第九章・第三話 灼熱の中で
半透明の筒のむこう広がる、視界の全てを埋め尽くす灼熱の炎。
それは、レムリアに到着する直前に見た景色に似ていた。
「どこだ、ここは?」
『太陽の中心だ』
「なに?」
『我々は筒ごとレヴィアタンのレールキャノンで太陽に撃ち込まれた。・・・そういうことだったのか』
「説明してくれ」
『胎児にされてしまったサタナエルを目覚めさせるためには膨大な量のエネルギーがいる。それには12神とヘスティアの神器が必要だ。それは間違いない。
だが、実際はその後が問題なのだ』
「後って?」
『どうやって、そしていかに早くサタンに成長させるか?がだ。
ゆっくりと成長するのを待っていたら、その前に神に見つかってしまう危険性が高い。
だから出来るだけ早く、理想を言うなら一瞬で成長させれるのが望ましい。
そのためには神器だけでは駄目だ。さらに膨大な、例えるなら超新星爆発に匹敵するエネルギーが必要になる』
「だから太陽を」
カエデは絶句した。
「太陽にエネルギーを撃ち込むのは、ブラックホールを作り出して仲間を呼び込むためじゃなく・・・」
『超新星爆発のエネルギーを使ってサタナエルを一瞬で成長させ、サタンを誕生させるためだ』
「今すぐサタナエルを始末しよう」
『了解だ』
カエデは、胸の前で見えない毬でも掴んでいるかのように両手を構えた。
その指に架かる組紐が黄金の輝きを放ち始めるとそれは起こった。
毬を掴む程度に広げられた両手の間の空間の奥、カエデの胸の中心、先程まで勝利の剣が突き立てられていた場所に、光り輝くリングに縁取られた漆黒の穴が出現したのだ。
そして、カエデ自身も金色の光球にその全身を覆われると、光球は外側の景色を歪ませながら、周りを満たす羊水を凄まじい勢いで吸い込み始めた。
『カエデ、侵入者だ』
その時だった。
カエデの正面でオレンジ色の火花が弾け、そこから、何かがサークル内に侵入して来た。
それは、溶鉱炉に放り込まれたかのような灼熱の輝きを放つ鎧と、それを纏った火だるまの人間だった。
「ベリアル!」
そう。
それはベリアルだった。
彼は致命傷といってもいい傷を負っていた。
だが、カエデを覆う光球が、周りに存在する全てのものを吸い込み始めたのを見た彼は、主を護るため、神器さえ消滅させる輝きの中に自ら飛び込み、カエデ目掛けて斬りかかってきたのだ。
今の身体を創るために何人の骸を取り込んだのか?
業火に焼かれ一瞬で身体が消し炭になる度に、次々に新しい顔、新しい身体が再生されていく。
その無限とも思える再生を繰り返しながら、いつの間にか彼の腕は、12本に増えていた。
しかもその腕には、12振りの〈神殺しの剣〉が握られていた。
カエデ目掛けて放たれる12振りの同時攻撃。
だが、その全てを、四方八方から繰り出される、防御と攻撃を兼ねたディのムチが次々にへし折っていた。
“グシャ”
その瞬間だった。
肉と骨が切り裂かれる音が響き、鮮血が噴き出していた。
「くっ」
熔解寸前まで熱せられた剣に肉が焼かれ骨が熔け、傷口から溢れた血液が沸騰し蒸発する。
口から泡状の血を溢れさせながら歯を食い縛り、意識を失いそうになるほどの激痛に耐えるカエデ。
見ると、1振りの剣がカエデの肩口から肺にかけて切り裂き止まっていた。剣が止まったのは、ディの触手が剣と腕に巻き付いてかろうじて止めていたからだった。
その剣、〈勝利の剣〉を握っていたのは、ベリアルの背中から伸びる13本目の腕だった。
そして、ベリアルの顔は曇っていた。
剣を受け止められたこともそうだが、彼は12振りの剣を囮にして、最後の1振りでカエデの頭を狙っていたのだ。
何故、頭をはずしたのか?
ベリアルの疑問はすぐに解けた。
最後の剣を振り下ろす瞬間、背後から首の骨をへし折られていたのだ。
では、その首をへし折ったのは誰か?
ベリアルがサークルに飛び込んだ直後、彼の後を追い、サークルを無理矢理抜けて来た影があった。
その人物も火だるまになっていて、もはや外見からは、容姿はおろか性別さえ判断できない状況だった。
だが、その人物が装着しているドロドロに熔け落ちつつあるパワードスーツに、カエデは見覚えがあった。
「・・・ミカヅキっ?」
そう。それは、カエデを庇ってデリンジャーにハチの巣にされ、波紋の向こうに連れ去られたミカヅキだった。
ベリアルの首に背後から関節技を決めたまま、骨も残さぬ勢いで燃え続ける炎に焼かれ、ミカヅキの身体が灰になっていく。
「ミカヅキっ」
『よせカエデ、全てを無駄にする気か?』
カエデは傷口の痛みもお構い無しにミカヅキの腕を掴むと、正面に居座るベリアルの首から解くように腕をはずした。
その瞬間、ベリアルの13本の腕が伸びカエデに襲い掛かった。
が、その全てはカエデに届く前にディのムチのようにしなる触手に絡め取られ、ベキベキにへし折られていた。
それと同時に、ディの触手が焼け焦げたミカヅキの身体を包み込むように保護した瞬間、カエデは思い切りベリアルを蹴飛ばしていた。
カエデに思い切り蹴飛ばされたベリアルは、サークルに激突し蒸散していた。
「ディ」
『言われなくてもミカヅキの時間は止めている。それより2つのエネルギーを同時にコントロール出来るのか?』
カエデの両手に架かる組紐が爆発的な光りを放つ。
その光りが金色から白銀へ、そして銀河のそれにも似た神々しい輝きへと姿を変えた瞬間、カエデの胸で光るリングに変化が起きた。
リングは輝きを放ちながら時計回りに回転していた。
それが、大小2つのリングが重なっていたかのように、光りの流れが2つに別れ、外側はそのまま時計回りに、そして内側は反時計回りに回転し始めたのだ。
相反する方向に回転する2つのリング。
その接点部分から火花のように激しく光りが弾け、リングが爆発的な勢いで輝きを増しながら大きくなっていく。
その輝きが、カエデたちを覆う光球を逆に飲み込み、そのまま巨大化して筒内部を、いや、筒そのものを飲み込むまで大きくなっていた。
その刹那。
混じり合う2つの光りに飲み込まれたもの全てが、光りを放ち輝き始めた。
それは、サタナエルとて例外ではなかった。
【貴様、自分が何をしているのか分かっているのか?神を殺そうなどと】
死を直感したからだろうか?
脳に直接届いたその声の主は、胎児に戻され、本来しゃべることなど出来ないはずのサタナエルだった。
『神だけではない。君は全てを消そうとした』
「全てを消す?」
ディが発した言葉の意味が分からずカエデが聞き返した。
『そうだ。自らが仕掛けた最終戦争に破れた彼らがとった最後の手段。
それは、もう一度ビックバンを起こすことだった。
「ビックバンを?」
『そうすれば今存在する宇宙はビックバンによって弾き飛ばされ消滅し、新たなビックバンによって生み出された宇宙のみが残る。
彼らはそこに新たな理想郷を創るつもりでいたのだ』
【それを貴様が、・・・貴様が邪魔さえしなければ・・】
そう言いながら、サタナエルは光りに呑み込まれ、粒子となって消滅していった。
後に残ったのは、本体の大部分を球形にえぐられた白銀の筒の残骸と、光球に包まれて、その内部に浮かぶカエデたちのみだった。
「ミカヅキっ」
コートにくるまれたミカヅキをカエデは抱きよせた。
「生きてるんだろ?助かるよな」
炭のようになり、糸が切れた操り人形のようにガクリと首を垂れたミカヅキを抱きしめながら、我を忘れたように取り乱すカエデに、ディが冷静に語りかけた。
『もう手の施しようがない』
「お前、神様なんだろ?なんとかしろよ」
【お前の望み、私が叶えてやろう】
〈第九章終わり。第十章へつつ゛く〉




