第2話 まだ終わりじゃない! EP2-5
休日作家の「まりしてん」です。
よろしくお願いします。
時は少しさかのぼり、試験当日の朝。
……ぐぅ~。
お腹が鳴って目が覚めた。
いつの間にか、二度寝しちゃったみたい。
いなりはいつものように、お腹を上に向けてわたしの横で眠っている。
わたしは、ふわふわのお腹をそっとなでた。
……さわ
ぴくっ。
さわさわ
ぴくぴくっ。
悪いのはわたし。それなのに、降りてくださった神様に、あんなこと言って。
いなりに八つ当たりまでして……一晩中、稲穂さんを見守ってくれていたのに。
(ごめんね、いなり。)
さわさわ
ぴくぴくっ。
なんでお腹をなでると、足をぴくぴくするんだろう。
不思議。でもちょっと、かわいい。
稲穂さんに降りた神様が、どんな力を貸してくれたのかは分からないけど、今度はわたしの番だ。
今日でバイトも終わり。少しでも稲穂さんの役に立ってあげたい。
(まずは、腹ごしらえね。)
そーっと、部屋から出て食堂に向かう。
無料のカレーライスを大盛りによそい、テレビをつける。
『本日は快晴で、猛暑日の予報が出ています。熱中症にお気を付けください。』
(暑くなりそう。響子ちゃんがんばれ。)
カレーライスをかきこむと、冷たいシャワーで身を清めた。
そして、部屋に戻り着替えを始めた。
「……おはよう。くらね。」
「いなり。おはよう。」
「早いな……」
「今朝はありがと。今日はわたしが頑張る番ね。まだ寝てていいわよ。」
わたしは、風通しのよいメッシュのミニリュックに、バスタオルをしき、いなりをそっと寝かせて部屋を出た。
◇ ◇ ◇
(摩利支天様、おはようございます。
今日がバイトの最終日です。失敗しないように全力で頑張ります。どうかお見守りください。)
合掌。そして、深く頭を下げた。
◇ ◇ ◇
二礼二拍手一礼。
(天之手力雄命様、菅原道真公。おはようございます。
今日でアルバイトも終わりです。失敗しないように全力でやります。どうかお見守りください。)
深く頭を下げ、お店に向かう。
◇ ◇ ◇
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「くらねちゃん、おはよ~」
「おはよっす。」
「おはようございます。」
稲穂さんと早番の二人は、お昼のお客さんの対応で大忙しだ。
「くらねちゃん。着替えたら手を洗って、棚の上にある大きいボウルを、作業台の上に置いて。」
「はい!」
いなりが入ったミニリュックを、そっと小上がりに置いた。
白い長ぐつに履き替え、店名入りのかっぽう着に着替えた。
頭におにぎり柄のバンダナを、三角巾のように巻いて手を洗う。
大きいボウルってどこだろう。
上を見上げると、棚の高い場所に置いてあるのが見える。
あれね。
でも、結構高い。背の低いわたしには、届かないかも。
背伸びをして指を伸ばすと、ボウルの縁に指先がわずかに届いた。
(なんとか届いた。これで引っ張れば……)
ガラガラガラ……カァァァン!!
カラン、カラン。
カラン。
大きいボウルに重ねて置いてあった、中くらいや小さいボウルが一斉に落ちてきた。
「いったぁぁぁぁぁい!!」
いなりの方をちらっと見た。
騒音で目が覚め、ミニリュックから顔を出したいなりが、こちらを見てニヤッとしている。
(こいつ……)
お昼の忙しい時間が過ぎて、早番の人が帰っていく。
「お先っす。」
「お先に失礼します。」
「お疲れさまでした。短い間でしたけれど、ありがとうございました。」
「おつかれさんした。」
「くらねちゃんも、元気でね。」
早番の人が上がっていく。
アルバイトも今日で終わり。
空のトレイを下げて、洗い終わると、夕方の仕込みの準備を始める。
具材を冷蔵庫から出し、作業台の上に並べた。
「くらねちゃんは、いつもの練習おにぎりね。」
「はい。」
きゅ、きゅっ。
きゅ、きゅっ。
きゅ、きゅっ。
かささ。
ちょん。
「だいぶ上達したわね。ふふ、なにより三角形になってるわ。あ、そこは、こうして……」
「はい!」
いつもの稲穂さんだ。
でもすごく疲れた顔をしている。
見ていてつらい。
わたしのせいだ。
ゆうべ大失敗して、帰るのが遅くなっちゃったから。
稲穂さんが、いつものように鮮やかな手さばきで、夕方用のおにぎりを握り始めた。
きゅ、ふわっ。
きゅ、ふわっ。
きゅ、ふわっ。
とん、かささ。
ちょん。
「響子ちゃん、今日の試験でいい点とれるといいですね。」
「そうね。昨日、ちょっと喧嘩しちゃってね。」
「な、な、な……@#$%&!?」
いなりを睨みつけた。
いなりは目をそらして、明後日の方を見ている。
(だから今朝、話をそらしたのね。)
「本当にごめんなさい……」
「くらねちゃんのせいじゃないわよ。
あの娘、ずっと遅くまで勉強してたから、気が立っていたんでしょうね。」
「でも……」
「気にしない、気にしない。大丈夫だから。」
「はぃ……。」
どう考えても、わたしのせいだ。
遅くなったばかりか、喧嘩までさせちゃった。
どうしよう。どうしよう。
どうすればいいの。
(あー! もう、分っかんない!!)
いくら考えたって、試験も始まってるし、どうしようもない。
今できることを全力でやって、今日こそ稲穂さんに早く帰ってもらうしかない!
「稲穂さん。わたし、頑張るんで、元気出してください。」
「お客さんには丁寧にね。無理はしないようにね。」
「はい!!」
店内の時計は夕方5時を回り、スーパーのレジにお客さんが並び始めた。
ここからが本番だ。やるぞー。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
注文を笑顔で聞く。
具材を確認して、やさしくおにぎりを取り、竹皮で包む。
レジ袋に入れてお客さんに渡し、お会計をする。
「お買い上げありがとうございました。」
おでこをぶつけないように、頭を下げる。
お会計を済ませたら、すぐに次のお客さん。
また次のお客さん。次々に来る。
注文、おにぎり、竹皮、レジ袋。お会計。
注文、おにぎり、竹皮、レジ袋。お会計。
(よし、体が自然に動く。大丈夫、大丈夫!)
それでも、いつもよりお客さんは少ないみたい。
お客さんの列が途切れた。
いつの間にか、次に何をすればいいのか、考えられるようになっている。
「あ、その片づけは、わたしがやります。稲穂さんは黄身の仕込みを始めてください。一人でも大丈夫なんで。」
「くらねちゃんも、少しは休んでね。」
「わたしは全然へっちゃらです!」
「若いわねー」
「はい! 若者なんで。」
「ふふ。」
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
注文、笑顔、おにぎり、竹皮、レジ袋。お会計。
注文、笑顔、おにぎり、竹皮、レジ袋。お会計。
そんなことを繰り返しているうちに、いつしか閉店の時間になっていた。
さっき、漬け込み時間を計るタイマーの音が、作業場から聞こえていた。
ということは、たれに漬けていた黄身はもう取り出しているはず。
(あと少しだ。考えろ。がんばれ、くらね。)
「稲穂さん。片づけはわたしがやるんで、売り上げお願いします。」
「はい、はい。今日は手際がいいわね、助かるわー。」
売り上げを締めて、稲穂さんは小走りでスーパーの事務所へ向かった。
(やっぱり、響子ちゃんのことが心配ですよね。)
あとは洗い物とゴミ出しだ。気をぬくな、最後まで全力だ!
「くらねちゃん、ただいま。」
「はっや!」
「急いでいったら一番だったのよ。
そのまま洗い物を続けて。分別と集積所へのゴミ出しは私がやるから。」
「はい!」
お店の電気を消し、通用口から表へ出た。
昨日より30分くらいしか早くない。
でも、今のわたしにはこれが精一杯。
「稲穂さん。短い間でしたけど、いろいろ教えていただき、ありがとうございました。」
「こちらこそ。ちょっと、そそっかしいところがあるけど、楽しかったわ。また、求人見つけたら絶対きてね。」
「はい!」
「それじゃ、行くわ。
ふふ、おでこに気を付けて頑張ってね。」
「はい!!」
稲穂さんの後ろ姿が遠ざかっていく。
わたしは深くお辞儀をした。
二礼二拍手一礼。
そして天を見上げる。
(八百万の神様。
今日は本当に、ありがとうございました。)
蒸し暑い夜だけど、全然気にならない。
お月様もまん丸。
今日はぐっすり眠れそう。
「おい!」
(ん、なに。誰?)
「我を早くここから出さんか!」
「あ! 忘れてた。」
振り向くと、背負ったミニリュックの隙間から、いなりが顔を出している。
わたしはリュックのフラップを開け、いなりをそっと抱き上げ外に出した。
「まったく浮かれおって。」
「ごめんて……」
「そもそも、響子に力添えをするべく、稲穂に道真公をおろしたかったのであろう。違うか?」
そうだった。
わたしがどれだけ上手に仕事をして、稲穂さんに早く帰ってもらうことができても、もう後の祭りだ。
(一番大事なことができてないじゃん。)
いなりの言うとおりだ。
何を浮かれちゃってるのよ。
だめだめだ。
あー。なんか、お腹空いてきた。
カレーライス食べて寝よ。
急に重たくなった足で、行き交う人混みの中を、ネットカフェに向かってわたしは歩いた。
◇ ◇ ◇
ピピピピピ! ピピピピピ!
いなりは相変わらずの様子で寝ている。
稲穂さんと響子ちゃんのことが少し気になるけど、この街も今日でお別れ。
「おはよう、いなり。起きて。」
「……くらね、おはよう。」
「着替えてから、次の町へ行くよ……」
「……気になるようだな。」
そりゃあ気になるわよ。神降ろしもうまくできなくて失敗ばかり。気にしない方がおかしいわよ。
(離れた場所から、ちょっとだけ様子を見ていこうかな。)
そうと決まれば、こうしちゃいられない。
朝ごはんを食べなきゃ始まらない。
食堂に行ってカレーライスの大盛り。
冷たいシャワーで身を清め、旅支度を整えてフロントでお会計。
「今日は運んでくれないのか?」
「何を馬鹿なこと言ってるのよ! あなたには立派な足が4本もあるじゃないの。自分で走りなさいよ。」
「ふはは、調子が戻ってきたようだな。」
◇ ◇ ◇
柱の陰からそっと、お店の方を覗いてみる。
お昼時間で、お客さんが混んできてよく見えない。
ちょっと、魚屋さん。うろうろしないで。邪魔よ、邪魔。
稲穂さんが見えないじゃないの!
カラーーン!
ほら、おとなしくしてないからトレイを引っかけて落とした。言わんこっちゃない。
みんながこっちを一斉に見てる。恥ずかしぃー。
あ……稲穂さんに見つかっちゃった。
手を振ってくれてる。
いつもの稲穂さんだ。良かった。
わたしも両手を振ってお辞儀をした。
(おにぎりのお母さん、ありがとうございました。)
願いをもっと上手に届けられるようになったら、
幸せを届けにまた来ます。
わたしはその場を静かに離れ、駅に向かった。
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました。またご利用ください。」
くらねちゃん、手招きしたの分かったかしら。あの娘、食いしん坊みたいだったし、なにか……そうだわ。
「ごめんなさい。ちょっとお願いね。」
「うぃーす。」
・・・
・・
・
あれー。
さっきまで柱の陰にいたのに。周りにもいない。
くらねちゃんのために急いで握ったんだけど。
どうしようかな、この「稲穂スペシャル」。
家に持って帰って、響子に食べさせようかしら。
ふふふ。
また言われそう。『なんでこのおにぎり四角いの』って。
◇ ◇ ◇
電車がホームに滑り込んできた。
「ねえ、いなり。お父さん、次はどこへ行けって言ってた?」
「どこかの有名な島らしいぞ。」
「えぇー! わたしって島流しにされちゃうの?」
「罪人だから仕方あるまい。」
「なんてこと言うのよ!
これからは、管狐じゃなくてくそ狐と呼ぶからね。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第2話はこれで終了です。
お楽しみいただけましたのなら幸いです。
第3話も執筆中です。




