第三十六話 結界術師、町へと戻る
第二章 商人の町ユーリア
第三十六話 結界術師、町へと戻る
「完全にロックオンされてるな」
翼竜がこちらへと、一直線に突っ込んでくる。上空にいる翼竜の姿を確認した馬は、恐怖のあまり暴れ始めた。
「ガアアアアア」
「くっ!」
「来るな!」
「逃げろ!」
「ヤバいぞ!」
御者のおじさんが必死に馬を安心させ、制御を取り戻そうとしているが、奴の咆哮がそれを許さない。馬車が動きそうにないのを確認すると、冒険者達は我先にと逃げ始めた。
彼等は所詮、安くで雇われたEランク冒険者だ。命を賭して戦ったところで、数秒と持たないだろう。それでは、馬車を逃がすための時間稼ぎにすらならない。
依頼を途中で放り出すと、ギルドからの自身の冒険者としての信頼が失われてしまう。だが、命には代えられない。彼等の判断は正しいと言える。
「馬車は捨てろ!」
冒険者の一人が、去り際にそう叫んだ。その声を聞き、おじさんは心苦しそうに馬車を捨てて走っていく。ついでに馬を馬車から離していた。
馬が逃げ延びる可能性もあるし、そちらを翼竜が追いかけてくれたら時間稼ぎにもなる。囮としての使い方だが、襲ってくれれば効果はかなり高い。
馬車の代金は自分で持つ必要がある。なので、おじさんは馬車を捨てるのを躊躇ったのだ。これは護衛を雇う金をケチったのが原因なので、自業自得といっても過言ではない。
「グルル…グラァ!」
翼竜が一瞬走り去っていく馬を見たが、すぐにこちらへと向き直った。どうやら、狙いはこちららしい。
俺達の上を素通りし、先に逃げていた冒険者へと襲い掛かる。
「来たぞ!」
「うわぁ!?」
「嫌だっ」
一人突撃と同時に食べられ、一人が踏み潰され、一人が翼で打ち据えられた。翼で打たれた者は、数メートル飛ばされている。体を強打したようで、動けないでいた。
それを確認した翼竜が、足元の死体を貪り始める。次に狙われるのは、数メートル先で地面に倒れている彼だろう。
「助けてくれ!」
立てない彼が必死に助けを求めるが、御者のおじさんはできるだけ翼竜から離れるように走っていく。馬車に取り残された女の子と俺達は、翼竜を視界に収めながら離れ始めた。俺達の場合は無理に走って逃げるよりも、結界の中で翼竜が諦めるのを待った方がいいかもしれない。
偶然にもカリア達が食料を大量に用意していたため、結界の中に数日籠城するくらいは問題ない。こちらには恐怖で足が竦んでいる女の子がいるのだ。翼竜から走って逃げ切ることはできないだろう。
倒れていた男が、翼竜の腹の中へと納まる。
次はどちらに来るかというと、やはりこちらへと来た。人数がいるし、食べやすい女の子がいるからだ。
翼竜が一度上空まで飛び、そこからこちらへ向かって急降下してくる。普通に飛んでくるよりも、そちらの方が速度が出る。こちらとしても、真上から襲われる方が反撃し難い。
この翼竜は戦い方がよくわかっている。長く生きている個体なのかもしれない。
「グギャァァァァ!!」
「きゃっ!?」
結界に阻まれ、翼竜が怒りの咆哮を上げる。何度も攻撃を仕掛けてくるが、魔王軍幹部のスラウのように高火力の一撃を持ったスキルを使ってくる訳でもない。翼竜は身体能力が高いだけで、スキル等は持っていない。それなのにBランクなので、身体能力は相当高いのだが。
破られる不安もなく、数度の攻撃によって結界が傷ついたら、その都度張り直せばいい。結界の貼り直しも急ぐ必要がなく、安全に中で過ごすことができる。
女の子は攻撃してくる翼竜の迫力に、何度も悲鳴を上げている。涙を流しながら、翼竜からできるだけ遠ざかろうとしていた。
「大丈夫です」
「ふぇ…」
「クロウとカリアがいれば、大丈夫なのです」
女の子を励まそうと、サーシャが声をかけている。翼竜はようやく攻撃してても無駄だと気付いたのか、今では攻撃を止めてこちらの様子を結界越しに窺っていた。
少し落ち着きを取り戻してきた女の子が、翼竜と俺達を見て現状を把握し始める。涙が止まり、一息吐く余裕が生まれたようだ。サーシャの話を聞き、こちらを何度も見る。
「本当に助かるのですか?」
恐る恐るといったように、俺へと尋ねてくる。
「大丈夫だ。この中にいる限りはな」
流石に、結界の外に出られたら守れる気がしない。俺は知らない女の子ではなく、サーシャを優先して助けるだろう。
今も、一緒にいるからついでに守っているだけだ。
「ありがとうございます」
俺の考えも知らないで、丁寧に頭を下げて礼を言う。もしかすると、彼女は商人の娘なのかもしれない。それならば、これだけ礼儀作法が優れていても納得ができる。
翌朝、翼竜はしつこくて意外と諦めない。夜に少し眠っていたようだが、結界の周囲を離れることはなかった。すでに冒険者を三人食べているため、そちらの方も余裕があるのだろう。こうなったら、俺達と翼竜の持久戦だ。
俺達は野宿に慣れているからいいが、女の子はどうかわからない。慣れていないのなら、長期間となると精神的に辛いだろう。
寝袋も予備の用意がなかったため、サーシャと二人で一緒に寝てもらっている。子供同士で寝るのが、一番幅を取らないのでいい。毛布で寝るよりはマシだろうと思い、そこは諦めてもらうことにする。食料も申し分ない。
保存食だから彼女には合わないかもと思ったが、そんなことはないようだ。逆に初めて食べるので、興味津々だった。実際食べてみても、割と美味しそうに食べていた。そう考えても、普通の料理の方が美味しいはずなのだ。彼女の舌は、微妙に味覚がずれているのだろう。
「戦ってみたいな」
俺の隣でカリアがポツリと呟く。スラウと戦って以降、彼女は少し戦闘狂になりつつある気がする。だが、戦いに行こうとする訳ではない。戦ってみたいという願望を持つだけだ。サーシャという弟子のような存在がいるため、その辺りの自重はできるのだろう。
翼竜は起きている間、腹を減らさないように動かない。常にこちらを注視しているが、寝ていた時の体勢を保っていた。俺達が食事をしている時は、食べたそうに少し興奮して攻撃してきたりする。
攻撃した際に結界で傷を負っているようだが、竜の再生速度は速い。そのため、次に攻撃する際には完治している。
御者のおじさんは逃げられたのだろうか?
町に着くまでには翼竜だけではなく魔物もいる。護衛のいない彼が魔物に襲われれば、逃げ切ることはできないだろう。
今頃討伐隊が組まれているのか、討伐隊がこちらへと向かって来ている最中なのか。翼竜がいたと報告されれば、討伐隊が組まれるのは間違いない。
翼竜レベルの魔物が町の近くにいるというのは、無視できることではないからだ。
時間が経ち、サーシャが昼食の準備を始める。
「久しぶりですね」
突然、サーシャが開けた鞄から光の塊が漏れた。その声は、俺達がよく知っているものだ。
「精霊様…」
俺より先にカリアが言う。光の塊はやがて、人型を形作る。といっても、大きさは林にいた妖精と同じくらいだ。
「何故ここに?」
「お別れの際に、鞄に仕込ませてもらいました。決して、今まで忘れていた訳ではないですよ?」
自分で仕込んでおいて、それを忘れていたらしい。
「この体は面倒ですね」
こちらへと歩いていた彼女だったが、大きさ的に足も短いから凄く遅かった。彼女は自分の体に羽を生やして、こちらへと飛んできた。
「えっ!? えっ!?」
女の子が、突然の精霊の登場に驚いている。それを気にも留めずに、話を続けようとした。
「ガゥアァァァ」
強力な魔力に反応したのか、翼竜が咆哮を上げる。
「煩いですね」
彼女が方向を変え、翼竜の方へと向かう。彼女の魔力量なら結界を破壊しかねないため、俺は自分達を包む結界を張り、外の結界を解いた。
結界の外には、精霊と翼竜がいる。
「光線」
「ガアッ!?」
魔力によって圧縮された光が、彼女の腕から放たれた。光は一直線に進み、翼竜の額を撃ち抜いて地面に突き刺さる。
翼竜は短い悲鳴を上げ、横に倒れた。撃ち抜かれた額からは血が流れ、目からは生気が抜けている。まさかこのような展開になるとは思わなかった。誰もが倒れた翼竜を見て、呆然としている。
彼女が使った魔法は、光の上級魔法だ。貫通力に特化した魔法で、上級の攻撃魔法の中でも特に攻撃力が高い。さらに光魔法や闇魔法は、職業以外に個人の適性もある。
「翼竜など、この程度です」
そう言う彼女の右腕が消滅していた。魔力でできた体のため、今の一撃で右腕分の魔力を使ったのだろう。
彼女の姿が再び光の塊となり、そこから少し小さくなった精霊が出現した。右腕を再生させるために、体を小さくしたようだ。魔力を使う度に小さくなっていく体とは、何とも面白い。
翼竜が死んだので、周囲に張った結界を解く。
「少し魔力が減ってしまいました。この体に繋いでいる間にも、少しずつではありますが、魔力を消費してしまいます」
「つまり、あまり長くはいられないということか…」
「はい。なので、今回は用件だけ伝えさせていただきます」
そう言って、一度だけ羽を羽ばたかせる。
「森の北側で何やら騒がしくなっています。気を付けてください」
彼女の言う森とは、神秘の森のことだろう。北側なので、フスト王国で何やら騒ぎが起こっているようだ。今はウェンデルト王国にいるので俺に直接関係はないが、フスト王国には家族がいる。さらには知り合いもいるため、気になってしまう。
「ありがとう」
「いえ、どういたしまして。それでは皆様、また会いましょう」
そう言って、サーシャの鞄の中へと戻っていった。まだ付いてくるつもりらしい。今回は助けられたので、出て行けとも言い難い。害を与えられた訳でもないので、気にしないでおくとしよう。
「精霊様はやはり強いな」
「また鞄に…」
カリアが感心している横で、サーシャが鞄の中を覗き込んでいた。そこに精霊はいないだろう。魔力は基本的に見えないため、彼女が降臨している時以外は見えない。
普通は、魔力はその場に留まらずに霧散してしまう。それなのに、どうやって鞄の中に魔力を残しているのかはわからない。
「翼竜が倒れているぞ!」
「何だと!!」
兵士や冒険者が叫びながらやって来る。その中にはカーベイン達の姿もあった。ユーリアの兵士や冒険者を急いで集めたのだろう。つまり、御者のおじさんは無事に町まで辿り着いたということだ。翼竜の脅威を知らせてくれたのだろう。
「何という大きさだ」
「本当に翼竜か?」
倒れた翼竜の下に人だかりができている。
「疲れただろう。事情を聞かれるだろうが、その前に一度町に戻るといい。この場は俺がどうにかしておこう」
カーベインはそう言うと、位が高そうな豪華な鎧を着ている兵士に話しかけた。馬車を用意してくれていたので、それに四人で乗り込んだ。




