1
「はい、次の方どうぞ〜!!」
大陸屈指の福祉国家フィン…その首都ヨルムにある老人ケア施設『太陽の家』のロビーにいささか間抜けな声が響く。
「はぁ、何で僕がこんなことを…」
様々な人であふれかえるロビーをながめ、当の声の主である介護士のブランは思わずタメ息をもらす。
本来、『太陽の家』への来客は、入居者の家族がほとんどであり、それも1日に多くて2〜3家族といったところである。
しかし今ロビーには、少なく見積もっても三十人近くの人がごったがえしている。しかも全員入居者とは何の血縁関係もない人たちなのだ。
「すいません、お手洗いはどちらかしら」
中年の女性にたずねられ、生真面目なブランが笑顔の対応をしていると、二階へと続く階段から、ここの入居者である老人、ガンダルガが降りて来た。
元冒険者の戦士であった彼は、ブランが見上げる程の大柄な男で、真っ赤なシャツとはげあがった頭が人目を引く。
ガンダルガはロビーの様子を見ると顔をしかめ、ブランを手招きして呼びよせた。
「おい、小僧!!ちょっと来んか!!」
「あの、小僧ではなくてブランです」
「そんなこたぁ、どうでもいいわ。それより、こりゃ一体何の騒ぎなんじゃ?」
「それは…」
「どうせまた、あのババアがらみのろくでもない事なんじゃろ?」
鋭い指摘を受けて、ブランは思わず口をつぐんでしまう。確かにガンダルガの読み通り、この混雑の原因を作っているのは、アリッサ…この施設の三階に入居している、ブランが担当する元冒険者の魔法使いに他ならないのだ。
「まったく…ワシが少し目を離すとすぐにこれじゃ」
ガンダルガは、昨日までの一週間、かつて一緒にパーティーを組んでいた戦友たちと共に隣国まで温泉に行っていたのだ。
「では、先ほどの質問に答えてもらおうか」
ガンダルガからのプレッシャーにあえなく屈したブランは事情を簡単に説明した。
先月、アリッサは、首都ヨルムからはるか西にあるキリー村で起こった怪異をその魔力によって無事に解決した。
噂というのは、瞬く間に広がるもので、元々、老後の小遣い稼ぎにと、気が向いた時に占いや魔物払いをやっていたアリッサだったが、彼女への依頼人が、この一週間で十倍近くに膨れ上がったのだ。