いたところで、結界で俺達の周囲を覆う。
「ありがとうございます」
フランが座り込み、目を閉じて休息を取り始める。眠っていはいないようだが、これで休憩が取れるのならば問題ないだろう。
「あまり遠くに行くなよ」
カトレアがカリアと共に、魔物を探しに出かけて行った。時々強い魔物がいるので、見つかれば彼女達にとっては御の字だろう。強いと言っても、Dランクの魔物であるホブゴブリン程度だが…。
サーシャは二人に付いてはいかずに、こちらへと残ることにしたようだ。彼女がカリアのように戦闘狂にならなくて、本当によかったと思う。真剣な表情をして、周囲の警戒をしてくれている。フランが疲れて休んでいるため、自分が頑張らないとと思っているのだ。
「そろそろ休憩は終わった?」
「はい」
数分でカリア達が帰ってきた。返り血を浴びていることから、何かしらの魔物を狩ってきたのはわかる。
移動の準備を済ませ、神秘の森を歩いて行く。やはりミリアの認識阻害の魔法のおかげで、魔物との戦闘を一切行わずに進むことができた。
休息を取ったのでソルトへ辿り着けるのは夜になるだろうと考えていたが、陽が沈む前に辿り着くことができた。
「無事に帰ってきましたか。お疲れ様でした」
帰ってすぐ、御者の兵士に俺達が帰ったことを伝える。
「本日はお疲れでしょうから、出発は明日にいたしましょう」
俺達は、兵士が慌てて用意した宿に泊まることとなった。早朝に出発するようなので、早く寝ることにする。やはりフランは疲労が溜まっていたようで、すぐに眠っていた。
「それでは出発いたします」
「頼む」
御者が馬車を動かし始める。
帰って来た時には分からなかったが、知らない冒険者達が町中に増えている。すでに王は、戦争の準備を始めているようだ。
この冒険者達は王の命によって集められた、Cランク以上の冒険者達なのだろう。まだ俺達が掴んだ情報伝えていないはずなのだが…。戦争がなければ、集めた冒険者達をどうしたのだろうか?
こうして俺達は、着々とフスト王国の迎撃準備を進めていくのだった。




