第九章・第二話 真の目的
白焔のその言葉を待っていたかのように、残された2人を乗せたまま上蓋が左右に開き、そこに直径30メートルほどの穴が姿を現した。
蓋が完全に開き切ると、その真上に位置するアームの付け根部からノズルが迫り出し、その先端から大量の液体が放出され始めた。
物凄い量の液体が、轟音と共に筒の中に落ちて行く。
「あれが何か分かるか?」
だが、当然のことながら、その質問に答える余裕などカエデにあるはずもなかった。
『羊水か』
白焔の質問に答えたのはディだった。
「そうだ。神どもによって胎児にされた我が主を復活させるための羊水」
『主だと』
「我が眼下に在らせられる御方こそ、我らが主、大天使サタナエル。
またの名を、大魔王サタン」
『そうか。ルシファーがあのような態勢で数十億年も耐えていたのは、自らが串刺しにされるのを防ぐためではなく・・・』
「槍が地中深くに眠る我が主を貫くのを防ぐためだ」
『月を穴まるけにして精製したオリハルコンで戦艦や機動兵器を作りだしていたのもカモフラージュだな。真の目的は・・・』
「そう。足元に在る、我が主を蘇らせるための人工の子宮、これを作るためだ」
『人類を皆殺しにせず、真綿で首を絞めるように、少しずつ殺していったのも・・・』
「そうだ」
白焔は勝ち誇ったように話し始めた。
「人間など何の役にも立たないと思っていたが、すり潰した身から絞りとった髄液が羊水に最適だったよ。
さすが神が猿から進化させただけのことはある。
だから、子宮を埋め尽くす量を搾り取れるよう、人口をが一気に減らぬよう、いや、むしろ増えるように計画的に殺していたのだ」
『やはりそうか』
「悪魔と呼ばれる辱しめを受けてなお、我らは数千年の長きに渡り、人間どもの弱い心に囁きかけ猜疑心を煽り、常に争いを起こさせてきた。
何故だが分かるか?
人間の屍から羊水を作るため。
全ては主の復活のためだ」
彼がそう言い終えたのと、羊水が筒の中を満たし終えたのがほぼ同時だった。
そして、それを待っていたかのように天を覆うレヴィアタンの底部が青白く輝き始めた。
頭上を覆う眩い光りが塔の内側を照らしながら砲身内を上昇していく。
「長かった。だが、それももう終わりだ」
『貴様、白焔ではないな。ベリアルか』
「今頃気付いたか?下等生物に飼い慣らされると神も落ちぶれるものだな」
頭上を上昇していく青白い光りに照らされる中、上蓋の端に並ぶ13本の柱が円周に沿って回転し始めた。
そして、白焔、いや、ベリアルは、自分の足元に横たわるカエデのすぐ目の前に止まった柱の頂点部分にある凹みに組紐をはめ込んだ。
すると、組紐を置いた凹みが輝きを放ち始めた。
その輝きが柱に施された装飾に沿って柱全体、そして床へと広がると、それを待っていたかのように、円周に立つ13本の柱全てが床、つまり上蓋に沈み始めた。
「これが何か分かるか?」
沈み行く柱を見渡しながらベリアルが叫んだ。
『まさか、全て揃えたのか?13の神器を』
「そうだ。ギリシャ12神とヘスティア。合わせて13の神器。これらが生み出す天地創造をも可能にするエネルギーを起爆剤に使えば、我が主の復活も造作もない」
そう言いながら、ベリアルは再びカエデの方へと歩み出た。
柱が沈み始めるのと同時に、上蓋の中央に空いた穴から何かがせり上がってくるのが見える。
それは、直径が10メートルほどの祭壇と、そこにつながる渡り廊下だった。祭壇には一本の剣と黄金色に輝く楕円形の飾台が見える。
眼前のカエデを氷のような視線で見つめたまま、ベリアルが後方の祭壇に向けて手を伸ばすと、そこに置かれていた剣が、まるで見えない糸にでも手繰り寄せられるかのように空を飛び、次の瞬間には彼の手中に納まっていた。
「貴様は今、自身の主の命を救うために己の活動を全て停止せざるをえない。そうだな」
そう言いながら、剣先をカエデの眼前に突き出した。
『それは、まさか』
それを見たディの声は、明らかに動揺していた。
「ミョルニルをもへし折った剣。神をも殺す伝説の剣だ。いくら貴様が神でも、この一閃は防げまい」
ドガっ。
うつ伏せに倒れる瀕死の身体を爪先で蹴り上げる。
「がはぁっ」
口から大量の血を撒き散らしながら、仰向けに落ちるカエデ。
苦しそうに咳き込む度に血を吐く土気色の顔か苦痛に歪む。
朦朧とする意識の中、かろうじて開いた瞳に映ったのは、完全に欠けて真っ黒になった太陽の姿だった。
そんなカエデの様子を、何の感情も 持たない眼差しで見ていたベリアルは、仰向けになったカエデの上に跨がると、逆手に持ち変えた剣を頭上まで掲げ上げ、眼下にある胸の中心、心臓めがけて一気に降り下ろした。
“グサッ”
カエデの胸をあっけなく貫いた剣が、肉と骨を斬り断つ音を軋ませながら、さらに奥へと飲み込まれていく。
「我が主よ。最後に生け贄として、この者の生きた心臓を捧げます」
『それがカエデを最後まで生かしておいた理由か』
「そうだ。だが、この者は生かしておいたのではない。自らの力で生き抜いたのだ。
羊水だけでは復活は成し遂げられない。
生死が混在する極限の状況に何度追い込まれても決して諦めない、強靭な意志と不屈の精神を兼ね備えた者。
その者の生きた心臓を糧として我が主は蘇るのだ。
ジャンヌ・ダルクの時は、神の真意を理解せぬ馬鹿どもが心臓をえぐり出す前に殺してしまったからな。同じ撤は二度と踏まぬ・・・」
そこでベリアルの言葉が止まった。
“ぽたっ、ぽたっ”
彼の視線の先。
もはや虫の息となったカエデの頬に赤い滴りが幾粒も落ちていく。
赤い筋を残して頬をこぼれ落ちていくそれが、何処から落ちているのかを理解したその瞬間。
「ぐはぁっ」
ベリアルは大量に吐血し、崩れ落ちそうになる身体を、カエデの心臓に突き立てた剣に体重を預ける格好で何とか支えた。
そして彼は見た。
自分の胸の中心から刃の先が突き出ているのを。
「くっ」
ベリアルは満身の力を込めて、カエデの胸から剣を引き抜いた。
すると、自身の胸から突き出ていた刃もその動きに合わせるかのように胸の中へと吸い込まれ、そして剣はカエデの胸から引き抜かれた。
「・・・くっ、このようなことが、・・貴様の仕業か?」
信じられないといった表情のベリアルは、口と胸から大量の血を吐きながら、絞り出すような声でつぶやいた。
『そうだ。空間をねじ曲げてカエデの胸と君の心臓をつなげた。君がレムリアでやったように』
その間にも、彼の胸の傷口からは血が溢れ続け、オリハルコン製の床に血溜まりが広がっていく。
「くそっ」
「傷口が塞がらない?調子に乗って〈勝利の剣〉なんか持ち出すから、・・だ・・・」
その聞き覚えのある声に愕然としながら、ベリアルは声の主を見た。
それはカエデだった。
血の気が失せ、顔から生気が失われていくベリアルとは対照的に、彼の下にいるカエデの顔はまだ苦痛に歪んではいたが、生気が戻りつつあった。
それだけではない。
止血のために四肢の付け根に巻き付いていたコートが、組紐状に編み込まれながら手足へとその姿を変えていく。
「ちっ」
絶望まじりの舌打ちをしたベリアルが、再び勝利の剣を振り上げ、今度はカエデの顔面に狙いを定めて振り降ろした。
いや、それは一瞬の出来事だった。
カエデは、振り下ろされた剣を真剣白羽取りで止め、自身の上に跨るその背中を蹴り飛ばしていた。
そうなっても剣を手放さなかったベリアルはそのまま前に押し出され、カエデはその全体重を掛けて振り下ろされた剣を避けるために後ろ向きに回転、つまりはでんぐり返しをする格好になり、結果2人は、そのまま断崖と化した蓋の切れ目から羊水の中へと転落していた。
どぼん。どぼん。
あまりに突然の出来事に面喰らいながらも、カエデは羊水の中で必死にもがき、何とか水面に顔を出した。
「げほっ、ごほっ」
口だけでなく鼻からも水が入ったせいで激しく咳き込む。
ガッコオォォォォ〜〜〜ンっ。
その瞬間。
カエデの直上、まさに髪の先が触れんばかりのところで轟音が鳴り響き、天井つまり上蓋が閉じていた。
一瞬にして暗闇に支配された筒内は、天井ギリギリまで羊水に満たされていたのだ。
だが、ディを介しカエデには全てが見えていた。
「くっ、・・・痛え」
『すまなかった。あまりに突然で神経信号の遮断が間に合わなかった。だが、よく気を失わなかったな。物凄い精神力だ。ベリアルが褒めるのもうなずける』
「ベリアルは何処にいる?早く倒してミカヅキを助けに行かないと・・・」
辺りを見渡すが気配さえも全く感じることが出来ない。
『分からない。ここにいるのは間違いないのだが、私の視界に入らぬよう術を施しているようだ。
いずれにしろ、あの傷では思うように動けないはずだが、ヤツが今一番欲しいのはお前の心臓だ。
何らかの手を打ってくるのは間違いない』
「なら、先手必勝だな」
その時だった。
『まずいことになった』
突然ディが放ったその言葉には、明らかに動揺が含まれていた。
『たった今、各惑星に設置された塔からの、太陽へのエネルギー照射が始まった』
その言葉に続いて、遥か地平の彼方から太陽目掛けて伸びる赤い光りの柱が見えた。
そのまま柱を追うように太陽を見ると、赤い光りに追随するかのように四方向から伸びて来た7本の光りが、次々に太陽に命中していくのが見えた。
膨大なエネルギーが注がれていくのが、誰の目にも分かるほど、太陽が輝きを増していく。
『各階層を司る悪魔たちの生死と塔は結びついていなかったようだ。すまない』
「気にするな。やるぞ、ディ」
カエデが両手に組紐を架けた。その時だった。
カエデたちを閉じ込めた白銀の筒を掴むアームが、筒を掴んだまま直上で青白く輝くレヴィアタンの底部に収納された。
次の瞬間。
カエデと、ベリアル。そしてサタナエルが潜む白銀の筒は、業火の中にいた。
〈つづく〉




